第67話:影の編成とIR 後編
ヴォルグは肩をすくめ、淡々と語り始めた。
「サイコロを使って偶数か奇数かを当てるもの、動物の骨を並べた占い賭け、一番面白いのはカードゲームだな。王都の貴族連中には特にカードが流行っている」
「カードゲームか。どんなルールで?」
「数字と絵柄の書かれた板を使う。手の組み合わせで強さを競ったり、数字の合計を決まった値に近づけたりするやつだ。……まあ、どれも最終的には賭博師が仕掛けたイカサマで、客の金を綺麗に巻き上げる仕組みになってるけどな」
「イカサマで?」
「ああ。牌に印をつけたり、サイコロに細工したり。……俺の知ってる賭博師は、皆そうやって稼いでいた。それが賭場のやり方ってもんだ。……まさか、あんたもそれをやろうってのかい?」
ヴォルグが片眉を上げ、俺を試すように見た。
俺は苦笑した。
「逆だよ、逆。イカサマは絶対にしない」
「……イカサマなしで、賭場が儲かるのか?」
「儲かるどころか、イカサマをしないほうが、長期的にははるかに大きく儲かる」
俺はコーラを置き、少し姿勢を正した。
「いいかい、ヴォルグ。賭博には『大数の法則』というものがある」
「……大数の法則?」
ヴォルグが聞き慣れない言葉を口の中で転がす。
「例えばだ、ヴォルグ。ここに一枚のコインがあるとする。表が出るか、裏が出るか。確率は五分五分だ。ここまではいいね?」
「……ガキでもわかる」
「じゃあ、一回勝負で全財産を賭けられるかと言われたら、どうだ? 運が悪ければ一瞬で破産だ。胴元も客も、ただの博打になる。……だが、これを百回、千回、一万回と繰り返したらどうなると思う?」
俺はコーラのグラスを指で軽く叩いた。
「二回や三回なら、表が続けて出ることもあるだろう。だが、回数を重ねれば重ねるほど、結果は正確に『半分ずつ』へ収束していく。……これが『大数の法則』。試行回数という名の巨大な重力が、偶然を必然に変える数学の法則だ」
ヴォルグの瞳の奥で、計算の火が灯る。
「……それが、どう儲けに繋がる。五分五分ならトントンだろう」
「そこだ。ルールにほんの少しの『不平等』を混ぜる。例えば、表が出たら客の勝ち、裏が出たら胴元の勝ちとする。ただし、コインが『横に立った』時も胴元の勝ちにするんだ。……客からすれば、誤差のようなわずかな差だ。一回の勝負じゃ気にもならない」
俺は身を乗り出し、ヴォルグの目を真っ直ぐに見据えた。
「だが、客が何千人と集まり、何万回と勝負が繰り返された時、その『わずかな差』は大数の法則によって、絶対に揺るがない巨大な利益の壁に化ける。客が勝とうが負けようが関係ない。試行回数が増えるほど、胴元の勝利は『確率』から『確定した未来』に変わるんだ」
ヴォルグが息を呑む音が聞こえた。
「……イカサマは、運を操作する。だが、あんたの言ってるのは……」
「運そのものを、システムの歯車に組み込むのさ。客は『運が良ければ勝てる』という希望に金を払い、俺たちは『回数さえこなせば必ず勝つ』という数学の玉座に座る。ただ、この世界のルールそのものに従っているだけでいいんだ」
「……数学で、金を作る、ってことか?」
「そういうこと。イカサマは、一度バレたら終わりだ。信頼が消えて、客が来なくなる。でも、最初からルールに『合法的な胴元の利益』を組み込んでおけば、バレる心配はない。……賭場のルールそのものが、最大のイカサマなんだよ」
(……大数の法則が支配する世界なら、いつでも胴元が勝つんだよね。でも賭けに狂った奴らはみんなそれに気付かない、いや、気付きたくないのかな)
沈黙。
ヴォルグは、じっと俺を見ていた。前髪の隙間から見える一つの瞳が、何かを計算しているような光を放っている。
「ただの賭場じゃない。料理も出す、酒も出す、見世物もある。旧市街のあのスペースに作るんだ。夜を楽しむための総合施設にする。……フェルゼンに来た商人や旅人が、楽しんで金を落として帰っていく場所にする。この場所のことは『カジノ』と呼ぶようにしよう」
「……旧市街のあのくたびれた通りを、そんな場所にするのか」
「そうだ。で、その胴元としての管理を、ヴォルグ、あんたに任せる。あんたには免税特区の管理人として、公式の顔がある。カジノはその特区の目玉施設だ」
ヴォルグは長い沈黙の後、小さく笑った。
「……面白い男だな、あんたは。イカサマを使わずに客を喜ばせながら確実に儲ける仕組みを、数学で作り出す。……俺が今まで組んできた誰より頭が回る」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、後は全部あんたたちがやるんだよ。俺の出番はここまでだ」
グスタフが苦笑いしながら「いつものことだ」とばかりに羊皮紙に何かを書き込み始めた。
「……ゼクト様。その場所は夜に映えるものでしょう? 照明の設計は私に任せてくださいまし。当然、私が一番美しく見える光の角度で……」
「うん、もういい。わかった大丈夫。任せるよ、エリシュア」
膝の上のたまが、ぴくりと耳を動かした。
「ナオン(……わたしの出番はなさそうね)」
俺はたまの背中を撫でながら、窓の外に広がる森を眺めた。
コーラの泡が、グラスの中で静かに弾けていた。




