メリークリスマス&ハッピーニューイヤー 後編3
三人で木島さんの家に戻り、昨夜の残り物で朝食を済ませた。
「さすがに眠いな」
木島さんが茶碗を洗いながらあくびをした。ぼくは洗い終わった食器をふいたけど、目がしょぼしょぼする。椎名さんは、自宅へもどって休んでいる。
「少し寝るか。たぶん一時間くらいしか眠れないだろうけど」
木島さんが不思議な予言をした。ともかく、ぼくらは再びこたつに吸い込まれて猫と眠った。
眠ったのはほんの一瞬だと思った。けど、けたたましい呼び鈴でたたき起こされたら、一時間経っていた。
「はいはい、そんな鳴らさなくても」
よろよろと立ち上がった木島さんは玄関へと歩いて行った。ぼくもなんとなく目が覚めてきた。
「わるい、ちょっと仕事だ」
木島さんはボア付きの上着を手に持つ。
「なんの仕事ですか」
もう完全に目が覚めてしまった。起き上がったぼくに、ちょっと眉をしかめて木島さんは答えた。
「さっきの小島へ参拝に行きたい人たちがいるんだ」
毎年のことなんだけどな、と木島さんは言う。
「ぼくも行っていいですか。お手伝いします」
「いいけど、楽しくないと思うぞ」
そんな、船に乗るだけで楽しいじゃないですか。
結局、それから木島さんとぼくは、夕方まで小島へ何回もお客さんを運んだ。
「もしかして、小島の神社は初詣の人気スポットですか」
「そうなんだ」
たしかに、神秘的だから。木島さんの一家と同じく、ダムの湖底の住人だった子孫の人たちが年に一回、お参りにくるのだという。
正月だから、代金はいらないという木島さんに対して、お客さんたち——主に年配者——は、悪いからとお酒、お菓子、手作りの料理や野菜を置いていった。
「満員御礼ですね」
ぼくは、船へ乗り降りするお客さんのサポートをした。すると、なぜかぼくは高校生のアルバイト、と思われてしまった。もう24なのに。
「椎名さんの病院に、明かりがついてますよ」
夕方、仕事が終わって木島さんと家へ戻ると、椎名動物病院へは急患が来たらしい。
「椎名さん、だいじょうぶだったのかな」
かなり具合が悪そうだったし、じっさい朝食も味噌汁くらいしか食べなかった。
「あれで、仕事になればしゃきっとする奴だから、心配はいらない。さて、夕飯作るか」
「作らなくても、いただいたもので十分じゃないですか」
「それもそうだ」
ぼくらは笑い合った。空に輝き始めた星々が、鏡のような湖面にも映っていた。
一月二日。
一日ほどはお客さんは来なかった。
昼食までいただいたぼくは、木島さんにまた月の舟まで送ってもらう。
木島さんが船の準備をしている間に、ぼくは椎名さんへお礼の挨拶をした。
「猫ちゃんたちと一緒にいられて、幸せでした」
昨夜は布団で寝るぼくのところへ、ハチがきてくれた。なんと布団の中に入ってくれたのだ!
幸せだった。たとえ朝目が覚めたら、布団から押し出されて畳に寝ていたとしても。
ふん、と椎名さんは、ぼくのさげた頭を軽く叩いて、何かを乗せた。
それは小さな袋だった。片手をあげた猫のイラストが描かれてある。
「これ……?」
椎名さんは。こぶしを腰にあて偉そうにふんぞり返ってぼくを見つめた。
「月人」
「はい?」
「ここ最近、スバルは月人の話をよくしていた。よほどいいヤツなんだろうと思った」
え。そうなの? 確かに、木島さんはよくきているけど。
「……少し、嫉妬した」
「へ?」
「でも、実際に会ったらスバルの言う通り、いいヤツだった。よく働くし、気働きができる。意地悪なやつに猫はなつかないから、わかる」
褒められてる。よく分からないけど。
「でも! スバルの一番の親友は、俺だからな! それは駄賃だ。また来ればいい」
ポカンとするぼくを置いて、椎名さんは、病院の中へ入っていった。
「オーイ。準備できたぞー」
木島さんに呼ばれて、ぼくは乗船した。
「シーナから、なにか言われたか」
「なにかというか。スバルの一番の親友は俺だからな、って言ってました」
あと、これと小袋をみせると、木島さんは頭をかかえた。
「なに言ってんだ、あいつ。もうすぐ還暦なのに」
ため息をついて、船を走らせた。
「ついでに先を越されたか」
そう言うと、ジャケットのポケットから木島さんも似たような小袋を取り出してぼくに渡した。
「受け取ってくれ、お年玉だ」
「え?」
「参拝客の手伝い、してくれただろう。少しだけど礼だ」
「そんな、お礼なんて」
「もらってくれ。新年のお祝いだ」
そう言われたら貰うしかなかった。
「ありがとうございます」
ぼくはお年玉をひたいにあてて、おじぎをした。
「よかったら、また遊びにきてくれ」
「はい」
そうこたえながら、ぼくは、次はあるんだろうかと考えた。
それはつまり、いつか月へ帰るということで。いつか、みんなとサヨナラをする。
ぼくは、それに耐えられるだろうか。
三日の日に、先生を宇宙港まで迎えに行った。波が穏やかでよかった。
先生は、たくさんのお土産を持ってきた。
「現地で、パートやアルバイトを雇っていいそうだ」
「会社から聞いたんですか?」
うん、と先生はうなずいた。
「ただ、その人物が損害を会社に与えた場合は、風間くんが賠償する」
「え!?」
「うそうそ、雇ったひとには本社の保険に入ってもらうから大丈夫だよ」
そう言うと先生は鞄から書類を出した。雇用契約書、とぼくに渡した。
「きみは、休暇は楽しんだかい?」
「はい、とっても!」
それからぼくらは、お互いの休暇の話をしたんだ。
一月三日、夕方。
伊能さんがやってきた。
「ハッピーニューイヤー!」
「あけましておめでとうございます!」
ぼくが大きな声で返すと、伊能さんはほほえんだ。
「あら、なにかいいことがあったのかしら? 風間くん」
「たくさん、たくさん楽しいことがありました!」
それは幸先がいいわね、と伊能さんはハッチバックを開けた。
ケースには、たくさんのお餅が入っている。
あしたは、今年のコンビニの始まりだ。
たくさんの笑顔があふれる一年でありますように!




