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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第65話:インセンティブの天秤と、真偽の彼方

 「10円玉を指先で次々に立てていくだけ」の動画を見ながら、俺は『怠惰の玉座』に身を沈めていた。

 膝の上ではたまが気持ちよさそうに丸くなっている。この数日の「たま成分補充期間」のおかげで、俺の精神状態は極めて良好、いわばフル充電状態だった。


 ピンポーン。


 モニターを確認すると、そこにはグスタフとバルトス、そしてエリシュアの三人が並んでいた。


(……あ、今日は三人か。こないだはたまと遊びたい一心で少し邪険に扱っちゃったな。一応、こいつらは俺の引きこもり生活を支える大事なクライアント(金づる)だからな。……よし、今日はちゃんと話を聞こう)


 俺はロックを解除し、三人を招き入れた。


「お久しぶりです、ゼクト様」

 リビングに入ってきたエリシュアが、いつになくしおらしい態度で、ちょこんと椅子に座る。いつもなら「私の美しさが~」と自撮り写真を見せびらかしてくるはずだが、今日は妙に大人しい。


「ゼクトさん、すまないね。急に押しかけてしまって」

「失礼いたします、ゼクト様! 騎士団長バルトス、報告に参りました!」


 俺はソファに座り、たまを撫でながら三人を見回した。そこでふと、バルトスの雰囲気が以前の生真面目な騎士に戻っていることに気づいた。


「あれ、バルトスさん。……あの『論理的』なやつ、もうやめたの?」


 俺がニヤリとして尋ねると、バルトスは一瞬で顔を真っ赤にして、視線を泳がせた。


「う、ぐっ……。そ、それは、その……王都の本部での戦いを通じ、騎士の本分とは頭で考えるものではなく、魂で刻むものだと再認識いたしまして……。あ、あの節は、大変お見苦しいところをお見せしました……」


 バルトスは耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに、なにかを誤魔化すように言った。元の熱血騎士に戻ってくれて、俺としては一安心だ。


 グスタフが表情を引き締め、本題を切り出した。


「ヴォルグの処遇についてですが。彼は現在、我々の監視下にあります……。ゼクトさん、正直に言って私は彼が信用できない。王都でバルトスたちと合流した時の『組織に切り捨てられた』という話も、こちらに食い込むための嘘かもしれません」


「グスタフ、ヴォルグが嘘を言っていようといまいと、それは俺にとって『どうでもいい』ことなんだよ」


「……どうでもいい、ですか?」


 グスタフが呆然と呟く。俺はたまを撫でる手を止めず、淡々と続けた。


「いいかい。ヴォルグが俺たちを裏切る気満々だろうが、その話が全部デタラメだろうが、システムに影響がないなら、それは『存在しないノイズ』と同じだ。それよりも、ヴォルグの才能を利用するメリットのほうが大きい」


「才能、ですか?」


「若くしてあの闇市を裏から仕切っていたマネジメント能力だ。あそこまで複雑な利権をまとめていた腕前を、ただ腐らせておくのはリソースの無駄だよ。ヴォルグを新都市の『免税特区』のまとめ役に据えよう。どうせ誰かがやらなきゃいけないのなら経験者を使うほうが合理的だ。」


「し、しかし……万が一裏切られたら……」


「そうならないように……彼に『公式な利権』を与えるんだ。免税特区内での商売の差配、そして領主公認の地位。……もし彼が裏切って、また闇組織を作ろうとすれば、今持っているその『合法的な利益』をすべて失う。……彼にとって『従うメリット』が『裏切った時のリターン』を上回るように設計すればいいだけだ。ヴォルグは、闇の中でこそこそ稼ぐより、俺の作った特区のリーダーとして表で稼ぐほうが『儲かる』。……彼がそれを理解すれば、誰よりも必死に特区を守るようになる。俺が信じているのは、彼の『強欲さ』という名の、確実な演算結果だけだ」


「……人の善意ではなく、欲望を天秤にかける、というのですか。分かりました……。ヴォルグに、特区の『管理人』としての辞令を出しましょう」


(合理的に考えれば、奴が嘘つきでも関係ない。……でも報告書を見る限り、俺の直感だけど、ああいったプライドの高いタイプは嘘はつかないんだよな)

 エンジニアとしては不要な「直感」という変数。


 一通り方針が決まると、俺はさっきから不自然なほど静かなエリシュアに向き直った。


「……ところで、エリシュア。さっきから一言も喋ってないけど、どうしたんだ?」


「……実はゼクト様。私、近々エルフの里に一時帰還しなければならないのですわ。里の長老たちに、新都市での魔導インフラ構築の成果を報告しなければならなくて……」


 エリシュアは少し憂鬱そうに溜息をついた。


「あそこは保守的な者もまだ多くて、『人間の街に加担して何をしている』とやかましいのです。ですから、私がどれほど歴史的な大事業を成し遂げ、そして……どれほど美しく輝いているかを、視覚的に判らせてやる必要がございますの!」


 彼女はぐっと俺の方に身を乗り出した。


「そこで、以前いただいたあの『奇跡の肖像』……あれが必要なのですわ! 最新の、最高に決まっている私の肖像……いえ、フェルゼンの町並みを里の者たちに見せつければ、長老たちも黙るはずです。ですから、その……何枚かお願いできないかと……」


(……こいつ、妙におとなしいと思ったら。里帰りのための「手土産」としての写真が欲しくて、俺の機嫌を損ねないように必死だっただけか。相変わらずだな)


 俺が苦笑いしながら「いいよ、後でプリントアウトしてやるから」と言うと、エリシュアはパッと顔を輝かせた。


「それでしたら絶対に外せないのは……」


「わかった、わかった。納得するまで撮影してきたらいいよ。そのかわり、ちゃんと街の写真『も』撮ってくるんだよ。バルトスさん、悪いけど付き合ってあげてね。」


 三人が(特にエリシュアだが)満足して帰っていった後、俺はたまの背中に顔を埋めた。


「ナオン(……あんた、甘いわね)」


「……なんだ、たま。そんなに鳴いて。腹でも減ったのか?」


「ミャオ(ヴォルグの処遇も、エリシュアにも……)」


「よしよし。……さ、たま。ブラッシングの時間だぞ」

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