ソフトクリームを三つ
※BL要素を含みます。苦手な方は、ご注意ください。
おにぎりにかぶりついたとき、自動ドアが開いて、夏の濃い海のにおいが、顔にぶつかった。
「い、いらっしゃい、ませ」
ぼくが口をモゴモゴさせながら、なんとか挨拶をすると、お客様の男性は緊張したように、ぼくから目をそらした。
「すみません、みっともないところをお見せして」
午前中からずっと客足が途絶えず、四時すぎてからようやく一息ついたところだった。
「大丈夫です。あの、ソフトクリームを一つお願いします」
三十前後の男性は、直立不動でぼくに注文した。
「はい、少々お待ちください」
アルコールで手指を消毒し、ソフトクリームの機械のレバーを握る。
地球のコンビニ勤務になって一年が過ぎたから、最初よりずっとうまく巻けるようになった。出来映えに得心する。
「お待たせしました」
ぼくは男性から百オーロを頂戴し、ソフトクリームを渡す。
男性は腰を四十五度くらいにきっちり曲げて礼をすると、イートインスペースの椅子に座った。
ぼくは梅のおにぎりの残りを口に入れて、カウンター内にある小さな丸椅子に腰を下ろして男性の様子を見るともなしに見ていた。
両手できちんと持っている。早くしないととける……と思っていたら、一気にいった!
そこからは、あっという間で男性はソフトクリームを食べて、魂を抜かれたようにしばし呆然としていた。
それほど感動してくれて、嬉しいなあ。
残り二点は何を買うんだろう。
男性は立ち上がると、まっすぐにカウンターに来た。
「ソフトクリーム、二つください」
瞬間、ぼくの頭に? が浮かぶ。二個食べるのかな。
「早めにお願いします」
真剣な眼差しに、あわててソフトクリームを二つ作って渡した。
「ありがとうございます!」
そう言うなり、男性は店から走り出ると、桟橋にもやった漁船に飛び乗った。
あ! 持ち帰りなら、ホルダーに入れるべきだった。と、思う間もなく漁船は去っていった。
カウンターにはソフトクリームの代金、二百オーロが残されていた。
秋になった。半袖の制服のアンダーに長袖のTシャツを着る。
店の裏手の山から、枯れ葉が海へ飛んでくる。驚くほどたくさん飛ぶから、一年目のときは呆気にとられていたものだ。
初雪まであとどれくらいだろう。雪が降るのをわくわくして待つのは、子どもっぽいかも知れないけど、やっぱり楽しみだ。
ぼくは客足が途絶えたところで、おにぎりを食べた。今日は寒いせいか、ソフトクリームより唐揚げや中華まんがよく売れた。在庫確認して発注しないと。
と、風に紛れてエンジン音がした。天気が荒れてきたのに、来客だ。
おにぎりをなんとか食べきって腰をあげると、男性がひとり、入店した。
あ、と思った。Tシャツの首もとがちょっとよれている。
「ソフトクリーム、二個ください」
背筋を伸ばして、少しふるえる声で注文した。手指を消毒して一個目を作った。
「あの、ソフトクリームのホルダーあるので使いませんか?」
ホルダー? と男性が首をかしげた。ぼくは棚からホルダーを取り出してソフトクリームをはめた。
「あ!」
「お使いになりますか?」
「はい!」
ぼくは二個目を作ってホルダーに入れて、男性にわたした。
「ありがとうございます」
男性はお金を払うと、お辞儀を素早くした。また店から飛び出して行くのをぼくは見送った。
……あの人、ここからどれくらい離れたとこに住んでるのかな。いちばん近い町まででも最低十五分かかるけど。
「どう考えても、とける」
もしかして、船に足の不自由な誰かがいたのかな。
いずれにしろ、ソフトクリームの無事を祈った。
冬が来た。朝イチ、九時の開店まえに雪かき用のスコップを手に外に出る。息を長く長く吐く。
「白い!」
月では経験できなかった。ふくみ笑いをしながら、コンビニの前の雪をかく。ここは、海流の影響で雪がそんなに多くないと聞いてきた。
自分ひとりで雪かきがすむくらい。でも、雪だるまや、かまくらが作れたらと思う。
そんなふうに思っていたら、漁船が来るのが見えた。
ん? もしや?
船をもやって降りてきたのは、あの男性だった。でも今日はうなだれている。
「おはようございます」
「お、おはようご……」
あれ? 元気がないかな。ジャンパーの下のシャツがヨレヨレだ。
「お店の中にどうぞ」
ぼくの言葉に男性は首を横にふった。
「オレは愚かです」
「はい?」
「ソフトクリーム、夏に買ったときどんどんとけてしまうので、焦ってしまい結局ふたつ食べてしまいました」
まあ、そうだろうなあ。
「だから、秋なら大丈夫かなと思ったけど、やっぱりとけるから、焦って……」
言わずとも分かる。ちょっと肩がふるえてしまう。唇がピクピクしてしまう。
「あの、お店へどうぞ。あ、ちょうど開店時間だ」
ぼくは男性を店内へ招いた。
「今日もソフトクリームでしょうか?」
「……はい」
ぼくは、夏に使ったかき氷の容器と蓋を二組、準備した。
「ふたつ、お願いします」
ぼくは容器にソフトクリームを詰めて蓋をした。それから保冷バッグに容器と保冷剤をあるだけ入れた。
「一緒に食べたい人がいるんですね」
男性の顔がパッとあかくなり、何度もうなずいた。
「でしたら、とけずに召し上がる方法がありますね」
あ、と言って男性は顔を曇らせた。
「オレ、ただの漁師だから」
「ぼく、魚が好きで。地球に来て、今まで食べていたのが魚に似た別物だって思いました。めっっちゃ、おいしい地球の魚!」
男性は顔をあげて目を見開いた。
「おいしい魚をいつもありがとうございます」
ぼくは保冷バッグを男性に渡した。
「またのご来店を、お待ちしています」
ぼくは笑顔で男性を見送った。男性はあの四十五度の挨拶をして帰っていった。
春が来た。
風が柔らかく、ほんのりと暖かい。山に咲く何かの花の香りがする。ぼくは、カウンターの中で背伸びをした。学校が始まったらしく、小さな子達が日中来なくなった。
中華まんは、そろそろいいかな。冷食、消費期限確かめたら、土日でセールしようか。
遅い昼ご飯のおにぎりを食べていたら、漁船が入ってきた。漁船、というか、大漁旗!?
盛大に大漁旗をはためかせている!
なんだ、なんだと思っていたら、自動ドアが開いた。
「いらっしゃい、ませ?」
あっ、ソフトクリームの人だ。
「こんにちは。あの、ソフトクリームふたつ」
手をつないだ人の顔を一度見あげて、ぼくに注文した。
手をつないだ人、おしゃれなシャツを着た男性は、ぼくに頭を下げた。
「あの、大漁だったから、その、で、デートに誘ってみました」
漁師の彼は顔を赤くして、頭をかいた。
「誘われました」
おしゃれシャツの彼氏は、嬉しそうにほほえんで漁師の彼を見つめた。
ぼくは、ソフトクリームをいつもより集中して作った。
二人はイートインスペースに並んで座った。
お似合いじゃないか。ぼくはなんだか唐揚げをたくさん揚げたい衝動にかられた。あるいは、外を走りたいような。
春の暖かい日差しが、二人を照らす。
今日は、とけずに食べられますね。
ぼくの胸にも春風が吹いた。




