風間の帰省 後編
「恋人、ですか」
同行者からの不意打ちな質問に、ぼくは一瞬言葉を失った。
「大学を卒業するときに、『別に一生コンビニの店員でもいい』って話したらフラれました」
笑い事じゃない。今でも彼女の呆れたような、蔑むような表情はよく覚えている。でも、ぼくと同期で先に地球へ赴任した人、彼からもぼくは意識が低いって言われたから、何となく今なら分かりますよ。向上心のない恋人なんて、付き合うだけ時間の無駄ですからね。
「そんな、人を哀れむみたいな目で見ないでください……ぼくが、ぼんやりしているだけなんですよ。地球勤務希望にチェック入れたのと同じです」
さて、荷物は全部持ちましたね。今日は船を頼まなかったので、定期便に乗ります。地球には、メトロもトラムもないんです。
「あまりはしゃがないでください。到着まで一時間くらいかかりますから」
ぼくは同行者を窓側に座らせた。しかし、荷物が多い。しかたない。みんなへのお土産を買ったら、こうなっただけで。
「でも、月の舟がないのに月で『銘菓 月の舟』が売られているの、変じゃないですか? むしろ、これはコンビニで売るべきだと思います」
うえの人に言ってほしい。きっとコンビニへ来たお客様も、おみやげに買う。売れると思う。
「帰省して、よかったか、ですか。よかったです。親が迎えに来ていたのには驚きましたけど」
だって、子どもっていっても成人済み男性だよ。ふつうは来ない。
「会社から、ぼくが手をケガしたときに親に連絡したでしょう。不確かな情報だったんですね。会うなり母がぼくの左手の指の数を確かめていました」
なんども笑わないでください。一瞬、宇宙港で母に泣かれるかと思ったんですよ。泣くような人ではないけど。
「ぼくが撮ってきた地球の写真で、写真展をひらいてもらえたの、嬉しかったです。現像を頼んだラボでぜひやってくれって」
地球の写真、興味を持つ人なんているのかなと思ったら、わりといた。両親に見せる以外にもたくさんの人に見てもらえて嬉しかった。
「話していればあっという間ですね。次で降りますよ。忘れ物をしないように」
年寄り扱いするなって言いますけど、上司扱いはしていますよ。これでも気を使っているんです。
「入り江から見える風景、きれいでしょう」
あれ、思ったより桟橋が混んでる。
「うそ、図書館船が来ている、それにコンビニも営業してる」
ぼくは思わず座席から立ち上がって、中腰になった。今日は図書館船が来る最終土曜日じゃない。どうして図書館船が来ているんだろう。コンビニまで開いているなんて。先生がレジをしているってこと? それとも宇喜多?
定期船は桟橋に渡し板をかけた。
「おりますよ」
逸るぼくは、同行者より先に船を下りた。
両手に荷物を持って、ぼくは駆けた。嬉しくて、嬉しくて胸がはじけそうだ。
コバヤシさんと先生がぼくを見て、ぽかんと口を開けている。
「ただいま!」
ぼくは思いきり、大きな声でさけんだ。
すぐに、先生が駆けつけた。
「おかえり、でも風間くん、まだ八月だ。帰省して一か月くらいしか経っていないよ」
それについては、ぼくもちょっと意外だった。三か月休むつもりで月へ帰ったのだけれど。
「一か月も休んだら、もう何もすることがなくて。コンビニで働いていた方が楽しいかなって」
「働き者だな、風間くんは」
先生があきれたように笑った。そしてもう一度、おかえりと言った。
「それで、ソニア安藤人事部長をお連れしました」
ぼくのあとからゆっくりとやってきたソニア安藤人事部長が、笑顔でひらひらと手を振った。栗色の長い髪に、落ち着いた色合いのパンツスーツ、四十代くらいかな安藤さん。
「有給休暇を過ごしにきたの」
「ほんと、なんで地球に来たんですか。月ほど快適じゃないですよ」
そういいつつ、ぼくは快適に住んでいるけれど。
「会いに来たのよ。愛しい旦那様に」
「初耳です。その方はどこに住んでいらっしゃるんですか」
こんな小島にいるはずが……。
「会いたかったよ、ソニア」
安藤部長は、先生とハグをして先生の頬にキスをした。
「ちょっと待って、先生の奥さんって」
「ソニアだよ。美しいだろう」
ふふんと、先生は誇らしげに安藤部長を紹介した。今さらみたいに、安藤部長はほほ笑んで軽く頭を下げた。どう見ても、歳の差が十歳くらいありそうなんだけど。
「えっ、折井先生、ご結婚されていたんだ!」
と、コバヤシさんが叫んだ。ぼくだって、叫びたいくらいだよ。
「夏休み中だから、特別に寄港してよかった。いいもの見られた」
コバヤシさんは、そう言ったけど、言うほどいいもの?
「有休の消化と、風間さんの仕事を見に来ました。あと現地採用した方との面接」
安藤部長は先生から離れて、ぼくの前に立った。
「半分仕事なんですか」
「そう、月の舟の改善点を教えてもらえたらいいわ。何かない? 上部に知らせるから」
考え込むぼくに、安藤部長はいますぐにということではないと言ったけど、ぼくはここしばらくずっと考えていたことを思い切って言葉にした。
「移動販売船が、あればいいと思っています」
「移動販売船?」
ぼくは図書館船を指さした。
「あの船みたいに、必要な人のところへコンビニの商品を持って行けたらと思います。できたら、ソフトクリームや唐揚げといった人気商品も。それから、クリスマスケーキを配達したいです」
販売船があれば、いろんな事情でコンビニまで来られない人にも、喜んでもらえるんじゃないかな。
「あ、でもそうなるとぼくの船舶免許じゃ動かせない」
販売船は、きっと図書館船よりも大きくなると思うから。
「自分で動かす気満々ね」
安藤部長に言われてぼくは顔が熱くなった。今気づいた。誰かに任せるんじゃなくて、ぼくが船を動かしたいんだ。
「企画書を作成して。まずは上層部に伝えましょう。通るかどうか分からないけど、わたしはなかなかいい企画だと思う。慈善事業の理念にも適うわけだし」
企画書の作成の仕方は、安藤部長が教えてくれるということになった。
「イチロー!」
振り向きざま、突然宇喜多に抱きしめられた。
「イチロー、もう帰ってこないかと思っていた。帰ってきた、帰ってきてくれた」
ぼくより背の高い宇喜多に全力で抱きつかれると、ほんとに息ができない。
「ちょっと、はなれてっ」
宇喜多からなんとか逃れる。体が、あちこち痛くなる。
「……泣いてるのか」
目元を両手で覆って、宇喜多は泣いていた。
「だって、コンビニの店員、たいがい一年ももたないから。みんなすぐ月に帰っちゃうから。イチローもそうかなって」
いつの間にか、遠巻きにしてぼくらを見ている図書館船の利用者さんも、うなずいている。帰省するのは口実で、ほんとにもう地球に戻らないと思われていたんだ。
「まだしばらくは、コンビニで働かせてよ」
ぼくがそう言うと、宇喜多は一番端の桟橋に止めた船まで走っていって、操舵室へ駆け込んだ。そしてほんの少しして戻ってきた。
「イチローが帰ってきたって、無線で全船に伝えてきた!」
ちょっと待って、それって何だか恥ずかしいよ。
「いちいち知らせる手間が省けたな」
コバヤシさんは、いつものように白い歯を見せて笑った。宇喜多も笑うけど、鼻の頭と目がまだ赤い。
もう、仕方ないな。
コバヤシさんは、館長を連れてきて、ぼくに抱っこさせてくれた。館長は、にゃあと小さく鳴いてぼくの胸に顔を擦り付けた。
ぼくは振り返ってコンビニを見た。四角い二階建て。入り江の奥にぽつんとひとつきりあるお店。
商品はどれもひとつ百オーロで、おひとり一回三点まで選べます。
営業時間は、午前九時から午後六時まで。水曜日は定休。
ぼくは、店員の風間です。分からないことは、なんでも聞いてください。
次回が最終話です。




