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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第84話:オーバークロックの隣人

 俺は怠惰の玉座から、モニターの中でカードを黙々と見つめる有色の男――魔族の男の姿を眺めていた。ヴォルグが持ち帰ったこの高精細な映像データは、男が「ただ運がいい」のではなく、異常な演算能力で勝機をハックしていることを雄弁に物語っていた。


「……で、グスタフ。こいつら『魔族』ってのは、結局どういう連中なんだ?」


 俺の問いに、ソファで姿勢を正していたグスタフが、少しだけ表情を曇らせた。


「魔族。……ダルグレア領を中心に住まう彼らは、三年前の『灰色の冬』が起きるまでは、我々の交易相手でした。彼らは手先が器用で、独自の魔導技術を持つことから、魔力の操作に秀でていると言われています」


 俺は脳内で、これまで得たこの世界の種族情報をディレクトリごとに整理し、一つのフォルダに統合していく。


(エルフは、バッテリー容量……つまり魔力の保有量が多いモデル。対して魔族は、魔力量は多くはないがその魔力の操作に長けているモデル。それだけの違いか……)


 だが、俺のそんなシステム的な分析を遮るように、グスタフは重いため息をつき、さらに言葉を続けた。


「……ですが、ゼクトさん。彼らへの拒絶は、なにも三年前の侵攻から始まったわけではありません。それより遥か昔……交易が盛んだった頃から、人間と魔族の間には深い溝がありました。彼ら人間とは異なる肌の色や、はるか森の向こうで生活をしている。それらは、人間にとって常に『薄気味悪い恐怖』の対象だったのです。表向きは笑顔で握手を交わしながらも、裏では『得体の知れない化け物』と忌み嫌い、小競り合いや不当な扱いが絶えませんでした。『灰色の冬』は、その長年燻っていた火種が最悪の形で爆発したのかも知れません。今や民衆の心にあるのは、蓄積された恐怖と、裏切られたという確固たる拒絶感情なのです」


「……なるほどな」


 俺はコーラを一口啜り、モニターに映る魔族の男の鋭い眼光を見つめた。

 三年前の戦争という明確なエラーが発生するよりも遥か昔から、システムには見えないバグが蓄積されていたというわけだ。


「グスタフ。それは『差別』という、最も非合理で理不尽な感情だよ」


「……え?」


 俺の言葉に、グスタフは虚を突かれたように目を見開いた。


「三年前の戦争を免罪符にしているが、本質はそこじゃない。ただ『自分たちと少し違うから』という理由で、相手をシステムから排除しようとしているだけだ。劇的な能力差があるわけでもない。寿命だって、エルフも魔族も人間と同じ、せいぜいが百年程度だろ?

感情というノイズに振り回されて、本質を見失っている。これ以上の不条理はないぞ。なぁグスタフ、一つ確信が持てるんだけどさ」


「……何でしょうか、ゼクトさん」


「エルフも、魔族も、人間も。……結局、全部同じ『人間』なんじゃないか?」


 俺がさらりと告げると、グスタフは驚きを隠せない様子で身を乗り出した。


「な……!?

何を仰るのですか、ゼクトさん。彼らは肌の色も、魔力の使い方も我々とは根本から違う。我々人間と魔族とでは、抱えている感情も、積み上げてきた禍根も……。歴史を紐解いても、我々と彼らは相容れぬ『別種』として、何百年も血を流し合って――」


「同じだよ!!」


 俺は、自分でも驚くほど強い声で、グスタフの言葉を遮った。

 玉座に預けていた背中を剥がし、身を乗り出してグスタフを射抜くように見つめる。リビングの空気が、俺の放った熱量で一瞬にして張り詰めた。


「エルフは魔力が少し多いだけ。魔族は少し器用なだけ。寿命というハードウェアの耐用年数が同じなら、中身のOSは同じモデルだ。たまたま設定が少し違って、ガワの色が違うだけの同種だろうが。それをいちいち『別種だ』『敵だ』と分類して別々のデータベースに放り込むなんて、管理上、これ以上の非効率はないぞ。いいかい、差別をするってことは『非効率』なんだよ。個人の能力以外の部分に判断基準を置くことで、正しい判断ができなくなる。それは、システムのパフォーマンスを低下させるバグだ。それに……『こいつは魔族だからどう扱うべきか』といちいち判断すること自体が、脳にとって余分なリソースなんだよ」


 俺は、かつていた世界で聞いた話を思い出した。


「俺の知っている男は、全く同じ服装を何セットも持っていて、毎日同じ服を着て過ごす。その男が言うには、『その日の服装を決める』という些末な判断にリソースを割くこと自体が『無駄』だそうだ。彼はその浮いたリソースを、世界を変えるための重要な決断に全振りした。……わかるかい?」


 グスタフが呆然と言葉を咀嚼している。その隣で、ヴォルグが前髪をかき上げ、面白そうに目を細めていた。


「……ほう。だからあんたは、いつもその同じ『灰色の法衣』を着てるってわけか。決断のリソースを節約するために」


「うん、まぁそれはいい」


 俺は生返事で誤魔化した。

(いや、だから……これはただのグレーのスウェット上下!上下3000円のバーゲン品!2回目だよ。このツッコミ……。あと、俺はものぐさなだけだし、この家はリセット機能があるから洗濯もいらないの)


 俺は気を取り直して、モニターを指差した。


「どちらにしろこの魔族の男の能力は、フェルゼンを加速させるための貴重な『資産』だ。それを『見た目が違うから』という理由で外すなんて、ただのシステム障害だよ。……グスタフ。フェルゼンから差別という名の『不必要な演算』を削除しよう。判断をシンプルにすれば、この街の発展速度は今よりも上がる」


「……『決断のコスト』……。差別を、リソースの浪費と断じるのですか……。ゼクトさん、あなたはどこまでも冷徹に……」


「冷徹、か。そう見えるならそれでいいよ」


 俺は一度視線を落とし、空になったグラスの中で小さくなった氷を見つめた。それから、玉座に深く背を預け、誰に聞かせるでもない低い声で、苦い毒を吐き出すようにポツリと付け加えた。


「それにもし、万が一、絶対にそんなことは無いんだが、『差別』をするほうが効率的だ、なんていうクソみたいなバグだらけの世界があるとしても………………俺は、嫌いだ」


 リビングに、深海のような沈黙が降りた。俺はそのままうつむいてソファに座り、黙り込んだ。自分の中にあった感情の澱を吐き出した後の重い静寂が、部屋を包み込む。


 しばらくして、その沈黙を破ったのはヴォルグだった。


「……俺は、ゼクトの旦那の考え方には賛成だな」


 ヴォルグは前髪をかき上げ、どこか遠い目をして、笑った。その表情には、普段の皮肉げな様子ではなく、一人の男としての実感がこもっていた。


「俺も生まれは旧市街のスラムのようなところだったからな。魔族じゃなくても、生まれのせいでまともな職に就くことすらできねぇ。宿を借りるのも一苦労だったよ」


 ヴォルグは、自分の手のひらを眺めて続けた。


「今じゃ、旦那に拾われて、こうして領主様とまともに面を突き合わせて仕事をしてる。正直……楽しいね。魔族も人間もねぇ、使えるリソースとして扱うっていう旦那の冷徹さが、結果的に俺みたいなドブネズミを救い上げたんだ。だから、俺はその魔族の男も、フェルゼンの一部として組み込む方に一票入れるぜ」


 グスタフがヴォルグを見て、それから俺を見て、深く、深く頷いた。


「……承知いたしました。ゼクトさん、ヴォルグ。魔族も人間も、フェルゼンの『住民』として等しく扱い、彼らの能力を活かせる場を用意します」


「……あー、疲れた。二人とも、もう帰って。俺は寝る」


 俺は俯いたまま、小さく頷き、強引に話を打ち切った。  


「あ、それとグスタフ。その魔族の男……穏やかに『捕獲』して連れてきて。聞きたいことがある」


「……はいっ!! 承知しました、ゼクトさん! フェルゼンから、不必要な制約をすべて消去します!」


 グスタフは力強い声で応えると、ヴォルグと共にリビングを後にした。


 扉が閉まり、静寂が戻る。俺はモニターの電源を落とし、玉座に深く体を埋めた。 外では、新しい法が街を駆け抜けようとしてる。

 魔族も、人間も、エルフも。ただの『同じ住民』として。

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