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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第63話:影の帰宅と大盤振る舞い

 たまが帰ってこないのは、別に初めてじゃない。前の世界でも、一日くらい姿を消すことはよくあった。

 ……でも、三日は長い。


 リビングは妙に静かだ。

 ポテチの袋を開けても、いつものように「ナオン」と文句を言いながら寄ってくる気配がない。


「……たま」


 呼んでも返事はない。

 当たり前だ。いないんだから。


 モニターの光だけが部屋を照らし、床にはたまの毛が一筋だけ落ちている。

 それを見つけた瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。


(まあ、大丈夫だろ。今までもなんだかんだで帰ってきてたし……)


 そう思おうとしても、どうしても落ち着かない。

 コーラの缶を開ける音が、やけに大きく響いた。


「……早く帰ってこいよ」


 独り言が、静まり返った部屋に吸い込まれていった。

 たまの餌皿は朝から減っていない。

 床に落ちている一筋の毛を見つけるたびに、胸の奥がざわつく。


 その時だった。

 窓の外で、かすかな気配が揺れた。


 風でも、獣でもない。

 もっと鋭くて、もっと馴染みのある“影の気配”。


 俺は反射的に椅子から立ち上がっていた。


「……たま?」


 次の瞬間――

 窓の隙間から、黒い影がひらりと舞い込んだ。


 月明かりを背負って現れたのは、

 四日ぶりの、小さな黒猫。


「ナオン(……ただいま。心配かけたわね、あんた)」


 いつものたまの鳴き声だった。

 けれど、その鳴き方にはどこか安心したような響きがあった。


 俺は待ちきれずに駆け寄り、たまをぎゅっと抱き上げた。


「どこ行ってたんだよ、バカ。……心配したんだぞ」


 たまが俺の胸元で小さく喉を鳴らした。


「ナオン(……ただいま。帰ってこないわけないでしょ)」


 甘えるようなたまの鳴き声が俺を安心させてくれる。

 腕の中の温もりが胸の奥をじんわりと満たしていった。


「あんまり遠くへ行っちゃだめだぞ」


「ナオン(あんたのために王都まで行ってたんだからね)」


 たまを抱きしめたまま、俺はキッチンへ向かった。


「……よし。今日は特別だ」


 棚の奥に隠していた“高級おやつ”を取り出す。

 たま用に買っていた、やたら値段の高いプレミアム肉パウチだ。

 普段は「贅沢は敵だ」「食べ過ぎは健康に良くない」とか言いながら、なかなか封を切らない『ラストエリクサー』的なやつ。


 でも今日はいい。

 四日ぶりなんだから。


「ほら、たま。ごちそうだぞ」


 皿に大盛りに盛った瞬間、たまの瞳がまん丸になった。


「ナオン!(ちょっと、これ高いやつじゃない!どうしたの!)」


「さぁ食べな。今日は特別だ」


 たまは一瞬だけ俺を見上げ――

 次の瞬間、皿に顔を突っ込んだ。


 もぐ、もぐ、もぐ。


 信じられない勢いで食べている。

 尻尾がぴんと立って、先っぽが小刻みに揺れている。


「ナオン、ナオン(……おいしい……これ、すごくおいしい……!)」


 ただの「ナオン」としか聞こえないけど、その食べっぷりだけで全部伝わる。


「そんなに腹減ってたのかよ……」


 たまは一度だけ顔を上げ、口の周りを汚しながら鳴いた。


「ナオン(あんたのせいでしょ。心配かけたとか言うくせに、こういう時だけ甘やかすんだから)」


「……なんか文句ありそうだな」


 たまは無視して、また皿に戻った。

 もぐもぐしながら、尻尾だけが俺の方に向いて揺れている。


(……ほんと、帰ってきてくれてよかった)


 たまが食べ終わるまで、俺はずっとその背中を眺めていた。


 皿を舐め終えたたまが、満足そうに俺の足元へ歩いてくる。


「ナオン(……ごちそうさま。膝。)」


「はいはい。……ほら、乗れよ」


 たまは当然のように俺の膝に飛び乗り、丸くなって喉を鳴らし始めた。


 静かな夜に、幸せな音だけが響いていた。

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