第83話:有色の天才
俺は、手元のスマホに映し出されるサムネイルを操作し、ヴォルグが持ち帰った記録を再生した。
「……一週間分、丸ごと撮ってきたぜ」
ヴォルグが、ソファの背もたれに寄りかかりながら不敵に口角を上げる。不健康そうな色気を漂わせ、どこか飄々としたその佇まいは、裏社会を渡り歩いてきた男特有の毒があった。
「ミャオン(……あんた、またそうやって人をアゴで使って。この薄汚い色気男も、すっかりあんたの手先扱いね)」
膝の上のたまを撫でながら、俺は映像をスロー再生する。
画面に映し出されたのは、カジノの一角。ブラックジャックのテーブルに座る一人の男だった。
(……え?)
俺は、思わず指を止めた。
画面の中の男。その肌の色に、俺の目が釘付けになった。
少し浅黒いとも、あるいは黄みがかった色とも言える、独特の有色の肌。この世界に来てから、透き通るような白肌のエルフや、貴族的な白人系の人間ばかり見てきた俺にとって、久しぶりに目にする色彩だった。
(この世界にも、いたのか……。前いた世界では当たり前だったはずのグラデーション。懐かしい、なんて思っちまうのは、俺がこの世界に馴染みきれていない証拠か。いや馴染んできた証拠なのか)
どこかエキゾチックな雰囲気を持つその容姿。だが、男の目は鋭く、配られるカードの一枚一枚を、脳裏に刻み込んでいた。
「……で、あいつは何をやってるんだい? 魔法の気配はない。袖の中に隠し持ってる様子もない。なのに、妙に勝負どころを決めて厚く張ってきやがる」
ヴォルグが面白そうに目を細めて問いかけてくる。
俺は、映像を止めて椅子に深く背を預けた。
「ああ。それは予想通りだよ。……ただの『カウンティング』だね」
(カジノで数学的に勝てる可能性がある方法は、これくらいだからな。とはいえ、こんなに早くカウンティングを考え出すやつが出てくるとは思わなかったな)
「カウンティング……? そいつは、数を数えてるだけだってのかい?」
「そうだよ、ヴォルグ。やり方は色々あるけど、場に出たカードを点数化して、合計値を計算しているだけさ。シンプルな方法は……二から六までの低いカードが場に出たらプラス一。逆に十からエースまでの強いカードが出たらマイナス一。これを累積していくんだ」
「……待ちな。強いカードが出たのに、マイナスなのかい?」
「そう。強いカードが場に出たということは、山の中に残っている強いカードが減ったということだからね。逆に、累積した値がプラスに振れるほど、山の中には十や絵札といったカードが濃縮されていることになる」
俺は、画面の中のディーラーがカードを引く様子を指差した。
「ブラックジャックのディーラーには、自分の手が十六以下なら、強制的に次のカードを引かなきゃいけない……っていう、絶対に逆らえないルールがある。山に強いカードが多い状態だと、ディーラーが二十一を超えて自滅……バーストする確率が跳ね上がるんだよ。彼はその瞬間を見計らって、少しずつ賭け金を上げているんだ」
ヴォルグが面白くなさそうに鼻を鳴らす。魔法が万能なこの世界において、純粋な「計算」だけでシステムの不備を突こうとするその男の存在は、地味で、それでいて異質に見えるのだろう。
「対策ならいくらでもあるよ。デッキの数を増やして、途中で頻繁にシャッフルを入れる。あとは賭け金の上下幅に制限を設けてやればいいだけさ。……そんなことよりも、グスタフ。あの男は何者なの? フェルゼンに、あんな肌の色の人間なんていたっけ」
何も言わずに聞いていたグスタフが、申し訳なさそうに話し始めた。
「……ゼクトさん。彼は、人間ではありません。……あれは『特定魔族』と呼ばれる者の一人です」
「魔族……?」
俺の脳内のデータベースが、新しい単語に反応する。
「はい。実は三年前の『灰色の冬』と呼ばれる大侵攻が起こるまで、ここフェルゼンは魔族との交易が最も盛んな領地でした。領内では多くの魔族が活動していました。……ですが、あの冬、何の前触れもなく魔族の軍勢が侵攻してきました。理由は今も不明のままです」
グスタフの声には、若い領主としての苦渋が混じっていた。
「混乱の中、撤退し損ねた者たちが、戦後に取り残されています。……それが、今『特定魔族』として領内での居住を許可されている者たちです。……ですが、当然、偏見は根強く、彼らはまともな職業に就くことができません。……おそらく、彼はその知能を、生きるための糧を得る手段としてカジノに使っているのでしょう」
「……グスタフ。魔族のことを教えてくれるかな? あの男に興味が湧いた」




