メリークリスマス&ハッピーニューイヤー 前編
メリークリスマス&ハッピーニューイヤー 前編・中編・後編1.2.3.の五部構成です
⭐12月23日~12月24日
十二月二十三日、夜七時。店はもう閉店している。
牡丹雪の降りしきる中、月からの補給船「アルテミス」が入港してきた。
アルテミスは、見かけは小さな船だけど、海での離着陸が可能な宇宙船だ。
ハッチバックが開いて、輸送担当の伊能さんが赤いショートの髪を風にもてあそばれながら、ぼくと先生へ手を振った。
「メリークリスマス! ちょっと早いけどね」
伊能さんはいつも体にぴったりとしたつなぎ(ワンピース)を着て、目にはごついゴーグルをしている。体の線がはっきりになるつなぎは、月ではあたりまえの服装だけど、ぼくは毎度目のやり場に困ってちょっと苦手だ。
「お二人とも元気にしていた?さあ、みなさんお待ちかねのクリスマスケーキをお持ちしたわよ。でも、なんで日本群島の人たちはクリスマスにケーキを食べるのかしら」
伊能さんはいつものように、マシンガントークでひとしきり話すと首を傾げた。
それはたしかにぼくも思う。月にいたときにはなかった風習だ。
「奇妙な風習にしろ、みなさんとても楽しみにしているんだよ。伊能さん、月からはるばるありがとう」
先生から礼を言われると、伊能さんは髪と同じくらい赤く塗った唇をきゅっとあげて見せた。
それから、ぼくと先生と伊能さんとで、ケーキを店に運んだ。店の中を整理して、ケーキを置ける特設販売コーナーを用意した。といってもケーキはすべて予約制だから、当日は予約した人しか買えない。
「ケーキも、百オーロですよね」
ぼくが伊能さんに確認する。
「そうよ、百オーロ。赤字覚悟のご奉仕、みなさまの幸福に寄与する、ムーンシップコーポレーションをよろしく!」
なら、去年みたいに皆さん残り二点で唐揚げやジュースを買ってくれるだろうな。唐揚げ、早めに揚げておこう。
雪のなか、3人での作業は1時間ほどで終わった。
帰り際、ぼくは伊能さんに声をかけられた。
「ソニアから、言伝。風間さんは、有休が溜まりっぱなし。消化してほしいって」
「そうは言われても、ぼくが休むと先生がたいへんで」
前回、コバヤシさんたちと出かけたとき、先生にコンビニの店番をお願いしたら、大変だったみたいで。
先生、ソフトクリームを作るのがお世辞にも上手とはいいがたいし、ホットスナックのケースが空くとさびしいからって、唐揚げをたくさん作っちゃってた。おかげで夕飯は、売れ残った唐揚げだった。
「有休のときにだけでも、来てくれる人がいればいいんでしょうけど。それじゃあ、次は1月3日の夕方にね」
ハッチバックが閉まると、アルテミスは入り江の向こうに進む。沖まで行って、轟音と共に飛び立つとあっという間に雪に紛れてしまった。かすかに瞬く、赤い光をぼくはしばらく目で追った。
「明日の天気、荒れないといいですね」
「雪くらいなら大丈夫だけれど、風が強くならないことを祈るよ」
先生とぼくは、白い息を吐きながら空を見上げた。
どうか、穏やかな天候でありますように。
翌朝、窓の音で目が覚めた。
起き抜け、ふらふらと窓へ近づくと、白波が立つ海が見えた。雪は昨日と打って変わって細かく、まるで打ち付けるようにして吹いている。
「うわあ、最悪」
こんな天候で、ケーキを受け取りに来れるのかな。
ぼくは自分の肩を抱いて、ぶるっとふるえる。でもそんなこと言ってられない。開店の準備だ。顔を洗って着替えて、先生を起こして。
今日は忙しいんだから。
いつもより念入りに、店内を掃除した。色紙で作った輪っかの鎖を天井から吊るした、クリスマスケーキの特設置き場。受け渡し担当は先生だ。
「天気、悪いままですか」
先生が外を見て、ぼそりとつぶやく。ぼくは、あまりの悪天候に、唐揚げをつくるかどうか戸惑っている。
月の舟島は、ほかの島と橋で繋がっていない。船で来るしかない。こういうとき、大変だよ。
「先生、たとえばこんな悪天候の時、救急患者はどうするんですか」
「どうするって、天気が回復するのを待つしかないんじゃないか」
「だって、急患ですよ、命に関わりますよ」
「そうだなあ、荒波をものともしない、命知らずの荒くれ者にお願いするか」
荒くれ者って、誰? どこにいるの。
地球に住むのは、いろんな覚悟がいるよ。ぼくがため息をついていると、海を見ていた先生が「あっ」と叫んだ。
「あって、なんですか」
ぼくも一緒に海を見た。そして、あっと声をあげた。荒くれ者を確認したのだ。
「いやー、今日は荒れるね」
やってきたのは、ソフトクリームの漁師さんだった。
首にまいたタオルで頭をひと拭きすると、ジャンパーの内ポケットから引換券を取り出した。
「あの……恋人さんと」
恋人さんっていうんだ。聞いていて、ほっこりする。
「いっしょに食べるの楽しみにして」
そこまで言って、顔は真っ赤で汗をかいている。引換券を先生に渡して、漁師さんはケーキを手にした。それから、いつものようにぼくはソフトクリームをかき氷の器に詰め、保冷剤入のバッグに入れて渡した。
「こんどは、おふたりでいらしてくださいね」
漁師さんは、きっちり腰を曲げて頭を下げると、また船で荒海へ出て行った。
「来る人は、来るんだね」
なんて話していたら、漁師さんと入れ替わりに、また一隻の船が。
桟橋から店へ走ってくるのは、がたいの大きな人だ。
「やあ、おはよう」
「コバヤシさん、おはようじゃないよ。こんな荒れた日に」
そうか、とコバヤシさんはさっそく引換券を出した。
「なんだか、これを食べないとクリスマスって気が しなくて。休みだから、早めに来たんだ」
早めに来るにしたって、もう少し天気を見たらいいのに。
コバヤシさんは、唐揚げとジュースを買っていった。
「こないだの本、ちょっとずつ図書館船に乗せはじめたんだ」
ぼくは、ぱちんと手を鳴らした。
「そうなんだ! こんど見るの楽しみにしてる。気をつけて帰ってねー。館長と奥さんによろしく」
おう、と手を挙げてコバヤシさんは帰ってった。
「ちょっと休もう。さすがに、三人目は来ないだろう」
先生は、椅子に腰をかけた。
「きっと、あんな人たちが急患を運んだんですね」
ぼくは先生へコーヒーを差し出した。
「おそらくは、そうだろうな」
先生は受け取って、あちっと言った。
空をみあげて、ぼくらは気を揉んでいたけど、お昼に近づくにつれ風と雪は止み始めた。桟橋やウォークボードを洗っていた波は、少しずつ引いていった。
「先生、船の影が見え出しました!」
ぼくはあわてて、フライヤーに冷凍唐揚げをセットする。
そこからは、もうてんてこ舞いで。桟橋がいっぱいになるくらい船が次々にやってくる。
みんな笑顔だ。ケーキの引換券を笑顔で先生へ手渡す。引き換えに赤いリボンのかかった白い箱をそっと渡される。あとの二つは、唐揚げだったり、ジュースだったり、スナック菓子だったり。
ぼくはひっきりなしに唐揚げを作り、代金をいただいた。
腕が四本ほしいくらい。来年は、誰かバイトを雇えたらいいんだけど。ぼくにも先生にも、人を雇う権限はない。
ソニア・安藤人事部長に相談しないと。あとで、聞いてみよう。
そんなことをちらりと考えたけど、それより目の前に並ぶお客さんをさばくのに、ぼくも先生も必死だ。
山ほどあったケーキの箱は、夕方を迎えるころには、ほとんどが消えた。暗くなる前に、と滑り込みのお客様がやってくる。
「よかった、今日は仕事で。こんな時間になってしまいました」
スーツ姿の男性は、たぶんお父さんなんだろう。ケーキの箱を大事そうに胸に抱いて店を出て行った。
気づけば、ケーキは残り一個だ。
お客様、来られるのかな。天気、悪かったし。何か別の用事ができたとか。閉店まであと十五分。
「お客様が来るまで、お店を開けておきますか」
ぼくが先生に尋ねる。先生は引換券と予約者のリストを整理していた。
「あ、これね」
ケーキをケースから取り出して先生はテーブルに乗せた。
「わたしが注文したケーキなんだ」
え、とぼくが驚きの声を漏らす。
「今年もがんばって過ごしたから。わたしたち」
それから、時計を見た。つられてぼくも見る。まもなく閉店時間の六時を迎える。
「今日も、事故なく勤められてよかった。無事が一番」
「はい」
「甘いもの、大丈夫だよね?」
ぼくはうなずいた。ケーキなんてしばらく口にしていない。
「先に食べませんか? コーヒー淹れます」
先生がうなずく。
ぼくの胸の中で、小さく鈴の音がした。
ちなみに、夕飯はぼくが揚げすぎた唐揚げがメインです、先生。
食品ロスを無くすため、作りすぎたホットスナック類は風間と折井先生で消費します。




