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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第54話:黒猫のデバッグ・潜入編

(……全く、あのアホな主ときたら)


 私は、冒険者『メイナ』の姿で、夕闇に沈む旧市街の入り口に立っていた。

 数時間前、リビングの玉座で「進捗がハングした」だの「ノイズが消えない」だのと、眉間に皺を寄せてモニターを睨んでいたあいつの顔が目に浮かぶ。


(あいつが不機嫌だと、リビングの空気がピリついて、せっかくの『怠惰の玉座』が落ち着かない場所に変わるのよ。私の快適な安眠環境を守るためには……この詰まった配管を、私が直接掃除してやるしかないわね)


「メイナ、顔が怖いぞ。……何か怒ってるのか?」

 大盾を背負ったカイルが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「……別に。ただ、不浄なものが溜まっているのが気に入らないだけよ。行くわよ」


(隠密調査、ステルス……。あいつがよく口にする言葉ね。……確かに、今の旧市街はただのゴミ溜めじゃない。異物の臭いがプンプンするわ)


 私たちは音もなく、崩れかけたレンガ塀の影を縫うようにして進んだ。

 路地裏に配置された見張りたちの装備を盗み見て、私は内心で舌打ちする。


(……チッ。あいつが『神の眼』で見つけていた通りね。あんな安っぽいゴロツキが、王宮の親衛隊もどきの魔導アーマーを着てる。明らかに外部からの『不正なパッチ』が当たってるわ……)


 慎重に、ターゲットであるヴォルグの拠点へと近づこうとした、その時だった。


 ――ガシャン! ガシャン! ガシャン!


 静寂をかなぐり捨てるような、派手な金属音が路地裏に鳴り響いた。


「不浄なる者どもめぇぇ!! ゼクト様の慈悲を踏みにじる賊どもは、この私が一掃してくれるわぁぁ!!」


 フルプレートの鎧を真っ赤な夕日に反射させ、バルトスが抜剣した状態で、正面の広場から堂々と突っ込んできた。


「はぁ!?」

 カイルが素っ頓狂な声を上げる。

「バルトス様!? なんであんな目立つ格好で突っ込んでるんだ!?」


「隠密調査って言ったのに! あの騎士団長、脳みそまで筋肉でできてるの!?」

 魔道士のリンが絶望的な声を出す。


(……いいえ。あの人の脳内は、あいつへの狂信的な忠誠心でオーバーフローしてるのよ。……全く、余計な手間を増やしてくれるわね)


 案の定、高性能な装備に身を包んだヴォルグの部下たちが、四方八方からバルトスを取り囲む。相手はただのチンピラじゃない。訓練されたプロの動きだ。


「わが主様の『神の眼』からは逃れられんぞ! 貴様らの不正な武装、すべてお見通しなのだ!」

 バルトスは叫びながら剣を振るうが、相手の魔導装飾が放つ光の盾に阻まれ、ジリジリと押し込まれていく。


「カイル、リン! 援護するわよ! あのバカを守るのよ!」


 私は影を蹴り、漆黒の閃光となって飛び出した。

 

(邪魔よ。どきなさい)


 バルトスの背後から、毒の塗られた短剣で突きかかろうとしていた暗殺者を、私は召喚した漆黒の刃で一閃した。


 カイルが巨大な盾でバルトスを囲んでいた魔導師の突進を弾き飛ばし、リンが広域の目くらまし魔法を展開する。


「お、おおお!ターメインさ……メイナ殿!? 助かります! これもゼクト様の導きにございますか!」


「黙って剣を振りなさい! あの黒いマントを着てる連中を捕らえるのよ。……逃さないわ」


 私は乱戦の中、一際質の良い装備を纏った三人の幹部格を狙い撃ちにした。

 相手が魔法を唱えるよりも速く、影から影へ転移し、その四肢を正確に打ち抜く。


「な、なんだこの女は……!? 影が……影が動いて……ぐあああぁぁ!!」


 数分後の広場。

 戦闘不能になった武装集団と、バルトスに押さえつけられた三人の幹部格たち。


「言え! 貴様ら、どこの組織だ! ヴォルグ如きに、これほどの兵装を融通した黒幕は誰だ!」


 バルトスが幹部の一人の胸ぐらを掴み上げ、激しく揺さぶる。だが、捕らえられた男たちは口を真一文字に結び、冷笑を浮かべるだけだった。


「……フン、騎士風情が。いくら叩こうが、我らが口を割ると思うなよ」


「貴様……! ならば騎士団の地下牢で、たっぷり時間をかけて思い出させてくれるわ!」


 バルトスが激昂して剣の柄で男を殴りつけようとするのを、カイルが慌てて止めた。


「待て待て、バルトス様! こいつら、ただのゴロツキじゃねえ。訓練された『プロ』だ。ヘタをすれば舌を噛み切られちまうぞ」


「……カイルの言う通りよ。一度引き上げましょう。情報を引き出すなら、もっと確実な場所でね」


 リンが周囲を警戒しながら提案する。私はそのやり取りを、少し離れた影から冷めた目で見ていた。

 私は、バルトスたちが捕虜を引きずりながら撤収を始めるのを確認すると、一足先に夜の闇へと溶け込んだ。


(……掃除しきれなかったゴミが残ったわね。……あーあ、今夜も美味しいおやつはお預けかしら)


 私は黒猫の姿に戻る準備をしながら、新都市の灯りを目指して駆け出した。

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