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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第91話:アルゴリズムを制する者は外交を制する

 リビングに置かれた黒檀のチェス盤。アルゴが放った最後の一手が、グスタフのキングを完璧に詰めていた。その光景を眺めながら俺が放った「最後のピース」という言葉に、グスタフが怪訝そうな顔で問いかけてきた。


「……ゼクトさん。このチェスというゲームを今度の晩餐会でお披露目し、流行させる意図はわかりました。ですが、なぜアルゴが『最後のピース』なのですか?失礼ながら、彼を人前に……それも他領の貴族たちの前に出すのは、今のフェルゼンにとってはリスクが大きすぎるのでは?」


「リスク?ああ、差別感情のことか。……グスタフ、君に一つ聞いておくけどさ。今回の外交、俺たちの最も大事な目的は何だと思う?」


 俺はリクライニングを少し倒し、天井を仰ぎながら問いかけた。グスタフは少し考え、生真面目な顔で答える。


「……周辺領地との経済的な依存関係の構築、そしてフェルゼンの安全保障の確立……でしょうか」


「ある意味正解。だが、その根底にある最大の問題を解決しなきゃ、システムはいつか不整合を起こす。……答えは、フェルゼンの『種族平等居住法』を周辺領地に認めさせることだ」


 グスタフが息を呑むのがわかった。


「……彼らに、魔族やエルフとの共生を認めさせると?それは……今の彼らにとっては、それこそ国の根幹を揺るがすような過激な要求です。真っ向から提案しても、一蹴されるのがオチでしょう」


「だから『真っ向から』なんて非効率なことはしない。まずは、アルゴさんは隠しておく。初回のパーティーでは、この『チェス』という文化だけを発信して、あいつらの脳を焼くんだ」


 俺は二人が対戦している間に、翻訳プリンタで作っておいたチェスの戦術書をグスタフに渡した。


「グスタフ。その戦術書、あとでしっかり研究しておいて。君は『チェスの開祖』として、晩餐会では絶対に負けないようにするんだ」


「……私が、ですか?確かに、私が圧倒的な知性を見せつければ、フェルゼンの評価は上がるでしょうが……」


「それだけじゃない。当日、フェルゼン産の最高級チェスセットを、帰りのお土産に全員に持たせる。その時に、『これを見本にして、そちらの領内で勝手に販売して儲けてもいいですよ』という販売権もセットにしてね」


 グスタフが驚愕に目を見開いた。


「こちらから販売権を渡すのですか!?この素晴らしい工芸品とゲームを、独占せずに?」


「どっちみち、ただの板と駒だ。品質はともかく、セット自体の構造は誰でも真似できる。そんなはした金は連中にくれてやればいい。……いいかい。そう言われた貴族たちはどう動くと思う?」


「……領内で流行させ、独占的な利益を得ようとするでしょうね。それと……」


「そう。フェルゼン(グスタフ)に負けた悔しさを晴らすために、次回の対局で勝てるように練習してくるはずだ。……そこだよ。そこが、今回の計略の狙い目だ」


 俺は、無表情で控えているアルゴに視線を送った。


「連中がチェスにのめり込み、それが『知的な貴族の嗜み』として文化的に認められた頃……つまり、次回の晩餐会で、初めてアルゴさんの出番だ。文化的に公認された競技で、『魔族』が絶対王者として君臨し、名だたる貴族たちを赤子のように捻り潰す。……そこで初めて、魔族の優秀性をあいつらの脳に直接インストールしてやるのさ」


 グスタフは戦慄したような顔で、アルゴと盤面を交互に見ていた。


「……ですが、ゼクトさん。魔族そのものが、全員アルゴほど優秀なわけではありません。彼は例外中の例外……いわゆる特殊個体です。それを魔族の全てとして見せるのは……」


「そんなことは関係ないよ。魔族の生態をろくに知らない連中は、目の前の『絶対的な強者』を見て、勝手に勘違いしてくれるさ。『魔族とは、これほどまでに高度な知性を持つ種族なのか』とな。……一度そう刷り込まれれば、彼らにとっての『魔族』は、排除すべき怪物から、敬意を払うべき知性体へとアップデートされる」


「ナォ(……あんたのやってることって詐欺師のそれなのよね)」


「……アルゴさん。あんたには、この世界の『知の頂点』として、彼らのプライドを粉々に粉砕してもらう。いいかい、これはただのゲームじゃない。あんたたち魔族の、この世界における『アクセス権』を勝ち取るための戦いだ」


 アルゴは眼鏡を押し上げ、静かに、だが確固たる意志を込めて頷いた。


「……承知いたしました、ゼクト様。私という存在を、世界を書き換えるための『定数』としてお使いください。……徹底的に、完膚なきまでに、彼らの誇りを論理の海に沈めてみせましょう」


 グスタフは、手元の戦術書を握りしめ、覚悟を決めたように笑った。


「……わかりました。まずは私が『無敵のホスト』を演じ、彼らを泥沼に引き込みましょう。……ゼクトさん、この外交、もはや晩餐会の形をした侵略ですね」


「失礼な。ただの、システムの多様性を確保するための、平和的なアップデートだよ」


 俺はリクライニングをさらに深く倒し、窓の外で輝くフェルゼンの灯りを見つめた。

 晩餐会で蒔かれる「チェス」という名の種が、どう周辺領地をハックしていくのか。……そのログを眺めるのが、今から少しだけ楽しみになっていた。

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