メリークリスマス&ハッピーニューイヤー 後編1
十二月三十一日、三時。
「待たせたかな」
木島さんがぼくを迎えに来た。
「二階から船がやってくるのが見えました。それから降りてきたので」
コンビニは、津波警報が出たときの外シャッターを全面に下ろしている。無人になっても防犯はバッチリだ。
ぼくは木島さんのタグボートに乗った。
タグボートは二階建てになっていて、一階は乗客のスペースになっている。椅子が固定してある。それでも三人掛けが二列、二人掛けが一列。甲板には荷物を乗せるのかな。こあがりみたいな二階が操舵室だ。
「操舵室に入っていいですか」
「いいよ、狭いけどな」
ぼくは操舵室におじゃました。見晴らしがいい。左右には島陰が見える。木島さんが舵を握り、ぼくは月の舟を後にした。
「休み中は何かしていたか」
「ほとんど掃除です。あとは水晶島まで映画を見に行ったり……あ、水晶島で小町さんに会いましたよ」
「またジャージ着ていたんだろ」
「なんで分かるんですか」
まあ、なんとなくなと木島さんは答えた。たしかに、ジャージの上にダウンを羽織っていた。
「それで、折井先生はと聞かれたから、先生は月に帰りましたってぼくが言ったら、貧血起こしそうになって」
「言い方がまずい」
「そうでした。慌てて、帰省です、年明けに帰りますって言い直したら、小町さん、なんとか持ち直しました」
木島さんがカラカラと笑った。
「小町は、ほんとに折井先生のファンなんだな。あっと、途中買い物に寄るけど、いいかな」
「かまいませんよ」
「月の舟はいい店だけど、酒とタバコを売っていないのが玉に瑕だな」
「トラブルの元になりそうなものは、売らないことになっているそうです」
たしかに、と木島さんは言うと、水晶島の隣の潮待島へ舳先を向けた。
潮待島は、ぼくもこの間、映画のあとに来た。漁師飯が美味しい店が多い。
「年末年始の魚、頼んであるんだ。それから、酒とタバコを。あ、猫たちのメシもだ」
猫たちって! もしかして、猫は一匹だけじゃない? ぼくの胸は高鳴った。
船を留めた木島さんと、ふだん行ったことがない路地裏の魚屋へ足を運んだ。天井が低くて、はだか電球が下がっている店だ。それでも、店に並ぶ魚はどれも活きがよさそうだ。魚の目が澄んでいる。生臭さがない。
木島さんは、中くらいの発泡スチロールの箱を受け取った他に、筋子とナマコも追加した。
さすがに一人で持つには無理がある。ぼくは追加分で買ったのを引き受けた。
「風間くんは、いけるクチ?」
「まあ、酒はほどほどですね」
酒屋へまわり、木島さんはビールとウィスキー、それからタバコを買った。
ぼくの両手はふさがったので、雑貨店で買ったキャットフードの大袋は、発泡スチロールの上に乗せられた。
再び船へ戻った。公立の中高一貫校のある海燕島を通り越した。
「この間、パン屋へ行ったら、ももちゃんに月の舟のケーキが食べたかったと言われました」
「ももちゃん……ああ、田中パン屋の娘か。あそこ、クリスマスだけケーキを売るから、忙しかったろうな」
普段はパン屋だけれど、特別な日にはケーキを売るそうだ。ちなみにバースデーケーキも頼まれたら作ると言っていた。
「月の舟は、直接行ったやつしか買えないからな」
木島さんも、時々ご老人に頼まれて月の舟まで送迎してるから重々知っている決まりだ。
ぼくも何度聞かれただろう。誰々さんからお願いされたんだけど、って。こちらは確かめようがない。これもトラブルの元になる。研修で、何度も何度も叩き込まれたルールだ。
でも、店へ来られない人に配達できたら、いいだろうなって思う。
「ももちゃんは、早く船の免許が取りたいって言ってました」
「そりゃ、まだ時間がかかりそうだな」
エンジンつきの船の免許がとれるのは、18才からだ。ももちゃんはまだ中学部二年生。あと四年ほど先のことだ。
船はぼくがまだ行ったことのない、方角へ進む。見たことのない島の形ばかりだ。
「木島さんの、住まいは湖水岬?」
「そう。昔は湖だった場所だ。ぐるりと山に囲まれている。それで、真ん中に小さな島が残されているんだ」
なんだか、神秘的な場所を想像する。小さな島って、何だろう。
あ、木島さんは一人暮らしなんだろうか。
「ご家族はいらっしゃるんですか?」
ぼくは、遠慮がちに尋ねた。まさか、宇喜多のところみたいに大家族とか。
「一人暮らしだけど、隣の幼なじみとはいつも一緒に飯を食ってる。そいつも一人者だ」
地球は、月よりも独身率が高いって聞くけど。
「おれたちは、ご近所で支え合いながら生きているから。血縁関係が無い同士で暮らすのは珍しくないよ」
その言葉に、ドキンとする。地球は福祉がゆき届いていない。ご近所みんなで助け合って暮らしている。何もかも行き届いた月とは違うのだ。
心のなかで、スミマセンって頭を下げてしまう自分がいる。ぼくは結局、月の住人だから。
「この岬の先だ」
大きく張り出した島の突端を木島さんは指差した。岬から回り込むように曲がると左右に切り立った崖が迫る。まるで屏風みたいだ。
「夏だったら、藤の花が咲いていてキレイなんだが、冬は殺風景ですまんな」
「いえ、見たことのない景色で……圧倒されます」
「そうか?」
木島さんは軽くほほえんだ。すると、視界が一気に開けた。
思わずぼくは声をあげた。丸く大きく、樹木の緑が水を囲っている。
「むかしの湖、正確にはダムの領域だ」
月で聞いてはいた。かつての貯水湖が海面上昇で海と繋がった場所があると。ぼくは視線をぐるりと巡らせた。緑に縁取られたなかに、ぽつんと島が浮いている。かすかに、鳥居が見えた。
「あの島は、神社ですか?」
「そうだよ。明日は初詣に連れてくよ」
船で? うわあ、なんてステキだろう。ぼくはしばし感激に浸った。
「さて、もうじきだ」
右手の岸に集落が見え始めた。夕日があたる家々は、オレンジ色に染まっていた。
木島さんの家の前の船着き場に到着した。
「荷物下ろすの、手伝ってくれ」
もちろんですと、ぼくは買ってきた魚や酒をおろした。
「玄関に置いてくれたらいいから」
言われて運んだ。木島さんの家は玄関を開けると、直ぐに台所だった。コンパクトな作り、きちんと食洗機もある。床が飴色なのは、長く手入れして使ってきた証だろう。
それで、木島さん宅は小ぢんまりした二階建てだ。まるで地球でみた古い映画に出てくるような。けど、隣が。
「椎名動物病院」と壁に字が書かれた鉄筋三階の建物だった。
二つの建物の勝手口を繋ぐよう、一階部分に屋根が掛けられてある。たぶん、行き来がしやすいようにだろうな。ごはんを一緒に食べているって木島さん、言ってたし。
魚の入っている発泡スチロールの箱を置いて、腰を伸ばした。
ら! 目の前が真っ白になった。
「うわー!」
おばけだ、おばけがでた! 尻餅をついたぼくは、立ち上がることも出来ない。
「どうした!」
ぼくの声を聞きつけたか、木島さんが玄関に飛び込んできた。
「スバル、こいつは誰だ」
腹に響く低音だ。空気がビリビリ震えるような。
「前から話していただろう、コンビニの店員。風間くん」
白い人は、長い白髪をかきあげた。白衣に白いシャツ、ズボンも白ければ靴下も白い。
「月人。ひ弱だな」
ぼくにちらっと視線を向けると、すぐ白衣のポケットに手を突っ込んで去っていった。
ぼくが唖然としていると、木島さんが助け起こしてくれた。
「すまない、最初に紹介すればよかったな。あいつは、幼馴染みで椎名鷹尾。ちなみにスバルはおれの名前ね」
ぼくはポカンと口を開けたままだった。
月人って、今どき聞かないよ。木島さんの幼馴染みって、あの人?
「口が悪い以外は無害だから」
いや、それはじゅうぶん有害では!?
「ほら、夕飯の支度だ」
「そんな、せめて猫に会わせて!」
ぼくの希望は、ひとまず却下された。夕飯作りが最優先だから。




