本を迎えにいく日 前編
本を迎えにいく日 前・中・後の三部構成です。
「本を迎えに行きたいんだ」
コバヤシさんがそう言った。ぼくに手伝って欲しいのは、それだった。
「迎えに、ってどこにですか?」
ぼくは何となく、短い手足の生えた本が一列に並んで、船を待っている絵が浮かんだ。
「無人島にある、廃校へ行くんだけど。手伝ってくれないかな」
そんなの、面白いに決まってる!
ぼくは二つ返事でオーケーした。
出掛けたのは、十二月の第一月曜日だった。秋というより、晩秋、というより初冬?
ぼくは動きやすいように、ジャンパーを着た。事前に言われた通り、厚底のエンジニアブーツをはいている。釘とか踏み抜かないように。それから軍手とマスク、飲み物、軽食、タオルをリュックに詰めこんだ。お昼はコバヤシさんが用意するからいいよと言われた。
昨夜、布団の中で何度も寝返りを打った。
まるで、子どもの頃みたいだ。遠足の前の晩。明日が、楽しみで楽しみでしかたない。
無人島、どんなところだろう。
翌朝、八時にコバヤシさんは迎えに来た。いつもの図書館船じゃなく、大きめの船だった。
「おはようございます」
ぼくが声をかけると、コバヤシさんと一緒にぬっと大きな影が揺れた。よく見ると、コバヤシさんの後ろにぼくと同年代くらいの男性が立っていた。
「おはよう、早くてごめんね。日暮れが早いから、どうしても。あ、先生も起きていたんですね、珍しい」
コバヤシさんが話しかけた。先生は目をしょぼしょぼさせながら、おはようとなんとか挨拶した。
たしかに、宵っ張りの朝寝坊な先生が起きているのは珍しい。でも、それには理由がある。有給を取ったぼくのかわりに店番をするからだ。
「あの、その方は?」
ぼくが尋ねると、男性がずいっと前に出てきた。
「おはよー、オレは宇喜多マナト。みんなにはタマちゃんて呼ばれてる。よろしくな、風間」
「あ、はい」
距離の詰め方が変だ、この人。よほどぼくが渋い顔をしていたのか、コバヤシさんが間に入った。
「宇喜多は、なんでも屋なんだ。本の運搬に人手がいるから、頼んだんだ。こう見えて力があるからね」
宇喜多は、細身で長身だ。
「そんなとこ。こう見えて誠実よん」
肩につくくらいの髪をハーフアップにして、両方の耳には十個くらいのピアス。フード付きトレーナーの前ポケットに手を突っ込んだまま、宇喜多は、にっと笑った。
「よろしく」
ぼくはぎくしゃくと、あいさつをして船に乗り込んだ。寝ぼけ眼の先生がぼくを見送る。
「先生、無理しないでね。唐揚げ、作りすぎないでね。大変だったら、木島さんを呼んで」
甲板から声をかけると、先生はうなずいて手を振ってくれた。大丈夫かな。心配だけど、先生に頼むしかないから。船が動き出すと、一気に寒くなる。ぼくは持ってきた毛糸の帽子をかぶった。
外海へ出るあたりに、ぼくは操舵室へ上がっていった。操舵室はあまり広くない。コバヤシさん、宇喜田とぼくの三人でぎゅうぎゅうだ。
「今日の船は甲板が大きいんですね」
「無人島で作業するには、何かと機材が必要だから、役所の運搬船を借りてきたんだ」
ぼくの問いかけに、コバヤシさんは舵をにぎったままで答えてくれた。
「機材って……」
「あのさあ、風間は月のヒトなんだろ?」
ぼくの声にかぶせるように、宇喜多が尋ねてきた。でかい声で。思わず宇喜多がいる右側の耳をふさぐ。
「そ、そうだけど」
「いいなあ、オレ、月に行きたいんだよ。うち、八人家族でいつもうるさくて、一人部屋じゃないし」
八人家族? すごいな。あまり聞いたことない。
「だから、月で一人暮らししたい。なあ、月で旨いものってなに? 女の子は、カワイイ系? キレイ系? 月の彼女、欲しい」
あまりのマシンガントークに、はあ、としかぼくは言えなかった。て、いうか煩悩全開だな、宇喜多。
「そんな、いっぺんに聞くなよ。風間くん、困ってるじゃないか」
たしかに、困る。なんだか月に過大な期待を寄せすぎでは。
「日本コロニーはそんなに広くないよ。家賃は高いし、ぼくは寮に住んでいたけど、ベッドと小さめのテーブルだけでいっぱい」
そうなの? と宇喜多のきらきらした目の星が少し消える。
「食べ物のおいしさは、地球のほうが勝つよ」
これは断言できる。魚の新鮮さや、お米の甘さとか。挙げたらきりがない。
「えー、だって、ハンバーガーとかさ」
「それだって、大きめの島に行けばハンバーガーショップがあるじゃない。原材料の良さは、月は地球に勝てないよ」
実際、今の月では地球産の食材は高級食材として扱われている。
「じゃあ、女の子。女の子たち、キレイなんだろ」
「うーん、それは人それぞれ好みがあるだろうから」
ぼくは、地球の女の人たちのほうが、生き生きとして見えるけどな。
「風間、彼女は?」
「……前はいたよ。今はいない。そういう、きみは?」
なんとなく、見栄を張ったような言い方になってしまった。
「オレ? オレはモテるよ。今も彼女は三人いるし」
ちょっと待て、三人って、それはそれでまずいだろ。
すると、コバヤシさんが笑い出した。
「質疑応答は、それくらいにしとけ。それから宇喜多はいつか刺されるぞ。彼女は一人にしないと」
えー、とまるで心外とばかりに宇喜多が不満げに声を上げた。
「五人のときに刺されたから、三人にしてるんだけどな、オレ」
宇喜多はへらへらと笑っているけど、ぼくとコバヤシさんは、沈黙した。
無人島の名前は、匙取島という事だった。
「今から行く島のほかにも、同じように無人島で廃校っていうのは、何カ所かあるんだ。でも、今日いく学校は、比較的港から近いこと、津波で水をかぶっていないことをクリアしている」
廃校になったのは、三十年前。大地震後から放置された学校だという。
「港から、片道一キロでいけるから、近い。問題は。まあ、追々。行けば分かるし」
コバヤシさんの話では、島へ着くまではあと二十分ほどかかるそうだ。月の舟からだと一時間くらいかな。
「はい、はい! 昼飯のおかずは何ですか」
宇喜多は頬を上気させて手を上げた。
「それは、食べてのお楽しみ。妻が張り切って作っていたから」
「妻、って、コバヤシさん、結婚していたんですか!」
ぼくの素っ頓狂な声に、コバヤシさんは声を立てて笑った。
「月でも地球でも、結婚する人が減っているからな。結婚しているよ。子どもはいないけど、館長とも一緒に暮らしている」
猫の館長、今日は奥さんと留守番らしい。
「あ、はい、すみません」
今は独身の人が増えているから、なんとなくコバヤシさんも独身だと思っていたけど、違うんだ。
「コバヤシさんの奥さん、すごいんだぜ。コバヤシさんくらい、ムキムキ」
え、そうなの。宇喜多は腕を曲げてポージングして見せた。ちょっと、それ侮辱していない。
「いやあ、照れるなあ」
コバヤシさんがにやけた。そこ、照れるポイントなんだ。
「さ、着いたら、荷物の上げ下ろしでちょっと筋肉使って貰うから」
コバヤシさんの声は、なんだかウキウキしていた。
匙取島の島陰が前方に見えてきた。
匙取島へ到着した。港はほとんど形だけ残ってるような感じで、なるべく壊れていない岸壁を探してコバヤシさんは船を停泊させた。
「じゃあ、午前中に運べるだけ、運ぼう。午後はそうだな、二時半くらいまでが限度だ。日暮れが早いから」
「うす」
宇喜多は元気よく返事をする。見た目より、まじめなのかもしれない。でも、まじめな奴が彼女を五人も持つわけがない。
「渡し板、船と岸壁を固定して」
コバヤシさんに言われて、ぼくも慣れないながら動き始めた。
港から学校までは、かつては舗装されていた道を折りたたみ式のリヤカーを接続させた小型耕運機に引っ張られて進んだ。
島にはもう、電気は通っていない。もともと井戸水が頼りの島だったというけれど、地震が原因で水脈が変わって水が湧かない島になってしまったという。だから、結局、その後島に人は戻れなかった。
かつての家の土台だけが残っている場所が道に沿ってある。庭だったあたりに、低木や秋の花が揺れている。たしかに、人が住んでいたんだ。人はいなくなったのに、いた跡は残る。地面に刻まれた記憶だ。
薄い水色の空に鰯雲が行き過ぎる。
コバヤシさんが耕運機を運転して、ぼくと宇喜多はリヤカーにコンテナと一緒に乗る。道は劣化していて、時々穴があいている。信じられないくらい、体が上下左右にゆさぶられる。ほんの一キロくらいと聞いたけど、酔いそうだ。
道は坂道になり、ようやく二階建ての校舎が見えてきた。白っぽい壁面に、屋根がオレンジ色で縁取られている。
「なあ、月の学校もこんな感じ?」
「違うよ。月の学校は大きなビルの中に入っているんだ」
「へーそうなんだ」
狭い土地の活用法だ。大きなビルの中になんでも入っている。学校、病院、役所、警察署とか。
だから、地球に来て初めて小学校を見たとき、とてもかわいいと思った。小さな建物、まるでショートケーキみたいだって。
耕運機は学校の前に止まった。ずっと座っていたから、体が冷えてしまった。
「コバヤシさん、こんな寒い時期じゃなく、暖かい季節に来ればいいんじゃない?」
「たしかにな、そう思うよ。夏のほうがいいよ、日も長いし」
コバヤシさんは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
あ……と宇喜多が腕を組み、顎に手をあててぽつりとつぶやいた。
「風間には、わからないか」
なんだか、ばかにされた?
「暑い季節は廃墟には近づけない。雑草と虫で! ついでに、蛇で!」
コバヤシさんは、叫んだ。
あー! そうか!
壁に貼り付いて枯れた蔦が風に揺れている。これが真夏だったら? ぼくにも容易に想像できた。
「じゃ、足元に気をつけて行くか」
校舎入り口のガラスは割れている。二階の窓から、白いカーテンがはみ出て揺れていた。




