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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第78話:古き友への宣戦布告

 エルフの里エルン、中央広場。

 かつての美しさを失い、腐敗の臭いと絶望が淀む沈黙の空間に、一人の男の峻烈な声が響き渡った。


「……認められん。断じて認められんぞ、エリシュア!」


 白銀の髪を後ろに束ね、エルフ特有の鋭い耳と、戦士としての鍛え上げられた肉体を持つ男。エリシュアの父であり、里の長である守護官を務めるデュランだ。

 彼の足元には、エリシュアが広げた「アリの調査資料」と「アンツ・ハイウェイ」の設計図が、冷たく打ち捨てられていた。


「アリなどという卑俗な虫を、精霊の樹に這わせるだと? それが、お前が人間の街で学んできた『知恵』か! 誇り高きエルフの森を、薄汚い土着の迷信で汚すつもりか!」


「お父様! これは迷信ではありませんわ! ゼクト様が導き出した、確かな解決策ですの!」


「黙れ! その『ゼクト』とやらが何者かは知らんが、森を救うのは精霊の祈りと、我らエルフの誇りだけだ。泥にまみれて虫を数えるのが、お前の魔法か! 恥を知れ!」


 デュランの言葉は、周囲で絶望に沈んでいたエルフの長老たちの心にも、冷たい拒絶として伝播していく。エリシュアは唇を噛み締め、悔しさに肩を震わせた。彼女がこの数日間、どんな思いで泥を這い、虫を観察してきたか。それを、一言の「不浄」で切り捨てられることの理不尽。


 その時。


 ――カシャ、カシャ。


 規則正しく、そして重厚な足音が、石畳を叩いた。

 エリシュアの背後から、一人の男が前に出る。


「……相変わらずだな、デュラン。……二十年経っても、お前のその『高潔さ』という名の盲目は、少しも治っていないらしい」


 デュランの眉が、ピクリと動いた。彼は、目の前に立つフェルゼンの騎士団長を、氷のような視線で射抜いた。


「……バルトスか。フェルゼンの猟犬が、何の用だ。ここは貴様の来る場所ではない」


「聖域だと? 笑わせるな」


 バルトスは、デュランの鼻先まで歩み寄った。


「お前の言う『聖域』とは、果実が腐り、樹々が悲鳴を上げ、民が飢えに震える場所のことか? 誇りを守るために、森が死ぬのをただ見届ける。それが、お前の学んだ『守護』の定義か!」


「貴様に、我が森の何が分かる! 祈りが届かぬのは、我らの信仰が足りぬからだ……」


「信仰でバグが直るなら、俺も一緒に祈ってやるよ!」


 バルトスの咆哮が、広場を震わせた。その言葉は、ゼクトがかつて吐き捨てた、乾いた合理主義の言葉だった。


「デュラン! お前がその『誇り』という名の古い殻に閉じこもっている間に、お前の娘は、泥を這い、虫に刺され、己の魔法を否定される屈辱に耐えながら、真実を拾い集めてきたのだ! 目を開けろ、この臆病者め!」


 バルトスは、懐から取り出したプラスチックコップ――泥に汚れ、中にはアリと芋虫が蠢いているそれ――を、デュランの目の前に突きつけた。


「見ろ! この小さな生命体が、お前の祈りよりも遥かに速く、残酷に、森を食らう『敵』を排除している! これが現実だ! これが、フェルゼンの主が導き出した、最短の解決策だ!」


「…………っ」


「デュラン。……あのアリステッドを覚えているか。彼は戦場で誇りを守るために退却を拒み、部下全員を死なせた。今の貴様は、あの時、俺たちが唾を吐きかけた愚か者と、何が違う!」


 デュランの顔から、急速に色が失われていった。

 バルトスは、一瞬だけ表情を和らげ、隣に立つエリシュアの肩に手を置いた。


「……父として、この娘の戦果を、正しく検収してやれ」


 広場に、長い、長い沈黙が流れた。

 やがて、デュランはゆっくりと、震える手で、エリシュアが持ち帰ったコップを受け取った。


「……エリシュア。……よくやってくれた」


 その一言で、里を縛り付けていた「不浄」という名の呪縛が、音を立てて崩れ去った。


 ***


 「……へぇ。エリシュアの親父さんと、バルトスさんが同期?」


 俺はグスタフから手渡された古い名簿の写しを眺めた。


「はい。エリシュアの父、デュラン閣下は、かつて王都の騎士養成所にエルフの里から留学されておりました。そこで、若き日のバルトスと席を並べていたのです」


 グスタフは穏やかに、かつての学舎の様子を語り始めた。


「二人は当時、成績を競い合うライバルだったと聞いております。バルトスが泥臭い実戦派、デュラン閣下が華麗な理想主義派。……しかしお互いを認め合う、仲間としての付き合いだったそうです」


「……なるほどな。道理でバルトスさん、今回の任務を割り振った時に妙に張り切ってたわけだ」


 俺はコーラを一口飲み、背もたれに深く体重を預けた。

 旧友。ライバル。

 誇り高いエルフに対し、それを一番よく知る同期が、現実を突きつけに行く。


(……ドラマチックすぎて、俺の怠惰な生活には胃もたれする設定だよ。……でも、まぁいいか。バルトスさんがデュランさんの脆弱性を一番よく知っているなら、導入コストは最小限で済むってことだ)


「……で、グスタフ。里の方はどうなりそうなんだ。あのアリ作戦、上手くいくと思うか?」


「……あの方たちが共に動くのであれば、失敗はあり得ないでしょう。デュラン閣下は頑固ですが、一度納得すれば誰よりも献身的に尽くす男です。バルトスがそれを引き出したのなら、あとは紐を張るだけの作業になります」


 グスタフが確信を持って頷く。


「……そうか。なら、俺のやることはもう無いな」


 現場の真実は、現場の人間にしか動かせない。俺ができるのは、最適解という名の「ソースコード」を渡し、それを実行できる適切な「権限者」をアサインすることだけだ。


「ナオン(……あんた、自分は一歩も動かずに、一番おいしいところを他人にやらせたわね)」


 『旧友による排他制御解除パッチ』。インストール、開始。

 遠い森の奥で、無数の精霊の使徒たちが、新しい高速道路を走り始めるのを、俺は夢の中で願うことにした。

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