第12話「ウォシュレットの偽物が出回った」
「偽物が出回っているそうです」
朝、エルフがそんな報告を持ってきた。
「何の?」
「ウォシュレットです」
「もう?」
「もう、です」
王宮に設置されてから、まだそれほど日が経っていない。
それなのに、街では早くもウォシュレットの偽物が売られているらしい。
「どんな偽物?」
「見に行きましょう」
エルフに連れられて街へ出ると、大通りの一角に人だかりができていた。
店先には大きな看板。
『王宮御用達! 最新式洗浄魔導具!』
その下には、見覚えのある形の装置が並んでいる。
「……あれ、俺のやつに似てるな」
「似せているんでしょうね」
店主は客に向かって、威勢よく説明していた。
「こちらは王宮で話題の洗浄魔導具を改良した最新商品! 水の勢いは従来品の三倍! しかも魔力を必要としません!」
「三倍?」
俺は商品を手に取った。
陶器の箱に、細い金属管が取り付けられている。
どうやら水を流すと、その管から勢いよく水が出る仕組みらしい。
「これ、どうやって水を出すんですか?」
「おお、お客さん! これはですね、内部に蓄えた水を圧縮して、一気に噴射するのです!」
「圧縮?」
「そうですとも!」
店主は胸を張った。
「この強烈な水圧で、どんな汚れも一瞬で吹き飛ばします!」
エルフが小声で言った。
「……嫌な予感がします」
「俺もする」
「では、実演してみましょう!」
店主が商品を持ち上げた。
「こちらの桶に水を入れまして、レバーを引けば――」
バシュッ!
水が噴き出した。
次の瞬間、店先に置いてあった看板が吹き飛び、向かいの店の窓に直撃した。
ガシャン!
沈黙。
店主は、ゆっくりと振り返った。
「……威力は本物です」
「威力だけですね」
エルフの声が冷たかった。
「いや、でも水圧はすごいな」
「感心している場合ですか」
店主は慌てて商品を隠そうとした。
「い、いやあ、今のは少々調整を誤りまして!」
「これ、人体に使うつもりですよね?」
「もちろんです!」
「やめたほうがいいと思います」
「なぜです!」
俺は装置を見ながら答えた。
「洗う道具だからって、勢いが強ければいいわけじゃないんですよ」
店主は不満そうな顔をした。
「しかし、王宮の品より三倍も強いのですぞ!」
「王宮の品は、三倍強くするために作ったわけじゃないので」
「……なるほど」
店主は少し考え込んだ。
「つまり、強さではなく、快適さを競うべきだと?」
「まあ、そうですね」
「分かりました!」
店主は突然、拳を握った。
「ならば次は、五段階調整式を開発しましょう!」
「話を聞いていましたか?」
エルフが即座に突っ込んだ。
そのとき、人だかりの後ろから声がした。
「ちょっと待ってくれ!」
振り返ると、商人らしい男が立っていた。
「その装置、うちの商会でも扱わせてくれないか!」
「偽物ですよ?」
「だからこそです! 王宮の本物が高価で手に入らない以上、庶民向けの商品には需要がある!」
「なるほど」
「あなたは王宮の洗浄魔導具を作った人物でしょう? ぜひ監修を!」
店主も商人も、こちらを見つめている。
エルフが俺の袖を引いた。
「どうするんですか?」
「うーん」
俺は少し考えた。
「まずは、壊れないようにしてほしい」
「それは当然ですね」
「あと、水圧を調整できること。水が漏れないこと。使う人が怪我をしないこと」
商人は真剣に頷いた。
「分かりました。品質を重視しましょう」
「それと」
「はい」
「説明書をつけてください」
「説明書?」
「使い方を書いた紙です」
商人は首を傾げた。
「そんなものが必要ですか?」
「必要です。間違った使い方をする人が必ず出るので」
エルフが静かに頷いた。
「それは本当にそうですね」
商人は何度も頷き、店主と相談を始めた。
俺たちはその場を離れた。
「これで街にもウォシュレットが広まるかもしれませんね」
「そうだね」
「でも、少し心配です」
「何が?」
「この世界の人たちは、まだ水で洗う習慣に慣れていません。使い方を間違える人もいるでしょうし、衛生面の問題もあります」
「だから説明書がいる」
「それだけでは足りないと思います」
エルフは街の人々を見渡した。
「道具を広めるというのは、道具を渡して終わりではないんですね」
「そうだね」
俺は頷いた。
そのとき、背後から店主の声が聞こえた。
「よし! 新商品名は『超絶洗浄魔導砲』だ!」
「名前が最悪です!」
エルフの叫びが、街の大通りに響いた。




