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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第79話:仕様外の神格化、および法外な報酬

 ディスプレイの右下、デジタル時計の数字が音もなく切り替わる。

 ファンの微かな風が、モニターの裏側に溜まった熱をゆっくりと押し流していく。俺は画面に並ぶ進捗バーの残像を眺めながら、大きく背伸びをした。


(……レスポンスが遅すぎる。情報の同期に何日かかってんだ。この世界の通信プロトコルは、ハトの足にでも結びつけてんのか?)


 一度コードを書き換えたら、あとはビルドが終わるのを待つだけ。だが、その数日間がこれほどまでにもどかしいとは。手元の端末には、期待している報酬の確定通知がまだ届かない。


 膝の上で、黒い毛塊が「ふん」と鼻を鳴らした。


「ミャオン(……あんた、さっきから板っ切れを凝視して、獲物を待つヘビみたいな顔してるわよ。そんなにポイントが欲しいのかしら)」


「……たま。お前もそう思うか。俺の鮮やかな手腕に、言葉も出ないって顔だな。まぁな、頑固なエルフたちを『紐』で手玉に取ってやるんだ。もっと感心していいぞ」


 たまの鳴き声を、俺への惜しみない賛辞と受け取り、その顎の下を撫でてやる。この静かな部屋で、唯一俺の偉業をわかっているのはこの猫だけだ。


 樹々を紐で繋ぎ、移動ルートを最短化する。それだけで解決するはずの単純なパッチだ。だが、現場から確実な返答がない限り、俺の働きは確定しない。


 その時、静寂を切り裂くように玄関の呼び出し音が鳴り響いた。

 モニターを確認するまでもない。この、設定を間違えたアラームのような勢いでボタンを連打するのは、あの男しかいない。


「ゼクトさん!やりました、やりましたよ!」


 部屋に転がり込んできたグスタフは、領主としての面影をどこかに落としてきたような、ひどく浮かれた顔をしていた。


「バルトスからの報告です!紐を張った途端、アリたちが一斉に……ええ、まさに怒涛の勢いで害虫を駆除し始めました!エルフたちは腰を抜かして驚き、今や里全体が感謝の合唱に包まれています!」


 俺は、差し出された泥だらけの報告書を指先でつまみ上げた。エリシュアが書いたのだろうが、文字が躍りすぎていてほとんど解読不能だ。


「……落ち着けよ、グスタフ。物理的な経路を整備して、防衛ユニットの稼働率を上げただけだろ。ただの環境改善だ」


「それが奇跡に見えるのですよ!何しろ、あのプライドの高いエルフたちが、今ではアリの行列に向かって膝をつき、『フォレスト・ガード様!』と祈りを捧げているのですから!アリの通り道に金の装飾を施そうとする者まで現れて、バルトスが止めるのに必死だそうです」


(……は? 金の装飾? アリの道に?)


 俺は思わず、マグカップをテーブルに置いた。

 ユーザーの挙動は、いつだって開発者の想定を超えてくる。バグを直したと思ったら、今度はインターフェースが変な方向に進化しやがった。


「……グスタフ。そのままだと、そのうちアリを教祖にした新興宗教でも立ち上がるぞ。アリはただの仕事人だ。余計なデコレーションをすると、かえって効率が落ちるって伝えてくれ。信仰で腹は膨らまないんだ」


「ええ、ええ!ですが、それほどまでに里は救われたのです。ゼクトさん、あなたはまさに、森の救世主ですよ!」


 グスタフが熱っぽく語る横で、俺の端末が小刻みに震えた。


【Lポイント:+200,000,000L】


(キタキタキタ……!ようやく入金確認。高額異世界商品の新着もある!)


 画面に並ぶゼロの列を見て、俺の頬は勝手に弛んだ。救世主だの精霊だの、そんな不確かな評価はどうでもいい。この数字こそが、俺の労働に対する唯一の、そして最高の正解だ。


「ナォン(……出たわね。その、卑しい金貨を数える守銭奴みたいな笑い方。本当に品がないわね、この飼い主)」


「お、たま。俺たちの生活がまた一気にアップグレードされるぞ」


「ナォン(あんたが、意味のわからないモノ買うだけでしょ……)」


 俺はホクホク顔で、カタログの購入ボタンに指をかけた。


「ゼクトさん?聞いていますか?ドワーフの部族からも、ぜひアリの導入について相談したいと、すごい量の魔石が届いているのですが……」


「うん?強いアリを誘導して、紐をつなぐだけだよ。あとは全部グスタフが適当に捌いといて。俺、今から忙しいから。……そう、人生で最も重要な『本稼働後の休息』に入らなきゃいけないんだよね」


 俺は椅子の背もたれを倒し、満面の笑みで目を閉じた。

 外の世界でアリが神になろうが、エルフが紐を拝もうが知ったことか。

 俺の構築した秩序が、俺に最高の睡眠をもたらす。これ以上の合理的な結果が、他にあるだろうか。

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