第75話:四層スキャンを用いた実地デバッグの作法
「さて、それじゃあ具体的な『調査の仕様』を説明するよ。……バルトスさん、まずはこれを持って」
俺はテーブルの上に、ルミナショッピング(日本版)で取り寄せた透明なプラスチックコップを並べた。百円均一で売られている、なんてことのない使い捨てのコップだ。
「……ゼクト様。この、水晶のように透き通り、羽のように軽い器は……一体どのような極致の術式で練り上げられたものなのですか?」
バルトスが震える手でコップを掲げ、窓からの光に透かして見ている。
(……ただのポリプロピレンだよ。でも、この世界の人間にしてみれば、この均一な透明度はオーパーツ級の魔道具に見えるんだろうな)
「ただの道具だよ。あげないよ。貸すだけだよ。……そんなことよりも大事なのは使い方だ。いいかい、まずは第一階層、地上調査だ。これを『ピットフォール・トラップ』と言うんだけど、やり方は簡単。このコップを、森の地面に埋めてほしいんだよね」
「地面に……埋める、のですか?」
「そう。ただし、ここからが重要だよ。コップの縁と地面を、寸分違わずにツライチ……完全に平らにしてほしいんだ。わずかでも段差があったり、隙間があったりすると、地上を歩くアリたちは違和感を覚えてそこを避けて通っちゃう。システムの隙間を埋めるように、完璧なフラット・インターフェースを構築して。これが、地上を歩くハンターたちの動きを捕捉する『自動ログ収集器』になるんだ」
「地面との完全なる同期……。承知いたしました! 私の全霊をかけて、一塵の段差も許さぬ完璧な落とし穴を穿ってみせましょう!」
(バルトスさん、そこまで気合い入れなくてもいいよ。穴を掘るだけだから)
「次は第二階層、低木調査だね。スウィーピングという。この網を使って、腰の高さくらいの草むらを『八の字』に振って歩いてほしいんだ。適当じゃダメだよ。一定のリズムでスイープすることで、草に隠れているバグ……じゃなくて、敵や味方の昆虫を強制的にメモリへロードするんだよね」
「……魔法の探知ではなく、物理的に存在をあぶり出すのですね」
エリシュアが、俺の言葉を羊皮紙に書き留めながら頷く。
「そう。そして第三階層、樹上調査だ。ここが本命だね。……エリシュア、この白い布を枝の下に広げて。そして、杖でその枝を『鋭く一回』叩くんだ。ビーティングって言うんだけど、衝撃という割り込み信号 [インタラプト] を与えることで、枝に潜んでいる奴らを布の上へ一気にダンプ……出力させるんだよ」
「なぜ、白い布なのですか?」
「視認性を上げるためだよ。ユーザーインターフェースと同じで、背景とのコントラストがはっきりしていれば、小さな虫も見逃さないでしょ? 魔法の感覚に頼るんじゃなく、まずは自分の目で『何がいるか』を確実に見極めるのがデバッグの基本だよ」
俺はコーラを一口飲み、最後に魔導ランプを指差した。
「夜はライトトラップ。強力な光という名の『囮』を置いて、夜間に活動する捕食者を誘き寄せて記録して。……で、これが一番大切なステップなんだけど、当たり……つまり強そうなアリを見つけたら、『行動観察』を行ってほしいんだ」
「行動観察、ですか?」
「そう。見つけたアリの目の前に、害虫の幼虫を置いてみてよ。誰が一番速く、残酷に敵をデリートするか。俺たちが欲しいのは、慈悲のない最強のパトロール兵なんだから。アリの種類、数、そして攻撃性……それらのデータを集めてきてほしいんだよね」
リビングには、シーリングファンが回る音だけが響いていた。
魔法という万能な力に頼り切りだった三人にとって、この極めて論理的で、かつ「誰でも同じ結果が出せる」プロトコルは、どんな大魔法よりも恐ろしく、そして希望に満ちたものに感じられたらしい。
説明を終え、俺は椅子に深く背を預けた。
「……やり方は教えた。あとは現場のテスターである君たちの仕事だよ。エリシュア、お前は里を救いたいんだろ? だったら、泥にまみれて、あるがままの真実を拾い集めてきて」
エリシュアは、貸し出した白い布を宝物のように抱きしめ、真っ直ぐに俺を見た。
「……承知いたしましたわ。ゼクト様。わたくし、行ってまいります! 魔法では見えなかった里の真実を、必ずやこの手で掴み取ってご覧に入れますわ!」
「承知いたしました、ゼクト様! 騎士道に則り、完璧な穴を掘って参ります!」
三人は勢いよく立ち上がると、嵐のようにリビングを出ていった。その足取りには、先程までの悲壮感はもうどこにもなかった。
「……ふぅ。これでまた、しばらくは静かになるな」
「ナォン(……あんた、調査手法の解説をしてる時、目がキラキラしてたわよ)」
「……さて。データが届くまでは、俺も俺の仕事をしないとな。たま、ポテチのコンソメ味、残ってたっけ?」
俺は『怠惰の玉座』に沈み込み、再び深い安眠への潜行を開始した。
窓の外では、エリシュアとバルトスが希望という名の「デバッグ機材」を抱えて、エルフの里へと馬を走らせていた。




