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月の舟で会いましょう  作者: たびー


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12/24

本を迎えに行く日 後編

 本を詰め込んだコンテナを船に乗せて、午後から使う空のコンテナをまたリヤカーに積んだ。それからようやく、お昼となった。

 ぼくと宇喜多は、コバヤシさんから二段の弁当箱を一つずついただいた。ぼくは持ってきたペットボトルのお茶を配った。

「ちょっとー、そういうのは先に言ってもらわないと」

 宇喜多が困ったように眉根を寄せた。なんの事?

「ご飯の時に、なにか持ち寄ってって言ってよ。オレだけ手ぶらで悪いじゃない。気まずい」

 そういうとこには、気を遣うんだ。彼女が三人いるのは気まずくないのかな。

 それから、でかめの声でいただきます、と頭を下げて宇喜多は弁当の蓋を開けた。ぼくも、おなじくコバヤシさんに頭を下げて、おかずとご飯に分かれている弁当を開いた。

 うわ、サバの竜田揚げだ。卵焼きと、レンコンのきんぴら。それからイワシの甘露煮、人参とツナのサラダ、かぼちゃの煮物、こんにゃくのピリ辛炒め、小松菜と塩昆布の和え物。ご飯は一箱にたっぷり。

「うまーい、コバヤシさん、すごくうまいよ」

 ぼくもうなずく。午前中の作業で腹ペコだったこともあるけど、とにかく箸が止まらない。

 おかずが魚中心なのも嬉しい。先生とぼくの調理能力では、まずお目にかかれないおかずばかりだ。

 サバの竜田揚げ、こんど作ってみようかな。すごくご飯がすすむ。たぶん先生も好きな味だ。

「いいなあ、オレもはやく結婚したいなあ」

「宇喜多はまず、彼女を一人に決めろ。そこからだ」

「自分で作るのが早いよ」

 ぼくが言うと、宇喜多はきゅっとぼくに視線を向けた。

「風間は料理ができるのか」

「できるよ。簡単なものばかりだけど。先生と毎日、交代で作っている」

 え、と宇喜多が目を丸くする。

「月にいた時には、作らなかったけどね」

「じゃあ、どんなの食っていたんだよ」

 宇喜多が食い下がる。しゃべっていないで、お弁当を食べたいんだけどな。

「TVディナーって一食セットになった冷凍食品があって、それをレンジで二分温めたやつ」

「うまいのか」

 うーん、とぼくは首をひねった。こどもの頃からずっと食べていて、舌になじんではいたけど。

「地球に来て、いろんなもの食べるようになったら、あれはあんまり美味しくなかったんだって気づいた」

 パサパサした肉に、味の薄い野菜を美味しいと思って食べていたんだから不思議だよ。

「食べ物は、圧倒的に地球のほうがうまいよ。このお弁当が証明している」

「うん……たしかに」

 宇喜多はそういうと、また一心に弁当を食べ始めた。本当に、おいしい弁当だ。朝早くから、コバヤシさんの奥さんが作ってくれたなんて、感謝しかないよ。

「それでもさ、月には地球にないものがたくさんあるんだろう。オレはそれを見てみたいよ」

「あまり変わり映えはないと思うけど」

 地球の生活に馴染みすぎて、月のいいところがあまり思い出せない。

「そんなに行きたきゃ、ちゃんと金をためて月へ観光旅行すればいいんじゃないか」

 コバヤシさんに言われて、宇喜多は沈黙した。ああ、あまり貯金が得意ではない性格なのかな。彼女がたくさんいたら、お金がかかりそうだし。

「がんばる」

 宇喜多がぼつんと返事をしたのが、なんだかかわいく思えた。


 食事のあと、ぼくらはまた学校へ戻った。

「午後の作業の前に、風間くんは音楽室を見てきてくれないか」

「図書室の隣ですよね」

「そう。楽譜があったら持ってきてほしい。楽譜も人気があるから」

 わかりましたとぼくは返事をした。

「オレ、ちょっとほかのところ、見てきてもいい?」

 宇喜多が手を挙げた。

「別にいいけど、気をつけろよ。無茶はするな」

 コバヤシさんは宇喜多に釘をさしてから、送り出した。

 ぼくは二階へ上がると、音楽室の扉を開けた。茶色のかたまりがあると思ったら、枯れ葉に巻かれたグランドピアノだった。音楽室は半分開いた窓から蔦に侵入されていた。

 ピアノは図書館側の壁よりにある。小さな椅子がピアノの方に集まっている。

 ぼくはピアノとは反対側の小部屋へ入った。案の定、棚に楽譜が並んでいた。楽譜は薄く、ちょうど抱えられるくらいの分量だった。

 ミッション完了。

 さて、帰ろうかと思った時、グランドピアノが不自然に傾いているのに気付いた。よく見ると、ピアノの足が一本、床にめり込んでいる。歩くたびに床がきしむ音がする。もしかして、床全体がピアノ側に向かって落ち込んでいるんじゃ……。

 ぼくはなおさら足音をひそめて、音楽室から廊下へ出ると、扉をそっと閉めた。

 それから、図書室へ戻ってピアノがあった側の壁と床を確認した。

 作り付けの本棚が床から剥がれて浮いている箇所がある。

 背中に冷たい汗が伝う。

「コバヤシさん、これ見て」

 ぼくがコバヤシさんを呼ぶと、本を選ぶ手を止めて見にきてくれた。

「反対側にグランドピアノがあって」

「……こっち側には、入らないようにするか」

 ぼくとコバヤシさんは、うなずきあった。それから、木がきしむ音がするたびに、緊張した。


 宇喜多は、段ボール箱を持ち出してきた。

「コバヤシさーん、新品の本が職員室にあった!」

 宇喜多が外から二階に声をかけた。下を見ると、宇喜多の腕にちょうど収まるくらいの大きさの箱だった。

「でかした! リヤカーに乗せて。あとで見る」

 ずぼらな職員に感謝だな、とコバヤシさんは、ちょっとわるい顔で笑った。

「さて、あと一時間くらいか。暗くなる前に風間くんを送り届けないとな」

 そんな、どこぞの娘さんみたいな扱いをしなくていいんだけど。面映ゆいわ。

 ぼくはコバヤシさんが、本棚から抜き出していた本をまた、釣瓶のバッグに入れておろす作業を開始した。

 床が傾いているのは、さすがに怖い。作業が早く終わるにこしたことはない。

 すると、コバヤシさんが手を止めて、図書室をぐるっと見渡した。コバヤシさんの作業は本棚を半分弱見たくらいだ。立ち上がると、窓から宇喜多に声をかけた。

「コンテナ、あと何個ある?」

「えーと、35個でーす!」

 元気よく宇喜多がこたえた。とたんにコバヤシさんの眉間にしわがよる。

「ということはだ、だいたい900冊くらいか」

 コバヤシさんは、暗算して天井をみあげた。

「ずいぶんありますね」

「ちがう、900冊しか入らないんだ。ヘマした! 9類からじゃなく、0類からみるべきだった! まだ7類なのにコンテナが」

 コバヤシさんは突如専門用語らしきものを叫ぶと、頭を抱えた。

「0類ってなんですか? 何か問題でもありますか」

「本の分類だ。0類はその床が浮かんでるあたり。おもに図鑑だ」

 図鑑……子どもに人気がありますね。持ち帰らないわけにはいかない。

「ぼく、図鑑類こっちまで持ってきます。コバヤシさんが選んでください」

「いや、万が一床が」

「コバヤシさんより、ぼくのほうが軽いですよ」

 床を踏み抜く危険度は、ぼくのほうが少ない。コバヤシさんは、それだともしも、とかつぶやいたり何度も顔を上げ下げしていたけど、結局ぼくの提案を飲んでくれた。

「それじゃ、とにかく図鑑以外のものをコバヤシさんは選んで。それをどんどん下ろしましょう」

 残り時間が一時間くらいしかないのなら、とにかく作業を進めないと。ぼくらは日没と競争しているんだから。

 そこからのコバヤシさんのスピードはすごかった。きっと、断腸の思いであきらめた本もあると思う。ときどき、うめき声や、ごめんなという小さな声が聞こえていたから。

 それでも、図鑑のところまで来るには、やっぱり一時間はあっという間に消化されてしまった。

「じゃあ、ぼくが図鑑渡しますから」

 床が沈んでいる部分に、そっと足をのせる。背中に冷や汗が伝う。ぼくは本棚から図鑑を取り出して予備の釣瓶のバッグへ入れた。いっぱいになると、コバヤシさんが持ち手に付けたロープを引っ張って手元に寄せる。

 本棚が少しでも軽くなれば、床への負担も減るはずだ。それでも、体重がかかると床板がたわむのが感じられて、ぼくの動悸が激しくなる。冷や汗をかきながら、バッグはぼくとコバヤシさんの間を行き来する。

 その間にも、三時過ぎの外は夕方の様相が漂う。冬至前の時期だ。日没は四時半くらい?

 もう一列で図鑑が終わる。

「よし、だいたいのタイトルも確認したし、いいよ。終わりにしよう」

 コバヤシさんは、釣瓶で本を下ろす作業を始めた。ぼくは、ほっとして体の緊張を解いた。本棚を見ると、あやとりと折り紙、乗り物の図鑑が残っている。どれも子どもが好きなものだ。きっと喜ばれる。ぼくは厚みのある三冊を抜き取ると、立ち上がった。

 そして、一歩を踏み出した、とき。

 ばきん、と派手な音がして、視界がガクンっと下がった。

「風間くん! 」

 右足が床を踏み抜いていた。ひざ上まで、足がはまり込んでいる。痛いというより、口から心臓が飛び出そう。

「コバヤシさんっ」

「本をはなせ、手をこっちに」

 どうしたー、と下から声がする。来るな、ぜったい来るな、とコバヤシさん。

 ぼくは持っていた本を手放し、コバヤシさんの腕につかまった。ぼくの足が床から抜けると、さっきまでぼくがいたあたりの床まで、どんっと落ちた。

「だめだ、外へ逃げるぞ」

 コバヤシさんは釣瓶を窓枠から外した。

「宇喜多、よけろ、釣瓶を落とすぞ」

 えっ、という声が聞こえた。コバヤシさんは、釣瓶を外して落とすと、ぼくの腕をとった。

「歩けるか」

「はい」

 もう、なにがなんだかわからない。心臓の音が耳まで響いて、ほかの音が聞こえづらい。足は動いた、たぶん軽い打撲だ。

 ずん、と重い音がして図鑑が本棚から飛び出て落ちていく。きっとグランドピアノが壁にぶつかったんだ。図書室の床は、どんどん斜めになっていった。

「窓を閉めないと、本が」

 コバヤシさんが窓際へ駆け寄ろうとする。

「無理です、もう窓枠がゆがんでる」

 ぼくはコバヤシさんの手をつかんで止めた。

 グランドピアノと本だ。どれだけ重いか、コバヤシさんだってわかっている。コバヤシさんは、唇をかみしめて叫んだ。

「ごめん、ごめんな」

 ぼくらは階段を駆け下りて、正面玄関から外へ出た。

 すべてが崩壊するかと思われたけど、校舎の二階の一部が屋根ごとへこんだくらいでおさまった。

 ぽかんとしている宇喜多がぼくらと校舎を交互に見ていた。

「風間、ズボン破けて……大丈夫か!」

 宇喜多がぼくの肩をつかんでゆすった。

「だ、大丈夫、大丈夫」

 ゆすられると、なんだか体のあちこちが痛いから、やめて。

「事情はあとで説明する。まず片付けよう」

 ぼくらはコンテナに本を詰め、釣瓶の部材をリヤカーに積んだ。空はゆっくりと茜色に染まっていった。


「すまない、危険な目にあわせて」

 船は匙取島から離れた。ぼくらはまた操舵室にいた。さしもの宇喜多も重労働でヨレヨレになっている。

「大丈夫ですよ、たいしたケガもなかったし」

 と、ぼく。

「オレも、釣瓶が頭にぶつからなかったし」

 と、宇喜多。

「ほんと、すまん!!」

 コバヤシさんは、操舵室にあるクーラーボックスを開けるよう、ぼくらに言った。クーラーボックスには、ぼくらが食べ終わった弁当箱のほかに、ちいさな紙袋があった。

「それ、食べてくれ。もう腹が減っただろう」

「え、なに?」

 ぼくが開けてみると、中にはころんと丸いおにぎりがいくつも入っていた。

「おにぎりー!」

 宇喜多もぼくも、すぐに手に取ってラップをむくと口いっぱいにほおばった。

「梅干しだ、しみるー。サイコー」

 宇喜多の声に、ぼくもうなずく。ちょうどいい塩加減に、梅干しの酸っぱさ。海苔のうま味ってすごいな。

「こんなにおいしい、おにぎりは、月にはないよ」

 そうか、と宇喜多はうなずいた。そうだよ、きみが知らないだけで。

「それに、一番星もない」

 日は暮れて、五時でもすでに夜みたいに星が輝き始めていた。

「あ」

 ぼくは、頭に手をやった。

「ん、どうした」

 宇喜多が三個目のおにぎりをほおばって、ぼくを見る。

「帽子、忘れた」

 あっ、と今度はコバヤシさんが声を上げた。

「今から、もどるか?」

「いいです、それにあの図書室にはもう入れないでしょ」

 図書室は床が半分崩落した。きっと、そこから校舎は雨風と雪にさらされ、いずれ全体が崩れていくだろう。

 満腹感からぼくは眠たくなってきた。船の揺れは、まるでゆりかごだ。とろとろと眠りに誘われる。

 ——母さん、ぼくのあの帽子は、本たちと一緒にいさせます。

 ひまわりみたいに黄色い帽子が本に埋もれていくのを、夢のなかでぼくは見たような気がした。


 月の舟についた時、もうコンビニは閉店していた。帰りが遅くて心配したのか、先生が外看板の明かりは消さずにいてくれた。

 その明かりを見て、ぼくはなんだかほっとした。

「それじゃあ、ぼくはこれで。お弁当ごちそうさまでした。楽しかったです」

「ほんと、助かったよ。危ない目にあわせてしまって、すまない」

 コバヤシさんは甲板でぼくに頭を下げた。そんなことない。ほんとに楽しかったんだから。

「あのさ風間、なまえ教えて」

 宇喜多がぼくに尋ねてきた。そういえば教えていなかった。

「伊千郎、だよ」

「へー、イチローなんだ。ジローとサブローは?」

 ぼくは、宇喜多のあっけらかんとした問いかけに、ちょっと笑ってしまった。

「いない、ぼくだけだ」

「わかった、じゃあ次は、風間のことイチローって呼ぶ。オレのことは、タマちゃんて呼んでいいからな」

「はいはい」

 ぼくがこたえる前に、船は桟橋から離れて行った。

「ほんとだぞ、約束だぞ」

 星空の下、宇喜多の声が響いた。

 たくさんの本を迎えて重たくなった船が、見えなくなるまでぼくは見送った。

「おかえり」の声がして振り向くと先生がいた。

「ただいまです」

 大冒険の一日が終わった。

 

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