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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第56話:アウトソースと騎士の変数

 ピンポーン。


 いつものようにインターホンが鳴る。独房から「論理学の基礎」を終えて出所してきたばかりのバルトスと、胃の痛そうなグスタフだった。


「失礼いたします……ゼクト様。……この度は、多大なるご迷惑を……」


 リビングに入ってきたバルトスには、いつもの覇気がなかった。手にはグスタフから手渡された「論理学入門」の書を大切そうに抱え、目は何か遠い哲学的な真理を見つめているようだ。


「あ、バルトスさん。頭、冷えた?」


「……はい。冷えたというか、思考の回路が組み換わった心地にございます。……『裏切るべきか、黙秘すべきか。その選択が相手の合理性に依存するならば、騎士道とは一体どこに格納されるべき変数なのか』……。……ゼクト様、私は、論理という名の聖域に触れてしまいました」


 ……あ、ダメだこれ。脳が少しバグってる。

 生真面目な騎士にゲーム理論は、少し刺激が強かったか。


「ゼクトさん。彼はあれからずっと、独房の壁に数式のようなものを書き殴りながら、騎士の定義について自問自答しておりまして……」


 グスタフがげっそりとした顔で補足する。俺は椅子に深くもたれかかり、コーラを一口飲んだ。


「論理を重んじるのはエンジニア……いや、騎士としても正しい姿だけど……まぁ、程々にね。……それより、進捗はどうだい?」


「はい。捕虜たちが吐いた情報によると、『黒い回廊』の本拠地は王都にあることが判明しました。奴らはそこを起点に、各地方のスラムや闇市を裏から操っているようです」


「王都か。遠隔地からのリモートアクセスは厄介だな」


 俺はモニターに映し出された地図を眺める。

 この世界の王都はレガシーシステムの塊だ。そこにこちらから軍を動かせば、政治的な「手続き」や「しがらみ」が多すぎて、解決までに何ヶ月かかるか分かったもんじゃない。


「ところで、ヴォルグは見つかった?」


「いいえ。未だ所在不明です。……奴は旧市街の混乱に乗じて、誰よりも早く姿を消しました。まるで、我々の動きを完全に先読みしていたかのように」


(……ヴォルグ。ただの小悪党じゃないな。これは裏稼業のプロフェッショナル……いわば『闇のシステムアーキテクト』だ。こいつを敵にしておくのはもったいないな。もし捕まえたら、俺が作ろうとしてる『免税特区』のモデレーターとして雇いたいくらいだ)


 その道のプロには、その道の仕事をさせる。それが最適解だ。


「よし。王都の本拠地については、冒険者ギルドに依頼を出してくれ。『フリーランス』なら王都の面倒な法規に縛られずに動けるだろう?本拠地を物理的に叩き壊して、コネクションを遮断させるんだ」


 正規軍を動かすより、高火力な少数精鋭を投入する方がコストもリスクも低い。


「承知いたしました。すぐにギルドへ依頼を……」


 グスタフが立ち上がろうとした時、バルトスが静かに、だが鋭い動きで膝をついた。


「ゼクト様! ……一つ、具申させていただきます! その王都への任務、私を同行させてはいただけないでしょうか!」


「バルトスさん? あんた、まだ謹慎中だろ?」


「はい。ですが、私は確かめねばならぬのです。この『論理』という刃が、実戦においてどのような軌跡を描くのか。私の騎士道という変数が、王都という名の巨大な演算の中で、どのように解を導き出すのかを!」


 ……うわ、めっちゃ理系っぽく、熱苦しいことを言い始めた。


「バルトス、お前はフェルゼン騎士団の団長だぞ。勝手に持ち場を離れてどうする」

 グスタフが窘めるが、バルトスの瞳には「検証」を求める強い意志が宿っていた。


「……いいよ、グスタフ。同行させてあげなよ。ただしバルトスさん、今回はあくまで補助者としてだ。冒険者の指示に従うこと。勝手な単独行動は厳禁だよ」


「ははっ!! この論理に誓って、ゼクト様の最適解を完璧にトレースしてご覧に入れます!」


 バルトスは勢いよく立ち上がると、風のようにリビングを出ていった。……前より少し動きがシャープになってないか? 論理的に無駄な動きを削ぎ落としたのか?


「……たま。バルトスさん、変な方向に進化しちゃったかな」


「ナオン(……まあ、あんたよりはやる気に満ち溢れてるわね)」


 たまはパタパタと尻尾を振っている。

 俺は、再び『怠惰の玉座』に沈み込み、モニターに映る王都の座標を眺める。


「……王都のバグ取り、か。あーあ、俺はここから絶対に動かないぞ」


「ミャオン(わかってるわよ。あんたはどうせ動かない)」


 たまは一声鳴いて俺の膝から降り、窓の隙間からそっと出ていった。

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