メリークリスマス&ハッピーニューイヤー 後編2
夕飯は、コタツに座ってだった。コタツのあるリビングも、古い映画のセットみたいだった。茶箪笥? 柱時計? ソファはないんだ。
「風間くん、コタツは初めて? じゃあ、布団めくってみなよ」
意味ありげに笑う木島さんに促され、布団をめくってみた。そしたら、柔らかいものたちが伸びをしながら出てきた。
「猫! 猫。え、二匹、三匹!」
なんていう柄なのか、よく分からない。真っ黒なのは一匹いる。
「シーナを呼んでくるから、ちょっと猫の子守りをしててくれ」
「はい!」
いくらでも見てます。三匹ともぼくにすり寄ってきてくれる。ふんわりとした毛、ごろごろと鳴るのど、キラリと光る澄んだ瞳。
ああ、どれもこれも尊い。
抱っこしてと催促するように、ぼくの腕を前足でつつく、顔に白い筋がある子。抱っこしますよ、いくらでも。他の二匹もぼくの腰や足にもたれて毛づくろいをはじめた。
天国、ここが天国。
腕の中の暖かさ、柔らかさ。独特の頼りなさがたまらない。
ほう、とため息をついたら、ねこたちが一斉に駆け出した。振り向くと、椎名さんが来ていた。猫たちは吸い寄せられるように、全員椎名さんの足に体をこすり付けている。
「ミケ、ハチ、クロ。待たせたな。仕事は終わりだ」
椎名さんはしゃがむと、一匹一匹の頭をなでた。猫たちは、ぼくの時よりさらにくつろいで、お腹をみせてごろごろしている。
「ああ、風間くん、がっかりしないでくれ。猫たちがいちばん懐いているのは、シーナだから」
木島さんがなぐさめてくれたが、やっぱり悔しい。
椎名さんは立ち上がると、ぼくをみおろし鼻で笑った。
感じ悪いー! でも猫が懐くくらいだから、いい人なのかもしれないー!
「風間くん、料理運んで。シーナも突っ立ってないで、動け」
木島さんの声に、ぼくと椎名さんは動いた。
コタツの天板には、料理がところ狭しとならべられた。マグロとハマチの刺身、ぶりの照り焼き、ナマコ酢、筋子。ぼくが持ってきた唐揚げ。
「スバル、おまえは俺を痛風にする気か」
「とっくに痛風だろう、今日くらい解禁だ」
木島さんは、瓶ビールとウィスキーを準備した。
痛風って、たしかビールは飲めないはずだ。だから木島さんはウィスキーも買ったんだな。
「まあとにかく、始めるか。風間くんビールの栓をぬいて」
え、栓を抜く? 木島さんから渡された栓抜きを手に固まるぼくから、椎名さんが栓抜きを取り上げた。
「青二才の月人にはできないようだな」
そう言うと、ビールの栓をいとも容易く抜いた。
それでもぼくのコップにビールを注いでくれたりする。椎名さんは木島さんのコップへもビールを注ぐ。木島さんは、椎名さんのウィスキーの水割りを作って差し出した。
酒が揃ったところで、いきなり椎名さんが歌を歌い出した。なまじ声がいいから聞き惚れてしまう。
「シーナ、歌はいいから」
木島さんにたしなめられて、ようやく椎名さんは歌をやめると、ひとつ咳をした。
「では、みなの健康に、乾杯!」
そこ、健康なんだ、と思いながら乾杯と追随すると、一気にビールを飲む。久しぶりだから、頭がくらんとする。月で流通しているものより苦味が少なくて、飲み味が軽い。
「ふふ、おいしいや」
ぼくのつぶやきに、椎名さんが反応する。
「飲め、飲め」
「飲ませ過ぎるなよ! 風間くん、遠慮なく食べてくれ」
木島さんに勧められるまま、まぐろの刺身に手を伸ばす。切り身が厚い。口にいれると、脂がとけてとろんとする。生臭さが一切なくて、独特の甘味がする。
「おいひいです」
「そうだろう。店はボロいが、あそこの魚屋は扱っているものがピカイチなんだ」
ほんとうに、どの魚もおいしい。ぼくは何度もうなずきながら、箸を動かした。
「お、ハチは月人が気に入ったか」
椎名さんに言われて気づいた。猫ちゃんがぼくの膝にもたれて寝ていた。ハチワレという種類だと教わった。だから、名前がハチ。ほかの猫たちは、三色の毛の色のミケ、真っ黒なクロ。
嘘みたい。ほんの少しの重さと、寄りかかっている辺りだけ感じる温かさと。ぼくは箸を置いて、ハチのあごをそっとなでた。
最高の大晦日だ。
その後は、酔っぱらってしまったのでよく覚えていない。
目が覚めると、暗かった。時計を暗がりのなか、目をしかめて見ると六時過ぎだった。
みんなで、飲んで騒いで、なんとか片付けたあと、こたつで寝てしまったらしい。
椎名さんの、イビキがすごくて目が覚めたんだな。しかし、椎名さんは白衣から着替えない。両脇にミケとハチがはまって寝ている。
起き上がると、木島さんがいなかった。外で音がする。玄関から外を見ると、木島さんが避難所のときみたいな焚き火をしていた。
「木島さん」
ぼくが呼びかけると、木島さんは顔を上げた。
「起こしちゃったかな。外に来るなら上着を着てくれ」
たしかに、外は寒そうだ。そのぶん、焚き火の炎が暖かそうだ。
外へ出ると、木島さんは丸椅子を二つ持ってきた。
「日の出を見ようと思ってな。でも早すぎた」
「地球の人は、日の出を見るのが好きなんですか?」
地震のときの避難所でも、みんなで朝日を拝んだ。
「んー、ありがたみがある」
「ありがたみ?」
「これは、おれの一個人の感想だけど、新しい一日をいただけたことに感謝するってことかな。それで、新年は、新しい一年をありがとうって」
月にいたときには、日の出も日の入りも中央監督署が照明を調節していただけだった。
「木島さん、ぼくが地球へ来たのは偶然なんです」
炎に手をかざして、ぼくは地球へ来たことの経緯を話した。
「そうなの?」
「入社のとき、誓約書をきちんと見ないで、地球勤務希望のところにチェックをいれちゃって」
「ボンヤリしてるな」
木島さんは、ぼくを見て少し笑った。
ぼくは、地球になんの期待もしないでやってきた。そのせいか、思いもよらない自然の美しさにふるえた。
海も山も、雨も雪も、美しいと思った。
「地球勤務が合わなくて、すぐ月へ戻る人もいるけど、ぼくは楽しいです」
「そりゃ、よかった。コンビニがあると、おれたちも便利だし楽しいよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
嬉しくてぼくの頬が熱くなる。自然と笑ってしまう。
にゃあ、と背後で猫の鳴き声がした。振り返ると暗闇にとけるようにして、金色の目だけが光っていた。
「クロ、シーナと寝てなかったのか」
呼ばれて焚き火のそばに来たのは、黒猫のクロだった。ぼくが手を差し出すと、指先を一心不乱に嗅いだ。
「クロは、コバヤシくんのとこにいる猫と兄妹だよ」
あっとぼくは声をあげた。そういえば、どこかの動物病院から譲られたって。たしかに椎名さんのことだろう。
なにかしらの縁があるんだな。ぼくはクロを膝に抱き上げた。しばらくはクロはおとなしく抱かれていたが、やがて飽きたのか、ぴょんと飛び降りて家に戻った。
すると玄関の引き戸が、大きく鳴った。
「起こせよ。俺も初日の出見るんだから」
明らかに二日酔い状態の椎名さんが、玄関の戸に縋りつくようにして立っていた。クロが気づかわしげに椎名さんの足元をなんども行き来する。
木島さんは、椅子をもうひとつ持ってきて、椎名さんを座らせた。
「椎名さんは白衣を脱がないんですか」
すでにシワが寄った白衣を、椎名さんは昨日からずっと着ている。
「急患が来るかもしれない。盆正月連休とくれば狙いすましたように、急患が来るもんだ」
木島さんにダウンコートを持ってきて肩にかけてもらった椎名さんは、クシャミを続けて二回した。
あたりは徐々に明るくなっていった。
「よし、船に乗って」
木島さんに言われてクロを家にしまうと、ぼくたちは船に移動した。
「外に出ないと、日の出は見えないから」
木島さんの船は断崖の間を抜けて、外海へ出た。幸いなことに、空は晴れている。まだグレーの色を残した空、水平線に白い線が引かれる。
「デッキに出よう。シーナ、大丈夫か」
「この程度で酔うか」
と、いいつつ椎名さんの顔色は青い。あれ、もしかして船酔いしたのかな。
「ほら、初日の出だ」
白い線は丸く集まり、金色になってゆっくりと顔を出し始めた。ご来光という言葉を思い出すより先に、太陽は光を投げかけてきた。
ぼくらは初日の出に向かって、手を合わせ頭を下げた。
こんなとき、どんなことを考えればいいのかな。考えるんじゃなくて、祈るのかな、それとも感謝するのかな。
寒さの中、陽があたると体は温かくなった。
「あけましておめでとう」
木島さんがぼくらに声をかけてくれた。そうだ、正月には地球ではそう言葉を交わすんだ。
「あけましておめでとうございます」
「はいはい、おめでとう」
椎名さんがギリギリな感じで挨拶をすると、さっさと客室へ戻ってしまった。
「神社へ行くからなー」
と客室の椎名さんへ木島さんが声をかけると、へんな悲鳴みたいなのが聞こえた。
「さて、小島の神社へいくぞ」
木島さんは船の舳先をまた岬のほうへ向けた。
断崖は朝日に照らされて、息を吹き返しているように見えた。岩肌がきらめき、常緑樹の葉が冷たい空気の中で凛としている。
「もしかして、椎名さんって船酔いしやすいんですか」
「まあな。今日は二日酔いだから、よけいにひどいな。さっさと初詣を済ませて休ませよう」
木島さんは船のスピードをあげた。湖へ入ると、湖面はすみずみまで光っていた。そのなかに浮かぶ小島の船着き場もまた小さかった。
「シーナ、着いたぞ。どうする、休んでいるか」
椎名さんは客室の椅子に寝ころんだままで、腕で大きくバツを作った。無理みたい。
ぼくと木島さんで、神社への階段を登った。階段はきれいに掃除してあった。
「ここの掃除したの木島さんでしょ」
そうだが、と木島さんは答えた。
「ぼくも昨日は避難所までの階段を掃除してきました」
避難所は使わないに越したことはないけど、いつまた使うことになるか分からない。だから、もしものために。
「いい心がけだと思うよ」
木島さんに褒められて、ぼくは嬉しかった。まるで学校の先生に褒められたみたいに。
階段を上りきると、朱色のはげた鳥居をくぐった。
「大きいっていうか、広い」
小さな島に、こんな広い場所があって神社があるなんて驚きだ。
「ダムに沈む前は、そこそこ高い山の上の神社だったろうな。おれの両親や爺さん婆さんはここに来たと思う」
木島さんの一家は、ダムに沈んだ村に住んでいたという。ずしんと胸にくる話だ。そうか、何世代も前からここに、と。
「さ、拝んでいこうぜ」
賽銭箱の前につるされた鈴の紐は新しいものだった。赤と白の布がより合わさっている。
ところで、やり方が分からない。ぼくは木島さんをまねた。
何を願うか。それよりも、ここに来られたことの感謝を静かに伝えた。
船にもどると、椎名さんが本格的にダウンしていた。二日酔いと船酔いが重なったようで、顔は紙のように白くなって、ますます全身真っ白だ。
「帰ったら、しばらく寝ていろ」
木島さんは、岸部の集落へ船を戻した。




