新婚旅行はコンビニへ
「あっ、見えた!」
わたしはつま先立ちして、思わず声を上げた。
「コンビニ、建物が見えた」
船の舵をにぎる誠さんに声をかけると、誠さんはぎょろっとした目でわたしを睨んだ。
入り江の奥を指さしていた手をすごすごと下ろす。
子どもっぽかったかな。浮かれすぎたかな。わたしは座席に腰を下ろして床を見つめた。
五歳違いの誠さんと、今日結婚式を挙げた。そのまま、新婚旅行へでたけど、会話らしい会話もなく来てしまった。
コンビニへ行きたがったのはわたしで、そのあたりも誠さんは面白くなかったかな。もしかして、隣の集落の畑作を見たかったのも。
わたしは従姉から譲られた白いサンダルで、船の床を突く。サンダルは少し大きくて足に合わない。小指とかかと側の足首が擦れて、痛くなってきた。でも、これくらいの痛みなら我慢できる。
四月の風は天気のわりに冷たくて、ショールを肩にかけた。
「もうすぐ着くから、ミユさん」
誠さんに言われて、はい、と返事をする。船は速度を落として、コンビニ前の桟橋に横付けするところだった。海を覗くと澄んだ水の中に、かつてのコンクリート造りの建物がいくつか見えた。
船は小さな衝撃とともに停止した。誠さんが船から下りて、船をロープで桟橋に固定する。わたしは船の舳先から波のうねりにあわせて桟橋に飛び移った。
我ながらうまく着地できたと満足していたら、誠さんが驚いたように丸い目をさらに丸くしている。おてんばだって思われたかも、知れない。わたしは、今さらワンピースの裾や襟をなおしたりして、ぎこちなく笑った。
くし状に五本ならんだ桟橋には、三隻の船が舫ってあった。コンビニの建物は窓が大きくて、まるでガラスの箱みたい。わたしはどきどきしながら、誠さんのあとをついていった。コンビニの横に後ろの山へ登る階段が見えた。避難用だ。
ぼんやりしていたら、誠さんの背中に顔がぶつかった。
聞いたこともない、軽快な音楽が流れて、いらっしゃいませ、という男性の明るい声がした。
「すまない。まさか扉がひとりでに開くとは思わなくて」
どこかあわてた誠さんに、思わず笑ってしまったけど、笑いを引っ込めてうなずいて見せた。自分なりの真剣な顔を作って。
「どうぞ、いらっしゃいませ。コンビニエンスストア月の舟へようこそ」
若い店員さんだ。長めの前髪が右目にかかっている。村では見たこともない髪型だ。半袖の服は制服なのかな。カッコいい。
「ご利用は初めてですか?」
「はい!」
つい大声で返事をしてしまった。誠さんが目を白黒させてる。
「ご存じかもしれませんが、ご利用方法をお伝えしますね。店内の商品は、どれでも百オーロです」
噂は本当だった! 全部百オーロ! 歯ブラシ1本と同じくらいのオーロで、コンビニのものが、なんでも買えるなんて夢みたい。
「お買い上げいただけるのは、申し訳ございませんが、お一人三点までです」
「ソフトクリームはありますか!」
「はい、ございます」
お兄さんは、にっこり笑った。
やった、ソフトクリーム。ソフトクリームは絶対。あと二つ、なにを選ぼうかな。
はっと横を見ると、どこか白けたような目で誠さんがわたしを見ていた。
まずい、浮かれすぎた。わたしは咳払いをして誠さんに声をかけた。
「あの、お店の中を見てみませんか?」
誠さんは、あ、とか、うん、とかそんな返事をして、わたしから視線を逸らした。
わたしと誠さんは、お店の中を見始めた。お菓子や飲み物。インスタント食品や冷凍食品は、お土産に買っていって、みんなで食べてもいいな。
「タオルや靴下もあるんだな」
誠さんが小さく声を上げた。どの商品にも付けられている小さなタグには、三日月が刺繍されている。
「月で作られたもの?」
「そうかもだな。ここのコンビニの本社は、ムーンシップコーポレーションだし」
「へえ」
わたしが思わず感心した声に驚いたのか、誠さんは天井を見ながら一言。
「……いちおう、調べてきた」
わたしは口をきゅっとすぼめた。誠さん、意外にも楽しみにしていた? わたしと誠さんの結婚は、親どうしが決めたようなものだから、わたしたちは、まだ親しくなれていない。
手をつないだことすら、ない。
結婚式前のデートといえば、誠さんの知り合いの牧場へ子牛を見に行ったことと、養鶏場へ卵を買いに行ったことくらい。
いま、ようやくデートっぽくて、胸がドキドキする。
「わあ、口紅、マニキュア、アイシャドウ」
棚の一角はコスメが並んでいた。こんなにたくさんあるの、初めて見た。キラキラだ。思わず目を両手でおおう。
「どうした? 具合悪いのか?」
慌てる誠さんの声がした。わたしは首を横にふった。
「ちがうの。ふだんの暮らしとあまりに縁がなくて、ちょっと眩しすぎただけ」
わたしは手を外して誠さんの顔を見て、笑ってみせた。
田んぼの仕事には、関係ない。日焼け止めは塗るけど、お化粧するなんて、年に片手ほどだ。
「あっちのほうも見たい」
他にもお客さんがいる。お父さんお母さんに連れられた小さな男の子。そういえば、折り紙やシャボン玉もあったっけ。うちのお母さんくらいのグループは、お店の奥のイスに座ってソフトクリームを食べている。みんな、ちょっとおめかしして、晴れやかな顔をしている。
わたしと誠さんは、どんなふうに見えてるのかな? 誠さんは、背広だし、わたしは白いワンピースだし。特別な二人って見えるかな。
店内を見て歩くうちに、どんどん足が痛くなってきた。靴ずれがひどくなった?
「ミユさんは、決めましたか」
声をかけられたとき、踏み出した足が痛んで顔が歪んで、小さく悲鳴が唇からもれた。
「あ、いまのは、何でもないです、ほんとなんでも」
数歩あとずさると、もっとすれて痛くて、足がもつれて、あっ……!
「痛いなら、教えてほしい。言わないとわからない」
わたしが転ぶ直前に誠さんがわたしの腕をつかんでくれた。
「靴ずれ?」
誠さんの言葉に、ドキンとする。
「なんで?」
「靴、少し大きめだろ? 式の前から歩くのが少し不自然だった」
気づかれていた。わたしの頬が熱くなる。
「大丈夫です、へいき、へいき」
「大丈夫なわけない。おれ、サンダル買うから」
「いい、いいの! その、こんなお洒落なヒールのある靴なんて、めったに履けないから、脱ぎたくない」
わたしの声は最後はしりすぼみになった。あまりに恥ずかしい理由に顔があげられない。きっと誠さん、あきれている。
ふう、とため息が聞こえた。
「じゃあ、少し待って」
誠さんは、棚から何か取り上げると会計へ行ってもどってきた。
「これ、貼ろう。外のベンチを使えばいいって。歩けるかな」
誠さんの手には、絆創膏の箱があった。
「あと、痛いところはない?」
「大丈夫デス」
自分で貼るからと言ったわたしの言葉を受け流し、誠さんはわたしの足に絆創膏を貼ってくれた。わたしの足は今、誠さんの膝のうえに乗っている。恥ずかしすぎて顔をあげられない。
誠さんは、いっけん不器用そうな太い指なのに、わたしの小指やかかとにキレイに絆創膏を貼ってくれた。
そういえば父さんが言っていた。
――誠くんの手は、働き者の手をしているぞ。
実際それは、とうに言われていて、田植えや稲刈りのときは、日の出から日暮れまで誠さんは働いていた。田植え機やコンバインの故障だって直しちゃう。
みんなから頼りにされている人だ。
平凡なわたしと、釣り合わないくらい誠さんは立派だ。わたしなんかでいいの? もっと立派な人のほうが……。
「ミユさん、去年の秋に東の田んぼが台風に流されたとき、片付けに行ったでしょう」
「あ、はい」
東の田んぼの水路は細くてすぐに溢れてしまう。
「みんながガッカリして」
一年の頑張りが一晩で流されたら、誰だって肩を落とす。みんな無口になってた。
「そしたら、ミユさん。今日のお弁当、豪華だから早く食べたい、さっさと片付けしちゃおうって言ってましたよね」
「そっ、そんなの言ったかなあ」
言った。確かに言った。その後、父さんにふざけるなよってお小言くらったもの。
「結局、ミユさんの声でみんなが動き出して。ミユさん、来年はどんなのが育つのか楽しみだねって言ってたのを聞いてました。その夜に、あなたの家に電話をかけました。ミユさんを、お嫁さんにくださいと」
「……え?」
親同士で決めたんじゃないの?
「ミユさんとなら、どんなことも乗り越え」
「えー!!!!」
わたしの叫び声に、店員さんとおばちゃんたちが店からどっと飛び出してきた。
「お客様、どうかなさいましたか!?」
店員さんはなぜか長箒を逆手に持って身構えていた。その後ろに、おばさまたち。
「な、なんでも、ないです」
なんとか答えたけど、顔が暑くてゆであがりそう。誠さんは、ごく普通の表情をしている。
「彼女に告白していただけです」
真面目な表情の誠さんに、みんながキャーっとさけぶ。
「でしたら。さ、みなさん。お邪魔したらいけません。お店に戻りましょう」
店員さんは、みんなを店内に誘導した。
「ミユさんの天性の明るさは、真似できないものです」
まだ続いた! わたしは両手を頬にあてる。
「どうか、おれと」
「もう結婚してるし!」
順番が逆だよ。わたしはついに吹き出してしまった。そしたら誠さんも顔をくしゃくしゃにして笑った。ああ、この人はこんな風に笑うんだ。かわいいなと思った。
「わたしのワガママで絆創膏、買わせてしまってごめんなさい。ソフトクリーム、たべませんか? わたしの分ので」
足、まだ誠さんのひざに上げたまんまだった。あわてて下ろした。
それから、ソフトクリームをおばさまたちと一緒に食べた。
アイスクリームなら、集落のお店でも買えるけどソフトクリームはないから。舌のうえですっと溶けて、あまくて、なんて美味しいんだろう。誠さんは唐揚げを買った。ふたりで食べようって言ってくれたから、半分いただいた。唐揚げにはピックがきちんと二本刺さっていた。店員さん、気が利く。
誠さんは、おばさまたちに奥さんを大切にしなさいよ、とか、さんざんいじられていた。
「赤ちゃんは、出産権が当選するのを祈るわ」
一年に新しく生まれるヒトの数は決められている。そうしないと地球がもたないからと学校で教わった。
そういっておばさまたちが帰ったあと、わたしたちはいろんな話をした。
子供の時に好きだった遊び、高校生の時の文化祭の出し物の思い出。誠さんは、やっぱり工業高校だったそうだ。わたしは期待して挑んだ調理実習で大失敗したケーキの話をした。
どこまでもおしゃべりは尽きなくて、店員さんに声をかけられた。
「すみません、閉店の時間です。まだお二人とも残り一つ何か買えますが、どういたしますか」
外を見ると、もう日が落ちて暗くなっていた。
よく考えたら、いまから同じ家に帰るんだ。まだまだずっと話をしていられるじゃない。
わたしは棚から、タオルを選んだ。誠さんは先に会計を済ませていた。
「すみません、長々と」
誠さんが店員さんに頭をさげた。あわてて、わたしも誠さんを真似た。
「いいんですよ。よくありますから。もう暗いです。道中、お気をつけて」
店員さんは笑顔でわたしたちを送り出す。制服のネームプレートには「風間」と書いてあった。
「また、来ますね」
「はい、また。月の舟でお会いしましょう」
わたしの言葉にも、きちんと返事をしてくれる。風間さん、いい人だ。
夜風が火照った顔に気持ちいい。誠さんは先に舟に乗って明かりをつけた。
「ほら」
と誠さんが、わたしに手をさしのべた。
ちょっと照れてから、わたしは誠さんにエスコートされて船に飛び乗った。
「店員さん、月から来たひとかな」
「そうだろうね。たぶん、本社で雇われているんじゃないかな」
地球より、ずっと住みやすいって聞く月からわざわざ来たんだ。たしかに風間さんは、わたしたちとは違って、どこか洗練された雰囲気があった。
誠さんが桟橋のロープを外して船を走らせる。
入り江から出て、沖を船はゆく。
しばらく進んでから、誠さんはエンジンを切った。
「誠さん、これ」
わたしはコンビニで買った三点目のものを、誠さんへ手渡した。
「タオル、作業中に使えるかなーって」
「ありがとう。大切に使うよ。おれからは、これ」
誠さんは、そう言うと小さな箱をわたしの手に握らせた。手を開くとそこには、キラキラ光る箱が。
「口紅!」
「毎日は使えないだろうけど、月に一度は使ってもらえるよう、おれも努力する」
「メイクして、子牛を見に行くの?」
「それは、子牛が、かわいいかなって」
子牛には、そういう意図があったんだ。誠さんなりの思いつく限りの……。
もう、どこへ行くんだって、誠さんとなら楽しいに決まっている。出かけるときには、使おう。
「ミユさん」
名前を呼ばれて顔をあげると、誠さんの顔が近くにあった。
「キス、しても?」
はい、と小さく応えると、誠さんはわたしに短いキスをした。
どきどきしすぎて、心臓がこわれそう。
「子やぎも、かわいいと思います」
誠さんは、くすっと笑ってわたしを抱きしめた。
コンビニの明かりが遠くに見えた。
まるで船を導く灯台みたいに。




