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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第80話:帰ってきた映り込みの魔道士

「……その時にですね。バルトス様が、わたくしの父――あの頑固なデュランに向かって言い放ったのですわ!『誇りだけで森を救えると思うな。真の誇りとは、泥を這ってでも結果を出すことだ』と……!ああ、あの瞬間のバルトス様の背中といったら、まるで伝説の英雄が降臨したかのようでしたわ!」


 リビングの空気が、エリシュアの放つ熱気で物理的に数度上がっている気がする。

 ソファの端で身を乗り出し、身振り手振りを交えて熱弁を奮う彼女は、もはや魔道士というよりは吟遊詩人の類だ。


(……現場の熱量が凄まじいな。バルトスさんも、かつての同期に現実を突きつけるのに、よっぽど気合が入ってたんだろう。……というか、そのセリフ、絶対どこかの物語の受け売りだろ)


 俺は、彼女が持ってきた大量のデータを端末に同期させながら、適当な相槌を打つ。エリシュアの報告は、事実が三割、彼女の主観による美化が七割といったところか。ノイズが多すぎて、正確な進捗状況を読み解くのが一苦労だ。


「それで、父は膝をつき、己の不明を恥じたのです。……そして、わたくしにこう言いました。『お前の選んだ主は、確かに理を握っているようだ』と!どうですゼクト様、わたくしも鼻が高かったですわ!」


「……そう。よかったね。で、肝心のアリのネットワークは、その後どうなったの?」


「ですから!そこからが本番ですわ。わたくしたちが敷いた紐を、エルフの若者たちが一丸となって守り、今やエルンの森は世界で最も秩序ある森になっていますのよ!」


 俺は同期が終わった画像データを、大型モニターに映し出した。

 撮影者は、今回カメラを預けていたバルトスだ。


 画面に映し出されたのは、見事な結果の数々だった。

 巨樹の枝から枝へと、一本の緩みもなく張り巡らされた麻紐。そこを、かつては「不浄」と忌み嫌われていた赤茶色のアリたちが、規律正しく、かつ高速で往来している。

 別の写真では、エルフたちがその紐の下に集まり、熱心に祈りを捧げていた。


(……インフラの普及率が想定を超えて、もはや一つの生態系として完成されつつあるな。バグの温床だった森が、これほどクリーンな実行環境になるとは。……ま、バルトスさんの『証拠写真』も完璧だ)


 どの写真も、構図がしっかりとしていて、何よりどの写真にも「ポーズを決めたエリシュアが映り込んでいる」という事実が事案の解決を力強く語っている。俺はモニターを見つめながら、心の底でようやく一息ついた。


「ま、安心したよ。……ところで、一つ聞きたいんだけどさ」


 俺はモニターの画像を切り替え、エルフたちがアリを「フォレスト・ガード」として崇め奉っている一枚を表示させた。


「エルフって、結局どういう集団なの? ……いや、親父さんたちの反応を見てて改めて思ったんだよ。……なんていうか、脆いよな。誇りだの精霊だのにこだわって、外部の揺さぶりに弱すぎだろ」


 エリシュアは、ふっと熱を覚ますようにソファに座り直した。


「……そうですわね。世間のイメージでは、わたくしたちは精霊と語らい、森を守る神秘の種族……なんて思われている節がありますけれど。実際は、耳が少し長くて、森の空気が好きなだけの集団ですわ」


「寿命も、俺たちと大差ないんだよな?」


「ええ。せいぜい百年。この国の人間と変わりませんわよ。成長が少し遅くて、成人するのが遅いだけ。……だからこそ、わたくしたちは『不変』に執着するのかもしれませんわね」


 エリシュアは、窓の外に広がるフェルゼンの街並みに視線を向けた。


「人間は、自分たちが短い生しか持たないと知っているから、街を作り、法を書き、次へと繋ぐ。でも、エルフは正反対に森が変わらないことを望んでしまう。……父も、あの長老たちも、森を救うことより『森を変えないこと』に命を懸けていた。それが誇りだと信じ込んで。……だから、あんなに簡単に、見えない敵に侵食されてしまったのですわ」


(……レガシーシステムを保守することに必死で、最新の脅威に対するアップデートを拒否し続けていたわけか。どこの世界も、管理者層の意識改革が一番の難所だな)


「でも、今回は変わりましたわ。ゼクト様が持ち込んだ、あの紐の道。あれは単なる虫の対策ではなく、わたくしたちエルフの凝り固まった常識を変えた……」


「……俺はただ、一番コストの低い解決策を提示しただけだよ」


「……ゼクト様、里からは感謝の印として、最高級のエルン・ポッドが山のように届く予定ですわ。それと、父が『ゼクト様を里に招いて、最上級のもてなしをせねばならん』とも」


「……丁重に、かつ全力で断っておいて。俺、いま致命的な多忙期間オフシーズンに入ったから」


(……勘弁してくれ。次は『アリを管理するための戸籍システムを作れ』とか言われかねない。稼働後の保守は現場で勝手にやってくれ)


「ナォン(……あんた、また逃げ腰ね。でも、あの耳の長い娘に少しは感謝されてるみたいだし、今回は及第点じゃない?)」


 膝の上で、たまが満足そうに目を細めて丸くなった。

 俺は再びスマホに視線を落とし、貯まったポイントのカタログをスクロールし始める。


「……さぁ、エリシュア。報告が終わったなら、グスタフのところへ行って手伝って。あいつ、他種族からの陳情の山に埋もれて、サーバーダウン寸前の顔してたから」


「あら、そうですの? 仕方ありませんわね、わたくしが『森を救いし導師』として、少し知恵を貸してあげますわ!」


 意気揚々と立ち上がり、エリシュアは風のようにリビングを出ていった。

 ようやく訪れた、完璧な静寂。

 俺はモニターに映る、バルトスが撮った秩序を取り戻した森と映り込んだエリシュアの写真を最後にもう一度眺め、軽く鼻を鳴らした。


 ――さて。

 世界が少しだけ最適化されたところで、俺は俺の、至高のデバッグ(昼寝)に戻るとしようか。

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