両面コピーとステープラー 前編
両面テープとステープラー 前・中・後の三篇です
八月。子供たちはまだ夏休みだ。今は「お盆」という期間なんだと折井先生が教えてくれた。
コンビニは、連日満員御礼でソフトクリームと夏限定のかき氷は毎日売り切れてしまう。
それでも、今日は特別な日だ。なんたって……あ、かすかににぎやかな音楽が聞こえる!
店のガラスの壁面に目をやると、甲板に角砂糖みたいな立方体を乗せた船が入り江から入ってくるのが見えた。
「みなさん、図書館船が来ましたよ」
わっと歓声が上がって、店内のお客様のほとんどが外へ出る。事前にポスターを作って貼っておいたから、今日のお客様の大半は図書館船目当てなんだ。
ぼくは仕事があるから、なかなかお店から出られないけど。
図書館船は端寄りの桟橋に停泊した。渡り板がウォークボードにかけられて、後ろの観音開きの扉が、コバヤシさんの大きな手で開けられる。
ぼくとコバヤシさんは、手を振りあって挨拶をする。
すでに一列になって待っていた人たちが、順番に乗り込んでいく。
このあたりに住む人たちは、どこかしらで図書館船を利用しているからか、説明なしでもスムーズに事が運ぶんだな。
つい口元がゆるんじゃうよ。ぼくも後で借りよう。その前に先生が起きてきたらだけど。館長、今日のご機嫌はどうかな。また抱っこさせてくれるかな。
「あの」
「はいっ」
館長の事を考えてぼんやりしていた。ぼくの前には眼鏡をかけた女性が立っていた。ショートの髪に寝癖がついている。先生といい勝負だ。胸にバインダーを抱えている。
「コピー、お願いします」
「はい、片面10枚で100オーロです」
ぼくは代金と引き換えるメダルを準備した。
「両面だと、五枚?」
「ええ」
「じゃあ、三点ぜんぶコピーに使います」
そういうと、三百オーロをカウンターのコイントレイに入れた。コピーを使う人はあまりいないので、ちょっと驚いた。それに女性の服装が、なんていうか、いわゆる月にいたときによく見た姿で……。上下、ジャージだった。小豆色に白いラインが入った。学生の時のかな? そのせいで、たいがいの人はおめかししてくるから、変に目立つ。
メダルを受け取ると、お姉さんは店の奥にあるコピー機へまっしぐらに移動した。珍しいなあ。
「つぎ、いいですか」
「はいっ」
ぼくの前には、中学生くらいの女の子が立っていた。ジャンパースカート、中学の制服だ。
「取り寄せもできるって聞いたんですけど」
「ええ、できますよ。カタログは、と」
「あ、カタログはあるんです」
女の子はカタログ、といってもA3用紙の裏表に商品が印刷されている紙だ。それを肩からかけた小さなバッグから取り出した。
「この、布なんですけど……」
あっと、ぼくは思わず叫んでしまった。女の子が目を丸くする。
「ごめんなさい。あなたは、潮待島のパン屋さんにいましたね」
「ええ、そうですが」
女の子は、ちょっと引き気味に答えた。
「干物のにおいがつくからって、可愛らしいバッグにパンを入れてくれた」
女の子は恥ずかしげにうなずいた。
「こんど学園祭があって、その時に作ったお菓子を入れるポーチを作りたくて」
「そうでしたか。お取り寄せには少し時間がかかりますが、だいじょうぶですか」
「学園祭は11月ですけど」
「ならだいじょうぶです。半月くらいで届きますから。どちらにしましょうか」
女の子は、花柄と水玉柄の二種類を指さした。カタログ、だいぶすり減っている。たぶん、なんどもなんども見返したんだろうな。
ぼくは女の子に、注文票を書いてもらった。丁寧に一文字一文字書いていく。
「支払いは、200オーロですか」
「それは品物が届いてからちょうだい致します。今日は三点選べますよ」
ぼくの答えに女の子が、えっと言うなり瞳を輝かせた。
「それじゃあ、えっと。ソフトクリーム。でもその前に図書館船で本を借りたい。お母さん、借りてもいい? 寮の時間、まだ間に合うよね」
後ろで見守っていたお母さんが大きくうなずくと、女の子はぱっと店の外へ出て行った。
「今日は寮に戻る日なんですね」
「はい。先日店員さんがいらした日は、たぶん創立記念日で学校がお休みだったんだと思います。休みの日には、お店を手伝ってくれるので」
長い髪を後で結んだお母さんは、娘のことを少し誇らしげに話した。お手伝いする、孝行娘さんなんだ。バッグも縫っちゃうし、気が利くし。そりゃ自慢したくもなるよね。
なんてにこやかに話していたら、店の奥から悲鳴が聞こえた。
「どうしましたか」
声のしたほうにかけつけると、コピー機の前で女性があたふたしていた。
「コピーが、その、思ったように印刷されていなくて」
「操作が難しかったですか」
とはいえ、ぼくも研修でやったくらいで、機能のほとんどは、使いなれていない。なんせ、月では使わなくなった旧世界の機械だ。
「い、今まで使っていたのと、勝手が違っていたから」
お姉さんはコピーされた紙を残念そうに見つめている。
たぶん、両面コピーしようとしたら表と裏で印刷が上下逆さとかになっていたのかな。
「どんな感じになりましたか? 間違った紙はこちらで処分いたしますよ」
ぼくが手を出すと、お姉さんは紙を胸にぎゅっと抱いて、体を半分ぼくから逸らした。
ん?
「いいです、それじゃ」
女の人は、そのまま店の外へ小走りで、出て行ってしまった。
あ、図書館船を見て足を止めた。足踏みしてる。でもタグボートへ行っちゃった。便利屋さんのタグボートで来たんだ。
結局、コピーできずに帰っちゃったよ。なんだか申し訳ないな。お姉さんの乗ったタグボートへぼくは手をあわせた。
そうだ、見本を作って下げておけばいいかな。
両面コピーて面倒だし、意味がわからなくなるよね。長辺をとじる、短辺をとじるとか。
うん、閉店したら、作ろう。
図書館船で本を借りたひとたちは、そのまま家路についたり、もう一度お店で買い物したりして帰っていった。パン屋さんの女の子もかき氷とスナック菓子を二袋買っていった。
ほとんどのお客様がいなくなる頃、先生がようやく姿を見せた。
「店番、交代するよ」
なんて、結局あくびしてる。
「じゃ、ぼく図書館船をちょっと見てきますね。ソフトクリームの注文が入ったら、呼んでくださいね」
レジカウンターの下から前回借りた本を持って、船へと逸る気持ちを抑えたけど、結局走った。
「コバヤシさーん! 館長は?」
「そっちかよ」
コバヤシさんは苦笑いして、ぼくから本を受け取った。
「館長はおやすみ中だ。そっとしておいてくれ」
そうか、じゃあしかたない。肩が落ちちゃうけどしかたない。
「今日も借りるか?」
「はい」
ぼくは渡り板を静かに踏んで図書館内へ入った。通路の正面に、白いふわっとしたかたまりが見える。館長だ。寝ている。ふかふかなベッドのうえで、からだをくるんと丸めている。ぼくは船内をゆっくり回って、写真集を一冊選んだ。
「たまには小説もどうだ? これ、おもしろいぞ」
とコバヤシさんは返却された本の中から一冊抜き取ってぼくに勧めた。勧めたというか、貸し出し手続きをした。強引だなあ。
「コバヤシさんみたいに、猫を飼えたらいいな」
未練がましく館長へ視線を送ると、コバヤシさんが笑った。
「風間くんは、いずれ月に帰るんだ。次の人も猫が好きでお世話してくれたらいいけど」
「ムリですよね。だいいち猫がいない」
月の舟島には、ぼくと先生しかいない。野生動物ならいるかもしれないけど、猫はいない。
「館長は湖水岬の動物病院から、譲ってもらったんだ」
猫を譲ってくれる場所があるんだ。ぼくは半歩身を乗り出す。
「いやいや、だからっていつも猫がいるわけじゃないからな」
猫も増えすぎないよう、管理されているんだろう。人と同じように。
「館長は耳が聞こえない。だから、いろんな場所を見せてほしいってな」
コバヤシさんは、店じまいをしながらぼくに話した。
「さて、来月からは最終土曜日に来るから」
「はい。返却の本を預かればいいんですよね?」
「そう。お願いする」
コバヤシさんは、返却された本が大量に入った箱を軽々と持ち上げて、館内へしまった。
渡り板をウォークボードからはずすと、コバヤシさんは船を動かした。
ああ、次は館長を抱っこできますように。ぼくは図書館船、ともしび丸に手を振った。




