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第10話 聖なる泉に奇跡が起きた


「泉に奇跡が起きたそうです」


エルフがそんなことを言いながら、俺の前にやってきた。


「へえ」


「ずいぶん興味がなさそうですね」


「奇跡って、どんな?」


「泉から天に向かって、水柱が立ち上がったそうです。しかも、一定の間隔で」


「ふうん」


「王都でも噂になっています。水の精霊が何かを祝福したのではないか、と」


「なるほど」


俺は少し考えた。


「たぶんウォシュレットだな」


「……どうしてそうなるんですか?」


「この前、泉に設置しただろ」


「まさか、あれが原因だと?」


「見に行けば分かるよ」


エルフは不安そうに眉を寄せた。


「嫌な予感しかしません」


泉に着くと、すでに大勢の人が集まっていた。


泉の中央から、勢いよく水が噴き上がっている。


その高さは、近くの大木を超えるほどだった。


「おお、すごいな」


「感心している場合ですか!」


泉のほとりには、水の精霊がいた。


以前と同じ、美しい女性の姿だ。


「おお、人間よ。よく来たな」


「元気そうだな」


「うむ。実に素晴らしい道具を教えてくれた」


精霊は満足そうに頷いた。


「おかげで我は、水の流れを操る新たな楽しみを知った」


「それはよかった」


「そこで、少し改良を加えた」


「改良?」


精霊は泉の中央を指さした。


「見よ。水圧を高め、噴射範囲を広げたのだ」


俺は水柱を見上げた。


「……ウォシュレットで?」


「うむ」


「ずいぶん大きくなったな」


「そうであろう。水の流れを一点に集中させると、これほどの勢いが生まれる」


エルフが恐る恐る尋ねた。


「精霊様。ちなみに、あれは何のために?」


「もちろん、洗浄のためだ」


「何を洗浄するんですか?」


「泉だ」


「泉を?」


「うむ。水源を清潔に保つことは重要であろう?」


エルフは俺を見た。


俺もエルフを見た。


「……どう思います?」


「水圧が強すぎるな」


「そこですか?」


精霊は得意げに胸を張った。


「これならば、泉の底にたまった泥も一掃できる。実に効率的だ」


「でも、周りの水まで飛び散っていますよ」


「細かいことは気にするな」


「気にしてください!」


そのとき、泉の周囲にいた人々がざわめいた。


「見ろ、また水柱が!」


「なんと神々しい……」


「水の精霊様が、我らに祝福を与えてくださっているのだ!」


どうやら、事情を知らない人々は、この現象を神聖な奇跡だと思っているらしい。


精霊は彼らの様子を見て、少し首を傾げた。


「祝福?」


「そうです。皆さん、精霊様の力だと思っているようですね」


エルフが答える。


「ふむ。まあ、間違いではない」


「いや、ウォシュレットの改良ですよね?」


俺が言うと、精霊は不思議そうにこちらを見た。


「そうだが?」


「それを奇跡と呼ばれるのは、少し違う気がする」


「なぜだ? 我が水を操っているのだぞ」


「まあ、そうだけど」


精霊はしばらく考えたあと、にっこり笑った。


「ならば、これは水の奇跡と呼ぶことにしよう」


「名前を変えただけじゃないですか」


エルフのツッコミが飛んだ。


その後、俺たちは泉の水圧を元に戻すことにした。


精霊は少し不満そうだったが、泉の周囲が水浸しになっていることを指摘すると、しぶしぶ応じてくれた。


「しかし、人間よ」


「何?」


「この道具には、まだ可能性がある」


「そうだな」


「次は、温水を試してみたい」


「温水か」


「泉の水を温めればよいのだろう?」


「まあ、そういうことになるな」


精霊は目を輝かせた。


「ならば、火の精霊を呼ぼう」


エルフがすぐさま口を挟んだ。


「待ってください。火の精霊まで巻き込むつもりですか?」


「うむ。水を温めるには火が必要であろう?」


「そうですが、そういう単純な話では……」


「水と火。相反する二つの力を合わせるのだ。面白いことになりそうではないか」


俺は頷いた。


「確かに、面白そうだな」


「あなたも乗らないでください!」


エルフが頭を抱えた。


水の精霊は、すでに火の精霊を呼ぶ準備を始めている。


どうやら次は、火の精霊との交渉になりそうだ。


俺はふと思った。


ウォシュレットを異世界に持ち込んだだけなのに、まさか精霊同士の交流まで生まれるとは。


……いや。


これ、もしかして俺が面倒なことを始めてしまったのではないだろうか。


「ところで」


エルフが俺の袖を引いた。


「次は火の精霊に会いに行くんですか?」


「そうなるな」


「その前に一つ確認させてください」


「何?」


「火の精霊には、何を説明するつもりです?」


「温水洗浄便座の仕組み」


「……せめて、もう少し格好のつく説明にしてください」


「温かい水で尻を洗う道具」


「戻さないでください!」


泉には今日も、水の精霊の笑い声が響いていた。

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