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月の舟で会いましょう  作者: たびー


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13/24

夏の手旗信号

 地球に来てから、初めての夏を迎えた。

 月のドーム、日本国では他国よりも四季を重視していた。なので、六月から九月までは、ドーム内の気温が二十五度前後になり、「セミ」という昆虫の鳴き声が流れた。

 そして今、夏は二十五度ではないことを、ぼくは知った。ついでに、「セミ」なる昆虫も実在することを知った。

 

「どうした、もう夏バテか。暑さはまだ当分続くぞ」

 今日は土曜日だ。応援で先生がレジに入ってくれている。

「ねえ、先生。今日もあの子たち来るでしょうか」

「うーん、来るんじゃない。今日は学校が休みだし」

「目的が分からないのが、気持ち悪いんですけど」

 あの子たち、というのは高校生たちのことだ。

 ぼくが四月に着任してから、しばしばやってくるようになった男子高校生、メンバーはバラバラだけど、五人か六人だ。

 別にいいんだよ、誰でも一人一回三点まで買えるルールだし、彼らはきちんと順番を守りソフトクリームや唐揚げを買う。そして自前の船で帰る。

 ただ、なんていうか。

 ぼくの顔を見ては、ひそひそ話をするのが、気になるというか、感じがよくない。ぼくの接客に不満があるのかな。

「月から来る人は珍しいからね。それで君の顔を拝みにくるんじゃないかな」

「拝みに来るって、ぼくは神様でもなんでもないですよ」

 まあ、気にしないでいこうよ、と先生は言うけどさ。

 お昼の時間を回る頃、レジは少し余裕が出てきた。

 今日も暑いから、かき氷とソフトクリームの注文が多い。かき氷の容器と、ソフトクリームのコーンを確かめていると、桟橋に小型のボートがやってきた。

 あ、例の高校生だ。

 珍しく、一人だけ。

 見ていると、店に入るわけじゃないけど、外から店の中をのぞく。のぞくというか、ぼくの方を見る。

 だから、何なんだよ。ほんと感じ悪いよ?

 そんなこと、二・三回繰り返されて、さすがにぼくの堪忍袋の緒が切れた。

「先生、ぼく聞いてきます!」

「え? なに? 喧嘩は駄目だからね」

 先生の声を背に受けて、ぼくは店の外に出た。とたんに焼けつく日差しと、海のにおいに打ちのめされそうになる。

 いや、負けるものか。

 ぼくは、頭をひとつ振ると店の前に立っている高校生へ歩み寄った。

「君、ちょっといいかな」

「え、おれ?」

 振り返った男子高生に、ぼくはうなずいた。

 スポーツ刈りに白い半袖、顔にはニキビがふたつみっつ。身長はぼくのほうがわずかに高い、たぶん。

「ぼくに用があるなら、聞いてよ」

「……」

 高校生はぼくの顔を見た、というかぼくの肩越しに入り江の方向を見た。

「あの、あと数分、待ってもらえませんか」

「は?」

「すみません、待って、あ!」

 男の子は、ぼくを押しのけて桟橋の端まで走っていった。

 ぼくが半身をひねって、男の子を視線で追うと、入り江には一艘の白いヨットがいた。

 ヨットを操作していたのは、セーラー服の女子高生だった。あれは海燕学園の制服だ。

 女の子はヨットの上に立った。遠目でわからないけれど、長い髪を肩あたりでふたつ結びにしている。髪は胸の下まで届くくらい、長い。

 すると女の子は右手に赤、左手に白の旗を持っていた。

 胸を押さえて、何回か呼吸をしたように見えた。それから、姿勢を正して旗を振った。

 手旗信号!?

 女の子は、数回旗を切れのある動きで振る。

 右へ、左へ。

「なんて?」

 読めるのか?

「なんて言ってるの?」

 この子には分かるのか?

 旗は、きっぱりと左右に、時に交差して動いた。

 男子高生は、祈るように胸の前で手をにぎり、呼吸さえ止めているように見えた。

 やがて女の子は旗を二つとも手に持つと、ほっとするように深呼吸をして、お辞儀をした。

「やった! やった!」

 男の子は突然、桟橋から海へ飛び込んだ。勢いよくあがった水しぶきが、ぼくにまでかかる。

「あああ! 危ない、あがって!」

 ぼくが駆け寄ると、彼は手慣れたものですぐに海からあがった。

 ヨットはいつの間にか、消えていた。

「ありがとう、風間大明神様!」

「は?」

 びしょ濡れの男子高生に両手をにぎられ、思い切り上下に振られた。

「おかげさまで、告白が成功しました!」

「は?」

 それと、ぼくが大明神なのは、何の関係が?

「今までの店員、すぐにいなくなったから、風間大明神様も夏までにいなくなるって、おれたち思っていて」

 まあ、ぼくの前任者は半年で月に戻ったけど。

「おれたち、賭けをしていたんです。風間さんがいつ帰るか」

「ひどいな」

 さすがに気を悪くするぞ。

「そしたらいつまでも、帰る様子がなくて、逆にレアだって」

 レア……ぼくは幻の珍獣か?

「だから、風間さんがいるあいだは、何かしらのレア——奇跡があるかも、って」

「奇跡って、そんなのあるわけない」

「ありました!」

 男の子は、顔を真っ赤にして叫んだ。

「おれたち、全員の告白が成功したんです!」

 言うなり彼は、ばんざいと叫んでまた海へ飛び込んだ。

 ぼくはただ、口をぽかんと開けたまま、彼の泳ぎをしばらくみていた。


「てなことも、ありましたね」

「風間くんがいつまでも、帰らないから、結局恋愛大明神は自然消滅したけど」

 二年後の八月、ぼくはまだ地球にいる。

「知らない間に、勝手にパワースポットにされても困ります」

 先生がクスクスと笑う。

 軽快な音楽とともに自動ドアが開く。

「いらっしゃいませ」

 反射的に挨拶をして、ぼくはお客様さまを思わずしげしげと、見た。

「あの時の!」

 ぼくの声に青年は、あたふたと手を上げたり下ろしたりした。

 海へ飛び込んだ高校生は、立派な社会人になっていた。

「その節は、お世話に」

 と、少し頬を赤らめてぼくに頭を下げた。隣には、キョトンとした表情のロングヘアーのかわいらしいお嬢さんがいた。

「……風間くんの霊験は、いまだあらたかみたいだね」

 先生が言うなら、たぶんそう。

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