第14話「古代遺跡に眠る、伝説の魔導具」
「この先に、古代文明の遺跡があるそうです」
エルフが地図を広げた。
「古代文明?」
「はい。今では失われた高度な魔法技術を持っていたといわれています。遺跡には、当時の貴重な魔導具が眠っているとか」
「へえ」
「王宮の学者たちも調査を望んでいるそうです。せっかくですから、見に行きませんか?」
「いいね。何か面白いものがあるかもしれない」
「今回は、ちゃんと冒険らしい冒険になりそうですね」
エルフは少し嬉しそうだった。
俺たちは森を抜け、山の麓にある遺跡へ向かった。
入口には巨大な石の扉。
表面には、見たこともない文字と複雑な幾何学模様が刻まれている。
「すごいですね……。いったい何千年前のものなのでしょう」
エルフが壁に手を触れた。
すると、紋様が青白く光り始めた。
ゴゴゴゴゴ……
重い音とともに扉が開く。
「自動で開きましたね」
「魔力に反応したのかな」
「おそらく。古代の技術は本当に素晴らしいです」
内部は広大な石造りの空間だった。
壁には魔法陣。天井には見たことのない鉱石が埋め込まれ、淡い光を放っている。
そして、奥には巨大な石像が鎮座していた。
「守護者でしょうか」
「たぶんね」
俺たちが近づくと、石像の目が赤く光った。
『認証を開始します』
「しゃべった!」
『来訪者の資格を確認します』
石像の胸部に文字が浮かび上がる。
『文明の継承者よ。汝、我らが遺産を受け継ぐ資格を持つか』
エルフが息を呑んだ。
「まさか、意思を持った魔導人形……?」
『問いに答えよ』
石像の前に、三つの魔法陣が浮かび上がった。
『第一の問い。文明の発展において、最も重要なものは何か』
「知識でしょうか……」
エルフが慎重に答える。
『正解』
『第二の問い。文明を支えるものは何か』
「技術、でしょうか」
『正解』
そして、最後の問い。
『第三の問い。文明が最後に到達すべき境地とは何か』
エルフは考え込んだ。
「……争いのない世界?」
『不正解』
「えっ」
『永遠の繁栄?』
『不正解』
『すべての生命の幸福?』
『不正解』
石像の目が強く輝いた。
『正解は――快適な排泄環境である』
「…………」
俺は思わず石像を見た。
エルフも俺を見た。
『汝らに、我らが文明の至宝を授けよう』
石像の背後に、巨大な扉が現れた。
ゆっくりと開いていく。
その奥には、黄金の台座。
そして、その上に鎮座するもの。
白く滑らかな陶器。
丸みを帯びた便座。
見覚えのあるノズル。
「……ウォシュレットだ」
『これこそ、古代文明が到達した究極の魔導具』
石像は誇らしげに語った。
『あらゆる生命に清潔と安寧をもたらす、至高の洗浄装置である』
エルフはしばらく動かなかった。
「……古代文明は、何を目指していたんでしょう」
「さっき答えが出てたよ」
「そういうことではなくて」
石像が続ける。
『我らは長きにわたり、争いを続けてきた。資源を奪い、領土を広げ、魔力を競い合った』
『しかし、気づいたのだ』
『どれほど強大な力を手にしても、排泄の不快からは逃れられぬと』
「……」
『王も、兵士も、賢者も、皆等しく便所を必要とする』
『ゆえに我らは、すべての技術を結集した』
俺は感心した。
「いい思想だと思う」
「本気で言っていますか?」
「だって、誰にとっても必要なものだから」
エルフは何も言わなかった。
石像は満足げに頷いた。
『理解者を得られたこと、誇りに思う』
『では、最後の試練を受けよ』
床に魔法陣が浮かび上がる。
『我らが至宝を扱うにふさわしい者か、確かめさせてもらう』
ゴゴゴゴゴ……
壁が動き、石の扉が閉じた。
床から無数の石柱がせり上がり、中央に一本の巨大な柱が現れる。
『試練の内容は単純である』
『この装置を、正しく使用せよ』
「……使用?」
『座れ』
「え?」
『座るのだ』
俺はウォシュレットを見た。
そして、石像を見た。
「ここで?」
『そうだ』
エルフが顔を赤くした。
「ちょ、ちょっと待ってください! 遺跡の試練ですよね? どうしてそんなことを!」
『正しく使用することが、最も重要な試練である』
「いや、でも……」
『座れ』
石像の声に合わせて、床の魔法陣が輝いた。
どうやら本当に座らないと先へ進めないらしい。
俺は少し考えた。
「エルフ、ちょっと外で待ってて」
「私だけ外に出られるんですか?」
『認証対象者以外の退室を許可する』
「……では、お言葉に甘えて」
エルフはそそくさと扉の外へ出ていった。
俺はウォシュレットの前に立つ。
便座の横には、見慣れない文字が並んでいた。
「古代語は読めないけど……」
手を伸ばす。
すると、装置が反応した。
『使用者を確認しました』
『洗浄準備を開始します』
『水温、適温』
『水圧、標準』
『ノズル位置、調整完了』
「……細かいな」
『使用を開始してください』
俺は座った。
その瞬間。
『ようこそ。千年の眠りより目覚めし、文明の継承者よ』
装置の奥から、荘厳な音楽が流れ始めた。
『我らが文明のすべてを、汝に託す』
そして、ノズルが静かに動き出した。
「おお……」
外で待っていたエルフが声をかける。
「大丈夫ですか?」
「うん。かなりいい」
『洗浄を終了します』
『乾燥機能を起動します』
温風が吹き始める。
『仕上げに、祝福の光を照射します』
「祝福?」
その瞬間、便座の下から眩い光が放たれた。
遺跡全体が震える。
天井の鉱石が一斉に輝き、壁の魔法陣が次々と起動していく。
『認証完了』
『文明の継承者を確認』
『全機能の使用を許可します』
石像の目から、赤い光が消えた。
そして、静かに頭を垂れた。
『長きにわたり、我らの遺産を守り続けてきた』
『ようやく、正しい使い手に出会えた』
俺は立ち上がった。
「ありがとうございました」
『礼には及ばぬ』
『では、最後に一つだけ』
「はい?」
『この装置を、どこに設置する予定か』
「王宮とか、街とかですかね」
『そうか』
石像はゆっくりと頷いた。
『ならば、我らの文明もようやく報われる』
『この世界に、再び清潔なる時代が訪れるのだ』
俺は遺跡の外へ出た。
エルフが待ち構えていた。
「どうでしたか?」
「すごかったよ。古代文明の技術は本物だね」
「それで、何か手に入ったんですか?」
「うん」
「どんな魔導具です?」
俺は答えた。
「便座の蓋が自動で開くやつ」
エルフは目を閉じた。
しばらくして、ゆっくりと息を吐く。
「……古代文明の遺産が、それですか」
「あと、使用後に自動で蓋が閉まる」
「そうですか」
エルフは空を見上げた。
「……人類は、ここまで来たんですね」
そのとき、遺跡の奥から石像の声が響いた。
『次の継承者よ』
『トイレットペーパーの補充を忘れるな』
俺たちは振り返った。
エルフが小さく呟いた。
「……古代文明にも、在庫切れはあったんですね」




