↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の舟で会いましょう  作者: たびー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/24

風間の帰省 中編

 月の舟が近づいた。桟橋が船でほとんど埋まっている。大盛況じゃないか。木島さんは、タグボートをなんとかあいているスペースに停めた。

「ありがとうございました。お礼はすみませんがあとで」

「そんなの気にするな。おれたちも楽しかったんだ。またいつでも来てくれ」

 木島さんはそう言って、ぼくを下ろすと去っていった。何もいらないと言われても、そうもいかない。後で考えよう。

 コンビニへ入ると、「いらっしゃいませ」という声。

「イチロー! 怪我、もういいのか」

 相変わらずの宇喜多だ。耳にバチバチのピアスしたままで接客か。少し減らせ。

「うん、ありがとう。なんとかくっついた」

 ぼくは左手をあげて見せた。

「よかったなー」

 そう言いながら、お客様に注文されたソフトクリームを手早く作っていく。それがまあ、上手なわけで。やっぱり宇喜多は器用だ。なんでもできる。

「ああ、風間くん、お帰り」

 バックヤードから出てきた先生が声を上げる。

「よかった。ゆっくり休めたかい。こっちは宇喜多くんが大活躍で助かったよ」

「そうみたいですね」

 ちょっと、妬ける。なんだかぼくがいなくても、店はうまく回っているんだ。

「今日は休んでいなよ。こっちは大丈夫だから」

「うん、イチローは休んでな」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 ぼくは妙に丁寧な言い方をすると、二階へあがって荷物を下ろした。

 宇喜多、誰とでもすぐに仲良くなれるから、先生ともう打ち解けてるみたいだった。

 悔しいというか、嫉妬するというか、ぼくが築き上げてきたものって、あっさり誰かがこなせる程度のことだったんだな。

 ぼふっとベッドに横になる。ここには猫ちゃんはいない。こんな複雑な気持ちも、猫ちゃんをだっこしてなでられたらきっと忘れられるのに。

 猫のかわりに、バッグをぎゅっと抱きしめる。

 ……でも、これは考えようかもしれない。いままで店を開けなきゃって、そればっかりでぼくはなかなか休めなかった。本を回収に行った日は休むかどうか悩んだ。先生一人ではどうしても手が足りない。でも、今回みたいに宇喜多が来てくれるなら、ぼくは晴れて「有休」が取れる。

 現地採用だ!

 ぼくはやにわにベッドから起きあがり、階段を駆け下りた。

「先生、宇喜多を現地採用しましょう」

「お、一応もう仮採用ってことにしていたけど、社員の風間くんが決めてくれたなら正式採用だな」

「そういうことで、宇喜多。パートだけど、時々ここで働いてくれるか」

「いいよー。コンビニ楽しい」

 いかにも、人好きのしそうな笑顔で宇喜多は答えた。

「おもしろい子だよね。宇喜多くん、彼女が四人いるんだって」

 先生の言葉に、てへっと宇喜多は笑う。

 おい、前から一人増えているじゃないか。


 4月下旬から、ときどき宇喜多に出勤をお願いできるようになった。

 ぼくは、二週に一度くらい有給を取るようになった。その他、宇喜多は先生がフィールドワークで留守だったり執筆で忙しいときにもお願いするようになった。

 有休を取って、ぼくが何をしていたかというと、写真を撮り歩いていた。

 避難所の階段上からの展望、それから桜は散りぎわだったけどなんとかフィルムにおさめた。

 夕暮れ時、海側からの月の舟の入り江は奥のコンビニの灯りがいい感じだ。

 そういえば、湖水岬の崖になんだか花が咲くって。湖の写真も撮りたいから、行こうか。

「先生、ぼく明日の休みには、湖水岬へ行こうと思います」

「いいね、あそこは風景が美しい」

 レジの合間に先生に話すと、賛同してくれた。

「写真、だいぶ撮ったみたいだね」

「おかげさまで、あちこち」

 まだ全然だけど。手持ちのフィルムはあと10本くらい。大切に使おう。

「猫ちゃんと椎名先生にも会えるの、楽しみです」

「椎名さん、猫のついでみたいだね」

 先生に笑われた。まあ、そうではある。

「この星は美しいよ。日本群島はドームにはない四季があるから。もっとも、剥き出しの四季に当てられた社員は帰っちゃうんだけど」

 先生は苦笑した。先生は詳しく話すことはしないけど、赴任しては短期間で去っていくムーンシップの社員たちを何人も見てきたんだ。

 チャイムが鳴って、小町さんが顔を見せた。いつも通りにコピーのコインを買う。今日は先生が対応したから、緊張したみたいであまり顔を上げずに、そそくさとコピー機のほうへ行った。

「わたしは、ここが好きなんだけどね」

「ぼくも、好きです。先生のことも、みんなのこと……」

 と、店の奥で派手な音がした。あわてて行ってみると小町さんが倒れていた。

「小町さん、大丈夫?」

 先生が抱き起こすと、さらに顔を赤くして気絶した。

 尊いって、呟いていたけど、なんのことかな。


 猫たちと木島さんたちへのお土産を用意して、ぼくは休日に湖水岬を目指した。

 普段の生活圏より、ずっと遠くまで行く。

 やがて、湖水岬から崖に挟まれた水路のような海を進む。

「わあ」

 思わず声が漏れた。両側の崖には房状の紫の花がたくさん下がって咲いていた。甘い香りまでする。花には蜜がたっぷりあるのだろう。蜂の羽音が聞こえる。花房は水際まで垂れ下がり、風に揺れている。

 ぼくは船のエンジンを止めると、何度もシャッターを切った。それから、またエンジンをスタートさせると、木島さんの家を目指した。


 木島さんのタグボートはみえなかったから、木島さんは仕事で留守のようだ。

 椎名先生が、病院の前のベンチでミケを抱いてうたたねしていた。いつもふんぞり返っている椎名先生が、背中を丸めているのがなんだか面白い構図だったから、思わず写真を撮ってしまった。使い切ったフィルムを交換していたら、椎名先生が目を覚ました。ぼくを見つけたのか、いきなり姿勢がよくなる。

「来るときには、連絡くらいしろ」

「すみません。衛星電話、あまり使えなくて」

 衛星電話はあくまで緊急時のものだから、私用に使うには気が引ける。

 船を係留してあがると、ハチが軽い足取りで走ってきた。すぐに、ぼくの足に体を擦り付ける。

「おう、覚えていたかハチ。今日は撮影か、月人」

 ハチを抱っこしたぼくに椎名先生が話しかける。

「崖の写真を撮りに来たんですけど、湖跡と神社もいいなあって」

「そうだな、湖の奥のほうは水が澄んでいるから、底の方までよく見えるぞ」

 え、それは初耳だ。ぜひ写真に収めたい。ぼくはハチを下ろして、また船に乗った。

「ちょっと待て、一人で行くな。危険だ。俺も一緒に行く」

「……椎名先生は、船酔いしやすいって木島さんから聞きましたけど」

 椎名先生は、一瞬うっという顔をした。

「ここなら、波もないから大丈夫だ」

 大丈夫、大丈夫と呪文のように唱えながら、椎名先生はぼくの船に乗った。そのまま狭いデッキにうずくまる。

「じゃあ、行きますよ。先生、場所を教えてくださいね」

「わかった」

 心なしか緊張したような声で先生は答えた。ぼくはなるべく静かに船を操作した。神社のある小島のその先、まるで大きなガラス玉を沈めたような場所があった。

「水が溜まって動かないんですか」

「……そうだ、おそらくほとんど動かない」

 あ、駄目だ。椎名先生、また顔色が白くなっている。早めに帰ろう。

 ぼくは水の中を覗いた。驚くほどの透明な水、陽が差す湖底にはかつての道や橋の跡が見えた。家の基礎がいくつも並んで残っている。

「こんなにはっきり見えるなんて」

 魚がよぎると、湖底が揺らめく。神秘的な光景をおさめたくて、ぼくは何度もシャッターを切った。もっと、もっとと、体を乗り出した。

「おっと、そこまでだ」

 椎名先生にシャツの後ろを引っ張られた。

「乗り出しすぎだ、湖に落ちるぞ」

 たしかに、そうだ。バランスを崩すところだった。いまさら、ぞっとして冷や汗が額に浮いた。

「ありがとうございます」

 だから、ぼくをひとりで行かせなかったのか。ぼくはカメラをしまって、また岸へと舳先を戻した。

 岸へ戻ると、お昼になってた。木島さんのタグボートがあった。

「シーナ、いないから探したぞ。風間くんと一緒だったのか」

 出かけるなら、メモの一枚も残せと木島さんは椎名先生へ注意していた。

 ふたりがそろったところで、ぼくはなんだか嬉しくなった。

「あの、お二人の写真を撮ってもいいですか」

「なんで撮る。なんの記念でもない日なのに」

 地球では、写真は何かの節目に撮る。ふだんは撮らないことは知っている。

「なんでもない日記念です」

 ぼくの言葉に、木島さんと椎名先生は苦笑した。苦笑したけど、承諾してくれた。

「猫、猫たちを抱っこした方がいいよな」

 椎名先生は、三匹の猫を手早く集めてきた。そしてさっきのように病院前のベンチに座った。人ふたりに猫三匹。

「こんな感じでいいのかー」

「ばっちりでーす」

 ぼくは、ふたりと三匹を撮った。

 その時、なんだか胸がいっぱいになった。この感情はなんだろう。あたたかくて、満ち足りていく、この気持ちはなんだろう。

「ありがとうございました!」

 ぼくはふたりに、頭を下げた。大好きなふたりに。


 それからぼくは、風景だけじゃなくて、人物の写真も撮るようになった。

 映画館と、ゴスロリの母子。

 田中パン屋の一家。

 コバヤシさんと図書館船、それから館長とコバヤシさん。

 コビーを取りにきた小町さん。

 机に向かう先生、レジカウンターにいる宇喜多。

 魚市場に食堂、コンビニへヨットやボートでやってきた学生たち。

 フィルムはたちまち、使いつくしてしまった。


 六月は終わりをまもなく迎えるという日に、ぼくは先生に相談した。

 朝ごはんの場で、ぼくは正座して先生に話しかけた。

「先生、ぼく、来月あたり月へ帰省しようと思います」

 先生は、目を少し見開いたあと、ゆっくりと細めた。

「それは、いいことですね」

 先生は冷奴に醤油を回しかけると、ぼくに醤油さしを渡してくれた。

「それで、宇喜多一人に店を長期間任せられないと思うので、コンビニを三か月ほどお休みにしたらどうかなって」

 先生は、うーん、と天井を見上げて唸った。

「そうだね、わたしも夏はフィールドワークに出かけて店を空けることが多いし。そうするのがいいかな。月へは連絡したの」

「先生に相談してからと思って、まだです」

「それなら、今日しなさい。思い立ったが吉日だ」

 はい、とぼくは返事をした。月へ帰ってそれきりじゃない。ちゃんとまた帰ってくる。帰ってくるはずなのに、さびしい。

 その先、ほんとうに地球をあとにするとき、ぼくは平気でいられるだろうか。

 冷奴のショウガが鼻にツンときて、ちょっと涙が出た。


 コンビニは七月から九月いっぱい、お休みすることになった。

 お客様からは、「ほんとに、帰ってくるの?」とさんざん聞かれた。帰ってくるのかという疑念は、帰ってきたときに、ようやく晴れるんだろう。

 ぼくは、出発前日までお店に立った。

 月へ持っていくものなんて、たいしたものはないから、出掛ける準備なんてあっという間だ。

 宇宙船に乗ったら、月までなんてすぐ。

 宇宙港には、両親が迎えに来ていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。