第11話「火の精霊は、温水を勘違いした」
「火の精霊を呼ぶんですか?」
エルフが、少し嫌そうな顔をした。
「温水が欲しいらしい」
「それは聞きました。でも、火の精霊ですよ?」
「うん」
「水の精霊と仲良くウォシュレット談義をするような相手ではないと思います」
「そうかな。火と水は相性が悪いっていうし、ちょうどいいんじゃないか」
「何がちょうどいいんですか」
俺たちは、前回の泉から少し離れた火山地帯に来ていた。
岩肌の裂け目からは赤い光が漏れ、地面のあちこちで小さな炎が揺れている。
いかにも火の精霊が住んでいそうな場所だ。
「ここで呼べばいいの?」
「はい。火の精霊は、このあたりの火山を守護していると聞いています。ただし、礼儀を欠くと怒らせるかもしれません」
「なるほど」
俺は咳払いをして、岩場に向かって声をかけた。
「火の精霊さーん。温水便座の件で相談があるんですけど」
「呼び方が軽い!」
その瞬間、地面が揺れた。
岩の隙間から炎が噴き上がり、目の前に巨大な火柱が立つ。
炎の中から、一人の女性が姿を現した。
燃えるような赤い髪。金色の瞳。肩から背中にかけて、ゆらゆらと炎が揺れている。
『我を呼んだのは、そなたらか』
声だけで周囲の空気が熱くなる。
「はい。突然すみません」
『人間よ。我に何を望む』
「お尻を洗う道具に、温水を使いたいんです」
『……は?』
エルフが顔を覆った。
「もう少し言い方があるでしょう!」
『尻を……洗う?』
「はい。水の精霊さんには、すでに協力してもらっています」
『水の精霊が?』
火の精霊の眉がぴくりと動いた。
『あの水の女が、人間の尻を洗うために力を貸したというのか』
「そうですね。かなり気に入ってましたよ」
『……ふむ』
火の精霊はしばらく黙っていた。
そして、俺の持っているウォシュレットをじっと見つめた。
『それで、我には何をしろと』
「水を温めてほしいんです。熱湯じゃなくて、ちょうどいい温度に」
『火をもって水を温める。それだけか』
「そうです」
『容易いことだ』
火の精霊が手をかざす。
すると、ウォシュレットの給水管が赤く光り始めた。
「おお、さすが」
「待ってください。ちょっと熱くなりすぎでは?」
エルフが気づいたときには遅かった。
ウォシュレットから、湯気が立ち上っている。
「……これ、何度くらい?」
『我の炎を分け与えた。人間が浴びれば、たちまち身も心も清められよう』
「いや、たぶん火傷します」
『火傷?』
「熱すぎるってことです」
『ならば、もっと温度を下げればよいのだな』
火の精霊が指を鳴らす。
湯気が消えた。
「これでどうだ」
俺は試しに手をかざした。
「……冷たい」
『何?』
「今度は冷たいです」
『火を弱めたのだぞ』
「もう少しだけ強く」
『こうか』
「いや、もう少し」
『こうか』
「あと少し」
『……人間よ』
火の精霊の声が低くなった。
『そなたは、我を火加減の調整係か何かだと思っているのか』
「そういうわけでは」
「完全にそういう扱いです!」
エルフのツッコミが火山に響いた。
結局、火の精霊には水を直接温めてもらうのではなく、温度を一定に保つための魔力を少しだけ分けてもらうことになった。
俺はウォシュレットの温度調節機能を説明し、火の精霊は興味深そうに耳を傾ける。
『なるほど。火を強めたり弱めたりするのではなく、望む温度を維持するのか』
「そうです。熱すぎても冷たすぎても困るので」
『……面白い』
火の精霊は、ウォシュレットを見つめた。
『我の力が、これほど繊細な用途に使われるとはな』
「火の精霊さんの力は、ほかにもいろいろ使えそうですね」
『たとえば?』
「お風呂とか」
『風呂?』
「温かいお湯に浸かるんです」
『ほう』
「大きな浴槽を作って、そこにお湯をためて」
『ほう……』
「一日の疲れを癒やす」
『……それは、なかなか良いな』
火の精霊の目が輝いた。
「でしょう?」
『よし。人間よ。その浴槽とやらを作るがよい。我が火を与えよう』
「ありがとうございます」
「ちょっと待ってください」
エルフが俺たちの会話に割り込んだ。
「ウォシュレットの温水を頼みに来たんですよね?」
「そうだね」
「なぜ火山に大浴場を建設する話になっているんですか」
「温水があるなら、風呂もいいかなと」
『そうだ。湯は多いほうがよい』
「火の精霊様まで乗り気にならないでください!」
火の精霊は、ふと何かを思いついたように口を開いた。
『ところで人間よ』
「はい」
『そのウォシュレットとやらは、我も使えるのか』
「もちろんです」
『ならば、我の住処にも一つ設置せよ』
「分かりました」
「……もう、好きにしてください」
エルフは深くため息をついた。
その日の帰り道、俺は一つのことに気づいた。
水の精霊は水を供給できる。
火の精霊は水を温められる。
つまり、この世界のウォシュレットは、精霊たちの協力によってどんどん高性能になっている。
「次は風の精霊かな」
「何を考えているんですか」
「乾燥機能」
「絶対にやめてください」




