表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/144

第85話:ハイブリッドのオペレーター

 翌朝、俺はようやく怠惰の玉座にログインして、たまのブラッシングというデイリークエストをこなしていた。


「ゼクト様! お申し付けの不審者、ただいま捕縛して参りました!」


 バルトスが、いつにも増して誇らしげな、鋼鉄の意志を感じさせる声でリビングに足を踏み入れてきた。その後ろには、ヴォルグとグスタフ、そして――後ろ手に縄でぐるぐる巻きにされた、あの魔族の男がいた。


「…………」


 俺は手に持っていたブラシを止めた。

 ……確かに、昨夜俺は「捕獲して」と言った。だが、その前に「穏やかに」という形容詞を付け加えたはずだ。目の前の光景は、どう見ても「凶悪犯の現行犯逮捕」のそれである。


「……バルトスさん。あー、縄はいらないから。ほどいてあげて」


 俺が溜め息混じりに告げると、バルトスは驚いたように目を見開いた。


「しかしゼクト様! この者は魔族であり、なおかつカジノで不正を働いていた疑いのある危険人物……」


(『穏やかに』って言ったのに……。『捕獲』っていう命令系統のキーワードに引っ張られすぎだよ。あんたの脳内辞書に『任意同行』って言葉はないのか)


「いいから。……ヴォルグ、グスタフ。お疲れ」


 ヴォルグが肩をすくめて、ナイフで鮮やかに縄を切る。自由になった男は、手首をさすりながら、静かに俺を見上げた。映像で見るよりも、その瞳は深く、理性的だった。


「……驚きました。フェルゼンの主が、これほどまでにお若い方だとは。それに、この妙な装束……失礼、少し混乱しております」


 男は居ずまいを正し、深く頭を下げた。


「私はアルゴと申します。……捕縛された理由には心当たりがありますが、私に弁明の機会をいただけるのでしょうか」


 その話し方は、驚くほど丁寧で、理路整然としていた。


「座って、アルゴさん。……聞きたいのはカジノのことだ。細かい仕組みは省くけどさ、あんた、こうやって数字を積み上げてたんだろ?

二から六が出たらプラス一、十以上が出たらマイナス一。そんな感じで勝負どころを探ってたんだろう?」


 俺がさらりと種明かしをすると、アルゴの眉が僅かに動いた。


「……驚きました。私の思考のプロセスを、これほど正確に言い当てられるとは。ですが……」


 アルゴは少しだけ申し訳なさそうに、眼鏡を直す仕草をした。


「私が用いていたのは、もう少し複雑なものです。……二、七はプラス〇・五。三、四、六はプラス一。五はプラス一・五。そして十以上はマイナス一。エースはマイナス〇・七。……常に合計値を〇に収束させ、山の偏りをより精密に算出する……最初は貴方のおっしゃるような方法でしたが、何度かカジノに赴くうちに、自然とそういうやり方に変わっていきました」


「………………は?」


 俺の思考が、一瞬フリーズした。


(ウォン・ハルヴ……だと?カウンティングの中でも最高難易度と言われる、人間が実戦で使うには限界があるって言われてる計算式だぞ。それを、この魔法なんていうチートがある世界で、自力で……一人で編み出したっていうのか……?)


 俺の脳内で、天才たちの名前が駆け巡る。数学の悪魔ジョン・フォン・ノイマンか?それともカードカウンティングの父エドワード・ソープか?いや、目の前にいるのは「異世界のアルゴリズムの化け物」だ。


(こいつ……本物の超天才じゃねーか! CPUのクロック数が桁違いだぞ。冷却ファンが回ってないのが不思議なレベルだ)


「ミャオン(……あんた、また変な顔して。口が開いてるわよ)」


 たまの鳴き声で、俺はようやく再起動した。


「……アルゴさん。あんた、それだけの頭脳があれば、魔族領に戻っても高官にでもなれるだろう。なんでろくな仕事もないのに、差別だらけのフェルゼンに残ってるんだ?」


 俺の問いに、アルゴは自嘲気味に、だが穏やかに微笑んだ。


「……魔族領でも、フェルゼンでも、私にとっては同じことなのです」


「同じ?」


「私は、魔族と人間の間に生まれたハーフ……いわゆる混血なのです。魔族領に行けば『人間の血が混じった不浄な者』として扱われ、人間領では『不気味な魔族』として忌み嫌われる。……どこへ行っても、私はシステムの外側……いえ、居場所のない異分子なのです」


 アルゴの言葉に、隣で聞いていたグスタフが痛ましげに表情を歪め、ヴォルグは苦い煙草を吸うような顔をした。


「能力があっても、ガワのデザインが気に入られないだけで、ログインすら拒否されるってわけか……」


 俺はコーラを一口飲み、ゲップを噛み殺した。


「アルゴさん。俺は効率が悪いことが大嫌いなんだ。あんたみたいな高性能なリソースが、カジノの片隅でくすぶってるなんて、この街にとって致命的なバグだよ」


「リ……リソース?ですか?」


「そう。差別なんていう低レベルなエラーに構ってる暇はない。……アルゴさん、あんた、仕事がほしくないかい?カジノの必勝法を考え出す側から、この街の経済システムを加速させる側に……つまり領主様に仕えてみないか?」


 アルゴが、初めて目を見開いて俺を見た。その瞳に、計算では導き出せない「驚愕」というノイズが走る。


 俺は、怠惰の玉座から不敵に笑ってやった。


「なに、やることは簡単だ。俺が寝てる間に、この街をより効率的にアップデートしてくれればいい。……とりあえず、そのボロボロの服を脱いで、まともな服に着替えよう。予算なら領主様が出してくれるからさ」


「承知しました、ゼクトさん!」


 グスタフが、まるで自分のことのように嬉しそうに声を上げた。


 こうして、フェルゼンというOSに、最強の「演算子」が組み込まれた。

 俺の引きこもりライフは、これでまた一歩、完成に近づいたはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ