第57話:論理の盾と、最短ルートの最適解
フェルゼン冒険者ギルド。
独特の喧騒が漂う中、依頼掲示板の前では冒険者たちが今日の稼ぎを求めてざわついている。
私は、その少し離れたテーブル席に腰を下ろし、カイルとリンの様子を眺めていた。
大盾を担いだカイルと、魔道杖を丁寧に磨くリンが、受付で手渡された一枚の依頼書を見つめている。
「……おいおい、マジかよ」
カイルが裏返った声で呟く。
その声に、周囲の何人かがちらりと視線を向けたが、すぐに自分の依頼探しに戻っていった。
依頼書には領主グスタフの公式な刻印が押され、さらに目を引くのは――
『指名依頼』
普段なら国家級の案件か、英雄級パーティにしか回らない特別枠だ。
ふうん、と私は心の中でだけ相槌を打つ。
「指名……それも、私たち三人を名指しだなんて。カイル、リン、そして……メイナ。……領主様、よっぽど私たちのことを見込んでくれてるのね」
リンは少し誇らしげに胸を張る。
カイルは頭を掻きながら、きょろきょろと辺りを見回した。
「そりゃ光栄だが、問題はあいつだ。……よし、リン。まずはメイナを探さなくちゃな。あいつ、いつも神出鬼没だから――」
私は椅子から静かに立ち上がり、足音を完全に殺して、二人の背後へと回り込む。
「ここにいるわよ」
「うわっ!? おわぁっ!!」
カイルが情けない声を上げて飛び上がる。
リンは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに「ああ、やっぱり」とでも言いたげに苦笑した。
「メイナ! お前、本当に神出鬼没だな! どこから湧いてきたんだよ!」
「……影から。それより、その依頼。受けるわよ」
淡々と言いながら、私は依頼書に視線を落とす。
内容は、すでにわかっている。
さっきまで、私はあのアホな主の横で、ポテチの袋が開く音と一緒に、この依頼の説明を全部聞いていたのだ。
王都の巨大な闇ギルド『黒い回廊』の本拠地の調査と撃破。
あいつの安眠を守るために、叩き壊すべきゴミが増えた、というだけの話。
「やる気満々ね、メイナ。……内容は、王都にある闇組織『黒い回廊』の本拠地の調査と撃破。……相当な荒事になりそうだけど、大丈夫?」
リンの問いに、私は腰の漆黒の剣の柄に軽く触れた。
その仕草だけで、周囲の空気が一瞬だけ冷えるのが分かる。
「……掃除は、早いほうがいいわ。ゴミが腐って臭い出す前にね」
カイルが「こえぇ……」と小声で呟いたその時――
ギルドの入り口から、カシャン、カシャンと整然とした金属音が響いてきた。
「待たれよ! 冒険者諸君!」
現れたのは、磨き上げられたフルプレートを纏ったバルトスだった。
だが、いつもの猪突猛進の雰囲気はどこにもない。
一歩一歩の歩幅が正確で、動きに一切の揺らぎがない。
まるで訓練された自動人形のようだ。
「バルトス様!? ……なんでまた、そんな気合の入った格好で?」
カイルが呆気にとられる中、バルトスは懐から一冊の本――『論理学入門』を取り出し、それを掲げた。
「たった今、グスタフ様より本任務への随行を許可された。私は今回、諸君の『補助変数』として機能する。……諸君、安心してほしい。私の現在の騎士道は、すべて論理的に最適化されている。無駄な叫び、無駄な突撃は、すでにデリート済みだ」
「補助変数……? デリート……?」
リンが眉をひそめて首を傾げる。
……あーあ。あいつが変な知識を吹き込んだせいで、この騎士団長、完全に壊れちゃってる。
まあ、出力だけはあるから、盾くらいにはなるでしょうけど。
「……いいわ。ただし、私の指示に従うこと。論理的に無駄な動きをしたら、置いていくわよ」
私が突き放すように言うと、バルトスは力強く頷いた。
「心得た! メイナ殿に従い、私は王都を浄化してみせましょう! ……いざ、出発だ! 座標、王都! 移動ルート、最短距離を選択!」
「いや、選択って……どうやって……」
カイルが呟くが、バルトスはすでにギルドの扉を押し開けていた。
その背中を見て、リンがぽつりと漏らす。
「なんだかよく分からないけど……すごく頼りになりそうな気もするわね」
「いや、俺は逆に不安なんだが……」
カイルが肩を落としながらも続き、私たちはバルトスの後を追ってギルドを出た。
――その頃。
リビングの『怠惰の玉座』に沈み込んだゼクトは、ドローンが捉えた「正確な歩幅で出発するバルトス一行」をモニター越しに眺めていた。
「……あ、行った行った。……さて、これでしばらくは静かになるな」
ゼクトは満足げに伸びをし、ポテチの袋を引き寄せる。
画面の向こうで、バルトスが“最短距離”を選んだ結果、街道を無視して草原を一直線に突っ切っていくのが見えたが――
「……まあ、あいつらなら大丈夫だろ」
ゼクトは深く気にしないことにした。




