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月の舟で会いましょう  作者: たびー


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19/24

風間の帰省 前編

風間の帰省 前・中・後編の三部構成です。

 地球へ来て、丸三年が経って四回目の春だ。

 ウグイスの声が聞こえる。梅がほころび、桜のつぼみがふくらむ。


「先生、じき伊能さんが来ますからね、下に来てくださいね」

 ぼくはバックヤードの階段から、二階の先生へ声をかけた。先生は冬に収集した話をまとめたいと、ここ数日は、朝食後すぐに自室にこもってしまう。

 でも伊能さんがコンビニへの補填商品を月から運んでくる日は、段ボールを開けて商品を並べるにも人手が必要だ。

 先生の「はーい」なんて調子のいい返事が聞こえた。

 ほんとに来てくださいよ。

 ぼくは外に出て、ウォークボードのうえを箒で掃いた。開店前の時間に伊能さんは到着予定だ。

 そんなことを考えていると、空から降りてくる物体が見えた。まるで、折り鶴の首が短いような形をしているアルテミス号だ。

 沖合いで着水するとき、轟音とともに水柱があがる。

 それが合図になったように、先生がコンビニから出てきた。

「今日も伊能嬢は快調みたいだね」

 コンビニの制服を辛うじて着用した先生が、ぼくの隣で話した。

「先生、襟のところのボタン、ちゃんと留めてくださいね」

 ぼくに注意されて、先生はボタンをはめてなんとか服装を正す。

 アルテミス号は入り江から月の舟の桟橋に到着した。

「おはよう、坊やたち。元気してた?」

 いつものタイトなジャンプスーツに、赤いベリーショートの髪の伊能さんが小首をかしげてみせる。先生が、坊やってとつぶやくから、笑ってしまう。

 ハッチバックを開けた伊能さんから、次々段ボールが手渡される。ぼくらはリレー形式で荷物を店の前まで運んだ。晴れでよかったよ。雨なら大変だ。

「風間くん、毎回同じこと言ってしまうけど、溜まった有休を消化して欲しい、と総務からのお知らせよ」

「はい」

 はいと言ったものの、有休の使い道がない。

「たまには、月へ帰省したらいかが? こちらに赴任してから一度もご実家へ戻られていないでしょう?」

「はあ、まあ、そうですね」

 なんだか猫背になってしまう。

「それでは、また三ヶ月後に」

 伊能さんは、挨拶をすますと、あっという間に沖合いへ出て、空へ飛び立った。

「仕事が早いねえ」

 先生がつぶやく。ぼくらはアルテミスを見送ると仕事にかかった。

「ほんとに、そろそろ帰省したらどう?」

 先生が尋ねてくる。ぼくは、うーんとうなってしまう。

「えーと。うちの家族はお世辞にも仲がよいとは、言えずなんです」

 ぼくは、段ボールの結束バンドを大ぶりなカッターで切ると、中を確かめる。

「ほう」

「なので、特別会いたいとか……なくて、すみません」

 せっかく、先生が帰省を勧めてくれているのに。

「それなら、旅行はどうかな? 火星でも。なんなら地球のべつの自治区とか」

「そうですね、考えてみます」

 そう返事をしたけど、イマイチ乗り気になれない。

 溜まりに溜まった有休は、三ヶ月分くらいになる。やっぱり、実家に帰省すべきだろうか。でもそうなると、コンビニの仕事は……。

 たぶん、注意がそれていた。

 あ。

 つっ。

 荷物を押さえる左手に、カッターの刃が親指から手の甲へ食い込んでいた。

「あっ、せんせいっ」

 ぼくは先生の背中に声を絞り出して呼びかけた。

 そのうちにも、血が滴り落ちる。手は動かせないままだ。

「どうした、かざまく——ん!?」

 と先生は、うわあああと叫ぶと、ポケットからハンカチを取り出した。

「カッター、外して、すぐにハンカチで押さえるから! 心臓より高くあげて!」

 ぼくはもう、されるがままだ。目をきつくつぶってカッターを外した。外したとたん、痛い、痛いというより、熱い、こわい。出血、血が、血が!

 ウォークボードに赤い点々がいくつも、いくつも。

 くらりと目の前が暗くなったとき、背中を支えられた。

「風間くん!」

 き、木島さんだ。そう言えば今日あさイチでお客さんを連れてくるからって、前回話していた。

「き、きじまさん……ぼく、死ぬのかな」

 そしたら、木島さんは声をあげて笑った。

「死なないよ。でも縫ったほうがいいよな、先生」

 先生はうなずいた。古い映画で見たことあるけど、皮膚を針で縫い付ける野蛮な治療法だよね?

「木島さん、わたしは別の船を頼むから、その子を病院へ連れていってあげて」

 木島さんが連れてきた、おばあさまが親切にもそう申し出た。そうだなと木島さんは顎に指をあて、数秒考えていたが、結論はすぐに出た。

「川西さん、ありがとう。じゃあ、風間くんは船に乗って」

「で、でも荷物を片付けないと……」

 片付けとコンビニの両方をするなんて、先生ひとりじゃ無理だ。

「誰か頼めそうなやつ、いない?」

 木島さんに言われて、ぼくの少ない交遊関係をまわらない頭で必死に考えた。

「宇喜多、かな」

「宇喜多、たまちゃんか?」

 そうですと、ぼくがうなずくと木島さんは船の無線であっという間に、宇喜多と話をつけた。

 なに、魔法なの?

「じゃ、先生。風間くんをお預かりします!」

「よろしく頼んだよー」

 間延びした先生の声に、少しだけ緊張感がほぐれた。

「病院って、どこですか? 水晶島か潮待島ですか?」

 客席からぼくが尋ねると、木島さんはこともなげに言った。

「シーナのとこだよ」

 え?

「ちょっと待ってください、椎名さんは獣医じゃないですか!」

「大丈夫。ヒトも縫えるから。ほら、腕を心臓より高くあげて!」

 なんか違うー。

 ぼくの魂の叫びは、スルーされた。


「話は無線で聞いたぞ、月人」

 ぼくは、椎名さんの病院へ連れこまれた。

 久しぶりに会った椎名さんは、相変わらず髪も服装も真っ白だった。

 ぼくは診察用の椅子に座らされ、動物の診察台に左手を乗せた。

「どれ、傷を見せなさい」

 言われてハンカチをはずして恐る恐る見せる。ハンカチは生乾きだ。血でゴワついている。

 椎名さんは、ぼくの左手を取ると傷口をしげしげと観察した。

「キレイに切ったな。これなら治りが早い」

 言うなり、脱脂綿で傷口を消毒した。

「いたー! いたいじゃないですか!」

 ぼくが咄嗟に腕を隠す。

「いいのか!? 麻酔なしで縫うぞ!」

 椎名さんは右手に注射器を持っている。麻酔なしは怖いけど、麻酔注射を打たれるも絶対に痛い。何もかも痛いし、怖い。

「ああ、もう! スバル!」

 ……最終兵器が投入された。

「ほーら、猫ちゃんですよー」

 木島さんがハチを連れてきた。 

「ううっ、かわいぃ……」

 ぼくは半泣きでハチを撫でながら、左手を縫われた。


 その日、ぼくは木島さんの家に泊まった。

 ケガの様子も見たいから、二・三日泊まったらどうだと椎名さんが提案したのだ。

 衛星電話で椎名さんがコンビニの先生と連絡を取り、木島さんが先生から着替えを預かってきてくれた。

「月人。それだけ大きなケガをしたのは初めてだろう。今日は横になっていろ」

 抗生剤をのんだ後、椎名さんの見立てでぼくは木島さん宅の客間に寝かされていた。

 先生からは、有休の使い時だから一週間くらい休めばいいとの伝言、宇喜多からは椎名先生にはオレも腹を縫ってもらった。留守番は任せろ、だと。

 宇喜多、彼女に刺されたの腹だったのか……。

 ぼくも宇喜多も治療してくれる人がいてよかったよ。

 ぼくは部屋にやってきて、布団に上がったハチとクロの重さを感じながら、眠った。


 それからの一週間は、猫たちと寝て起きて、木島さんが作った美味しいごはんをいただき、ひたすらのんびりゴロゴロした。

「さすが、若いと治りがはやい。明日、抜糸するか」

 六日目の夕食時に、椎名さんが言った。

「やった! 明日帰れるんですね」

 言ったあと、でも猫たちとの天国ライフも終わりかと思うとさびしい。

「あがったり、さがったり、風間くんは分かりやすい顔をする」

 木島さんにからかわれてしまった。

「風間くんが帰ったら、またシーナとふたり暮らしだな」

「なんだ? 俺でなんの不満がある?」

「ありませんよ」

 木島さんは、たけのこごはんを口にほおばって、笑った。

 

 翌日の朝、椎名さんはぼくの抜糸をした。

「縫ったのは七針だ。いちおう、皮膚はくっついたが無理は禁物だからな」

「はい、ありがとうございます」

 ぼくは左手を握ったり開いたりした。なんだか、皮膚がひきつれているみたいだ。

「違和感はいずれなくなる」

 椎名さんは、抜糸した糸やハサミを片付けた。

「月人」

「はい?」

「俺は月人になるはずだった」

 唐突に椎名さんは話を始めた。

「うちは母子家庭で、母が月人と再婚した」

 え、何で、どうして。

「俺が獣医師になるため月へ留学して、母も付いてきたんだ。それで再婚相手と知り合った。結局、俺は地球へ戻った」

 そんな過去があったとは。若くて医療関係なら月へ市民IDを移すハードルは低いはずなのに。

「母は今も月にいる」

「え? お母さまはおいくつですか」

「86かな。月人は長生きだから、おれが先にくたばるだろうな」

 たしかに、月での平均寿命は100歳を越える。

「会いに行かないんですか」

「行くわけがない」

 それから、椎名さんは深いため息をついた。

「ただ、時おり母の腹から生まれたのが俺ひとりなのかと思うと……さびしくなる」

 たったひとりなんだ。

 椎名さんは窓越しに、空に浮かぶ薄い月を見上げた。

 あそこには、椎名さんの母親もぼくの家族もいる。会いに行こうと思えば行けるのに、行かないと言う椎名さんは、毎晩どんな思いで月を見ているのだろう。

「準備できたか」

 木島さんが診察室へ顔を出した。

「あ、できてます。抜糸、終わりました」

「じゃあ行くか」

 木島さんに月の舟まで送って貰うことになっている。

「それじゃあ、ありがとうございました。椎名さん」

「次からは、椎名先生と呼べ」

 あれ? もしかして、今まで不満だったのかな。

「どうでもいいだろうよ、シーナ」

 木島さんがそう言うが、椎名さんは腕組みをして顔をしかめている。譲る気はないらしい。

 意固地だよな、意固地で少しさびしがりやかな。

 ぼくは笑うのをこらえた。

「分かりました、椎名先生」

 そう言って、頭を下げた。なかなか懐いてくれなかったミケが、いつの間にかぼくの足にすり寄ってきた。

 うっ、かわいい。帰りたくないけど帰らなきゃ。

 何から何までお世話になりっぱなしだ。あとでお礼をしないと。

 ぼくは後ろ髪を引かれる思いで、タグボートに乗った。

 ぼくは、家族に会いたくないわけじゃない。ただ、なにかきっかけを失っているみたいなんだ。

 このまま、両親へ会うことがないんだろうか。椎名さんのように。

 それとも、きっかけをみつけられるのかな。

 空には白とグレーの雲が重なり、時おり青空がのぞいていた。

 

 

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