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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第60話:本拠地への不正アクセス

 隠し扉の先は、地下水路の湿気とは無縁の、不気味なほど乾燥した石造りの空間だった。

 壁には魔法灯が一定の間隔で配置され、ここが単なる隠れ家ではなく、組織的な運用がなされている「拠点」であることを物語っている。


(……鼻が曲がりそうだわ。インクとカビ、それにどす黒い欲望の臭い。)


「……ここが奴らの心臓部、王都支部の『大書庫』だ」


 ヴォルグが声を潜めて言う。

 大書庫、とは名ばかりで、そこには膨大な量の帳簿や通信記録の羊皮紙が、整然と棚に並べられていた。

 王都の闇を支配しているという『黒い回廊』。その実態は、情報を力に変える、極めてアナログで執念深い組織のようだ。


(……非効率の極みね。こんな紙の山、爪を研ぐのにも使いたくないわ)


「止まれ。前方、廊下の角に気配が二名。巡回の周期は一定だ。論理的に考えて、ここは『定時パトロール』のルートと推測される」


 バルトスが小声で告げる。

 

「バルトス様、どうする? 相手はプロだ。下手に騒がれると……」


 カイルが剣の柄を握りしめ、不安げに問いかけた。

 バルトスが重厚な鎧を鳴らし、その「論理」とやらを披露しようと口を開きかけたが、私はそれを待たずに一歩踏み出す。


「……黙って見てなさい。私が行くわ」

(いちいち計算式を立てていたら日が暮れてしまう。私は早く帰りたいのよ)


 気配を完全に断ち、湿った影のように滑り出した。

 角を曲がった先にいたのは、全身を黒装束で包んだ二人の見張り。彼らが私の接近に気づくことは、万に一つもない。


 瞬きをする間の一閃。

 私は漆黒の剣の柄で、一人の首の付け根を正確に強打し、同時にもう一人の喉元を素手で圧迫して声を封じた。


「……がっ」

「…………」


 崩れ落ちる二人の体を、音も立てずに床へと横たえる。

 肺から空気が漏れる音さえ許さない、最短かつ最速の無力化。


「……排除完了。先へ進むわよ」


 背後で立ち尽くしていた三人の元へ戻り、顎で先を促す。

 バルトスだけが「流石はメイナ殿、余計な変数を一切挟まない見事な処理スピードですな」と、あいつの影響を受けた妙な感心を漏らしていた。


(……変な知識を吹き込まれたせいで、この騎士もだいぶ壊れてきたわね)


 王都の地下深く、積み上げられた情報の山をすり抜け、私たちはさらに奥へと潜っていく。

 やがて現れたのは、これまでの石造りの通路とは一線を画す、装飾の施された重厚な扉だった。


 バルトスが前に出る。

 彼は懐から出した書物を一度だけ強く握りしめると、それを仕舞い、一切の迷いなく右脚を振り抜いた。


「失礼する! フェルゼン騎士団、バルトスである! 諸君らの非合理な利権独占を正しに参った!」


 鼓膜を震わせる轟音と共に、扉が内側へと弾け飛ぶ。

 部屋の中にいた、黒いローブを纏った男たちが一斉に振り返った。


 部屋の中心、大きな机に積み上げられた書類の山に囲まれ、羽根ペンを置いて顔を上げた男がいた。

 片眼鏡をかけた冷徹な事務官のような雰囲気を漂わせる男。彼が『黒の回廊』王都総管――この巨大な闇のシステムの管理人だ。


「……フェルゼンの猟犬か。旧市街のヴォルグがしくじったかと思えば、これほど無粋な客を招き入れるとは……。帳簿が汚れるな」


 男の冷ややかな言葉に、ヴォルグが鼻で笑いながら一歩前に出た。


「おい、おい。俺は別にしくじってなんかいないぜ、ベルフェルド。むしろ、お前たちの古いやり方に『損切り』を提案しに来てやったんだ」


「……損切りだと? 破棄された道具が、よく回る口だ」


「破棄? 冗談だろ。俺はフェルゼンで新しい『投資先』を見つけただけさ。……お前たちのこの、埃を被った王都のシステムは、もう時代遅れなんだよ。……な、メイナ?」


 ヴォルグが私に視線を投げる。

 私は、天井の梁から音もなく降り立ち、漆黒の剣を召喚した。


 ベルフェルドは私の方へ向き直り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「これはまた美しいお嬢様だ。王都の闇へようこそ。お会いできて光栄だが……ここがお前たちの、デッドエンドだ」


 私は、冷たく光る剣先を男の喉元へと向けた。


「……いいえ。ここは、ゴミ捨て場よ。……さあ、掃除の時間だわ」

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