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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第64話:静寂の庭と、外套の客

 三日前、たまが帰ってきた。


 それだけで、世界の優先順位が全部書き換わった。

 フェルゼンの治安? 黒の回廊? 王都? 知らん。

 今日も俺は「たまと遊ぶ」以外のタスクを受け付けない。


 森の中の俺の家は、いつも通り静かだ。

 ソファに寝転び、膝の上で丸くなっているたまの背中を撫でる。


「ナァ(そこ、もうちょい右)」


「気持ちいいだろ。よしよし」


 ……かわいい。

 このまま昼寝して、起きたらまた撫でて、夜は一緒にゴロゴロして――

 そんな完璧なスケジュールを脳内で組んでいた、その時。


 ――ピンポーン。


 たまが尻尾をぴくりと動かす。

 インターフォンのモニターには、見慣れた二人が立っていた。


「ゼクト様、失礼いたします!」

「ゼクトさん、少しお時間よろしいでしょうか」


(お時間は無いんだよ。今日は帰ってくんない?)


 もちろん口には出さない。

 俺は社会人経験のある大人だ。空気は読む。


「いいよ、入ってきて」


 リビングに案内すると、二人はきっちり姿勢を正した。

 俺はソファに座り、たまを膝に乗せたまま話を聞く体勢に入る。


(……よし、聞くよ。聞くけどさ。でも今日はたまと遊ぶんだよ。頼むから短くしてくれよ)


 グスタフが丁寧に口を開いた。


「黒の回廊の残党についてですが、すべて拘束し、王都騎士団への引き渡しが完了しました」


 バルトスが胸に手を当て、深々と頭を下げる。


「ゼクト様のご助言があったからこそ、迅速な対応が可能となりました。我々一同、深く感謝しております」


(いや、そんな大層なこと言われても……俺、今たま撫でてただけなんだけど)


 グスタフは続ける。


「領内の治安は安定しましたので、今後は復旧作業と住民のケアを優先します」


「俺は……まあ、家でやることあるから。全部グスタフに任せるよ」


(やること=たまと遊ぶこと。これで察してくれ)


 バルトスがさらに一歩前へ。


「ゼクト様のご負担を減らすため、我々が全力で――」


「バルトスさん、帰ってきたばかりで疲れてるんじゃない? 今日はもういいよ。じゃあ、気をつけて帰ってね」


(帰ってくんないかな……ほんとに)


 グスタフは一瞬だけ苦笑し、バルトスの肩を軽く叩いた。


「……では、失礼します」


「失礼いたします!」


 二人が森の小道を戻っていくのを見届けてから、俺は大きく息を吐いた。


「……ふぅ。やっと静かになった。……少し冷たかったかな?」


「ナオン(態度に出てたわよ)」


 俺はたまを抱き上げ、『怠惰の玉座』に沈み込んだ。


(……まあいいや。今日はたまと遊ぶんだから)


───


 フェルゼン領主邸の執務室には、夜の静けさが満ちていた。

 書類を片付けていたグスタフの前に、黒い外套の青年――レオナールが腰を下ろした。


「しかし……驚いたよ、グスタフ。フェルゼン、ここまで変わるものなんだね」


 レオナールは窓の外に広がる街灯りを眺めながら、素直な感想を漏らした。

 

「以前来た時とは、まるで別の街だ。治安も、街並みも、人の表情も……全部変わってる」


 グスタフは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を落とした。


「……皆が努力してくれたおかげだよ」


「皆、ねぇ。……職人たちが優秀なのは知ってるけど…… ここまで一気に形になるのは、普通じゃないよ。どうしたんだい急に?」


 グスタフの手が、わずかに止まる。


「……フェルゼンには、良い人材が多いんだ」


「ふぅん。そういうことにしておくよ。まあ、誰がやってるにせよ……いい街だね。王都より、ずっと息がしやすい」


「そう言ってもらえるなら、嬉しいよ」


 グスタフが穏やかに返すと、レオナールは軽く肩をすくめた。


「黒の回廊の残党は、王都騎士団として処理したよ。……あれくらいなら問題ない」


「ああ。助かった」


「いいって。……じゃあ、今日は帰るよ。今回の件は――“貸し”にしておくよ。また来るから、その時はゆっくり話そう」


 レオナールは外套の裾を整え、静かに立ち上がった。

 扉が閉まると、執務室には再び静寂が戻る。


 グスタフは深く息を吐き、机の上の書類に視線を落とした。

 その表情には、安堵と、ほんの少しの苦笑が混じっていた。

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