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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第68話:切り札は封蝋の中に

「ところで、さっきイカサマって言ってたけど……具体的にどうやるんだ?」


 ヴォルグは「そりゃあ決まってる」という顔で前髪をかき上げた。


「カードに目印をつけるんだ。傷、折り目、インクの染み……なんでもいい。要するに、裏から見ただけで何のカードなのかが分かるようにする」


(麻雀でいう『ガン牌』ってやつだな)


「そもそもこのカードってのは、一枚一枚が職人の手書きで、材料も羊皮紙だったり薄い木の板だったりする。粗悪な上に貴重でな、使い込むほど自然に傷や汚れが増えていく。……だから、最初から『この傷が3、この折れが7』って覚えていく。それを全部頭に叩き込めるやつが、一流の賭博師ってわけだ」


「なるほどな」


(ふぅん……それなら)


 俺はソファから半身を起こし、後ろの棚に手を伸ばした。

 引き出しの奥から取り出したのは、日本製のトランプ一式だ。


「じゃあ、賭博師たちはこんなことはできないんだね」


 俺はデックを手に取り、一番上の一枚をヴォルグたちに向けてさらりと見せた。スペードの3だ。


「見えた?」


「ああ」「はい」「……ええ」


 三人が頷いた瞬間、俺はカードをデックの一番上に戻すと、右手で戻した一枚目をわずかに押し出し、その下の二枚目をするりと引き寄せた。動きは最小限。視線を外さずにもう一度、カードをめくって見せる。


 ハートの9。


「……え?」


 エリシュアが固まった。


「あれ。さっきと……違う?」


 グスタフが目を細めて俺の手元をじっと見る。


「今、何をされたのですか? 同じカードのはずでは……」


 ヴォルグだけが、無言のまま鋭い目で俺の指先を追っていた。


「……もう一回、やってみてくれ」


「いいよ」


 俺はもう一度、同じ動作をゆっくりとやってみせた。今度は少しだけ分かるように。

 エリシュアが「どんな魔法を……全く魔力の揺らぎがない……」と小さな声を上げ、グスタフは思わず「なんと……」と呟いた。


(魔力とか使ってないから。キャバクラとかで使う初歩的な手品だよ)


 「まあ、ただの遊びだよ」


 俺はデックをテーブルに置いた。


「できなくてもいい。というか、この世界にこれができる人間がいないなら、それは都合がいいことでもある」


「……どういう意味だ?」


 ヴォルグが眉を寄せる。


「さっき言っただろ。我々は大数の法則で儲ける。イカサマは必要ない。……だから、逆に『絶対にイカサマをしていない』ことを証明できる仕組みさえ作れば、客は安心して遊べる。信頼が積み重なれば、リピーターが増える。それが長期的な利益になる」


「……証明、ね。どうやってやる?」


 俺はトランプの箱を手に取り、裏返した。


「このカード、見てみろ。表面が均一で、傷も汚れも一切ない。一枚一枚が完全に同じ品質で、目印なんてつけようがない」


 グスタフが身を乗り出した。


「……これほど精巧なカードを、フェルゼンで作れますか? 今の職人の技術では、この品質には到底……」


「エリシュア、ちょっと聞いていいか」


 突然話を振られたエリシュアが、ピンと背筋を伸ばした。


「は、はい! 何でしょう、ゼクト様!」


「紙の品質を魔法で均一にするとか、インクを精密に刷り込むとか……そういう術式って、作れそうか?」


 エリシュアは少し考える顔をしたが、すぐに目を輝かせた。


「できます! というより、それに近いことはすでに共鳴魔導板の製造でもやっています。素材を均質化する術式と、刻印を正確に複製する術式を組み合わせれば……紙の厚みも、表面の滑らかさも、インクの濃淡も、私の術式なら全部寸分違わず揃えられます」


「量産は?」


「ゴーレムに術式を組み込んで動かせば、一日に……条件が整えばいくらでも」


(よし来たっ!異世界技術!……時々現代日本を遥かに凌駕してくる。……今日のエリシュアは『当たり』だな)


「じゃあ、そっちの方向で行こう。大量生産でコストを下げて、一デックあたりの値段を安くする。安くできれば、ゲームのたびにカードを惜しみなく使い捨てにできる」


「使い捨て……ですか?」


 グスタフが驚いたように聞き返す。


「そう。ゲームを始める前に、テーブルの上で封をしたカードの箱を開ける。客の目の前で。封が破れていなければ、そのカードは誰にも触れらていない新品だと証明できる。……この封に、フェルゼン領主の刻印を入れた封蝋を使う。そして一定時間使ったら、そのデックは捨てる。新しい封蝋つきの箱を開封する。使い古して傷がつくことも、目印をつける暇もない」


 ヴォルグが、ゆっくりと腕を組んだ。


「……領主の封蝋が保証する、公正なゲーム。客側も安心できるし、胴元側もイカサマの誘惑を断ち切れる、か。一石二鳥だな」


「それだけじゃない」


 俺はコーラを一口飲んで続けた。


「フェルゼン製の封蝋つきカード。これ自体を商品にするんだ。カジノで使っているのと同じモノを、土産物として売る。旅人が王都に持ち帰れば、フェルゼンの名前が広まる。カード自体がフェルゼンのブランドになる」


「カードが……特産品に」


 グスタフが目を見開いた。


「信頼という土台を作って、その上に経済を乗せる。……カジノは遊ぶ場所であると同時に、フェルゼンの信用を体現するショーケースだ」


 しばらく沈黙が続いた。


 ヴォルグが、口の端を小さく歪めた。


「……やっぱり、面白い男だな。俺がこれまで生きてきた世界とは、何もかもが逆さまだ」


「逆さまに見えるだけで、やってることは同じだよ。人の欲と信頼を、どっちの方向に向けるかの違いだ」


 グスタフは深く頷き、羊皮紙に何かを書き付ける手を止めずに言った。


「カードの量産とブランド化、封蝋の仕様、カジノの運営規則……整理してヴォルグと詰めます。ゼクトさんは……」


「俺は家にいるだけだよ」


「……ええ、存じております」


 グスタフが苦笑した。


 話が一段落した静寂の中で、エリシュアがおずおずと立ち上がった。


 その手には、見覚えのあるデジタルカメラ。


「あの……ゼクト様。写真の件ですが、先日撮影してまいりましたので改めてご確認いただこうかと……」


「ああ、うん。どれどれ」


 俺がモニターに映し出すと、整備された新都市の街並み、噴水広場、ラウンドアバウト、そして随所にエリシュア本人が絶妙な角度で収まっている写真が続く。里の長老たちへの報告用のはずだったんだが、案の定、どう見ても個人のポートフォリオだ。


(……まあ、街も写ってるし、いいか)


 その時、エリシュアの視線がテーブルの上のトランプに止まった。


 彼女はゆっくりと手を伸ばし、デックを手に取る。均一な手触り、美しい光沢、整然と並んだ絵柄。この世界には存在しない、完璧な品質のカードだ。


「……これは、美しいですわね」


 エリシュアの目が、静かに輝いた。


 次の瞬間、彼女は慣れた動作でカードを扇状に広げ、窓から差し込む夕陽に透かすように掲げた。光を受けて、カードの背が柔らかく輝く。


「……このカードを持った私の姿を、撮っていただけませんか?」


「……」

「……」

「……」


「違います……その……これは……あの……フェルゼンの新しい特産品となるカードの……そうサンプル!サンプルです!それを手にした私の姿を記録することは、フェルゼンの歴史的瞬間の証言として……里の者たちにフェルゼンの素晴らしさを伝えるためにも、非常に重要な意味を……」


(……いや、どう考えても自分が撮りたいだけだろ)


 ヴォルグが天井を見上げ、グスタフが静かに視線を逸らした。


(こいつら、関わりたくないから逃げやがったな)


「……わかった。どこに立つ?」


 ため息をつきながらそう言うと、エリシュアの顔が、パッと輝いた。


「窓際がいいですわ! 光の入り方が私の髪の色に一番合うので! 角度は左斜め四十五度で! カードはこう、扇状に広げて……知的でありながら優雅な、フェルゼンの魔道士としての私を……!」


「はいはい。……じゃあ、いくよ」


 モニターに映ったエリシュアは、夕陽を浴びながらトランプを優雅に扇状に広げ、完璧な角度で微笑んでいた。どこをどう切り取っても、フェルゼンの広報写真には見えなかった。


「……どうですか!」


「うん、いい写真映りだね…………」


(……カードの作成を任せなきゃいけないしな。まあ、ご褒美だ)


 俺が自分で自分を納得させた時、膝の上のたまが大きく欠伸をした。


「ナオン(……長い一日だったわね)」


 窓の外、夕暮れのフェルゼンに、静かな夜が降り始めていた。

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