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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第52話:サンドボックスと特権アカウント

「……よし、パッチのビルド完了。あとはこれを、いかに『現場』にデプロイするかだな」


 俺は『怠惰の玉座』でポテチを齧りながら、モニターに表示された「旧市街統合計画案」を眺めていた。

 外では、ガラムたちが作り上げた新都市が完璧に稼働している。だが、システムの影に潜む「未登録ユーザー」を放置すれば、いずれ致命的なシステムダウンを引き起こす。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴る。案の定、胃を押さえながらやってきたグスタフと、フルプレートでやる気満々のバルトスだ。


「ゼクトさん……あの、旧市街の件、何か妙案はありましたでしょうか?」

「ゼクト様! いつでも騎士団を突入させる準備はできております!」


「バルトスさん、暴力は一番コストが高い解決策だよ。……グスタフ、これを見て」


 俺はリビングのモニターに、旧市街を二つの色で塗り分けたマップを表示した。


「まずは、カルドス民族の件だ。……彼らには、石碑の周りを『歴史保護聖域』として永久に開放する。土地の所有権はフェルゼン領にあるが、管理権は彼らに『特権管理者』として委託するんだ。そして歴史保護聖域には『博物館』を建設する」


「博物館……ですか」


「そう、博物館。歴史民俗資料館だね。カルドス民族の代表者は『館長』ってところだ。石碑の他にも、フェルゼンの歴史に関するものを資料として展示する。フェルゼンの歴史を学んだ後には、二階のテラスからカルドス民族の神秘的な礼拝を眺めることができる唯一の場所にするんだ」


「なるほど……。確かに、我が領主邸の地下倉庫には、歴代領主が収集したものの使い道に困っていた古文書や先代の甲冑、魔法具の数々が眠っております。あそこなら、それらを展示するのに相応しい格調高い空間になるでしょう」


 グスタフは顎をさすりながら、急速にイメージを膨らませているようだ。


「ところでグスタフ、新都市ができてから他領からの人の行き来はどうだい?」


「ええ、それはもう上々です。整備された石畳の道と魔法の噴水を見ようと、近隣の領地から多くの商人が押し寄せていますよ。彼らは皆、『フェルゼンは奇跡の街だ』と驚嘆して帰っていきます」


「よし。なら話は早い。その商人たちがフェルゼンの良さを他領に伝えてくれれば、次は商売目的じゃない『観光客』がやってくる。彼らにとって、カルドスの『神秘的な礼拝』は絶好の観光資源になるはずだ。当然、入館料はしっかり徴収する。その一部をカルドス民族に還元してやれば、彼らも聖域を守りながら生活を安定させられるだろ」


「……排斥するのではなく、彼らの存在そのものをフェルゼンの価値に変えてしまうのですね。……驚きました」


「次に、ヴォルグたちの『闇市』と『娼館』だ。闇市は新たに『免税店』として営業させる。フェルゼンを訪れた商人や観光客相手の店だ。ただし、エリア外や領民相手の営業は禁止する。……そして『娼館』は公認しよう」


 グスタフが椅子から転げ落ちそうになるほど目を見開いた。

「娼館を公認するのですか!?」


「今まで禁止していても、隠れて営業していたわけなんだろう?公認しようがしまいが、実態は同じだよ。グスタフ、この手の人間の欲望ってやつは、歴史上どの時代にも必ず存在する『必要悪』なんだ。無理に消そうとすれば、より見えにくい場所で深刻なバグ……病気や犯罪の温床になるだけだ」


 俺はコーラを一口飲み、淡々と続けた。


「それならいっそのこと、いかがわしいエリアごと華やかに飾り立てて、フェルゼン名物の『ナイトスポット』にしてしまえばいい。公認する代わりに、衛生管理と治安維持の義務を負わせ、法外な税金を取る。ヴォルグたちも、堂々と商売ができるライセンスが得られるなら喜んで従うはずだ」


「……娼館に関してはわかりました。しかし『免税店』というのはどういったものなのですか?」


「フェルゼンを訪れた者には、入領時に『仮の身分証』を発行するんだ。そして旧市街のあのエリア内だけで、『仮の身分証』を持った旅行者たちだけに管理板を通さない『非公式の自由な取引』を認めてやる。これが免税のロジックだ」


 俺はモニターに表示された「旧市街統合計画案」を指差した。


「さらに、免税店には『出領手続き所』も設置する。旅の最後に、領外へ出るための手続きを待つ間、土産物をどっさり買わせる動線を作るんだ。スリルある闇市の雰囲気の中、一番財布の紐が緩むタイミングを狙い撃ちにして、最後にガッツリ外貨を落としていってもらうわけだよ」


「必要悪を管理下に置き、街の魅力に変える……。隠すよりも、光の下に晒してコントロールする方が合理的というわけですか。……闇を売るだけでなく、そのまま領外へ流す動線まで……。恐れ入りました」


「ゼクト様……。武力ではなく、相手の『誇り』と『利権』をコントロールすることで調伏する……。まさに、神の如き手腕……!」


「……バルトスさん、だから神じゃないって。ただのユーザー管理だってば」


 俺はコーラを飲み干した。


「グスタフ、ヴォルグとカルドス族の長と会って。交渉の台詞は、任せる。領主の言葉として伝えてやれ」


「……分かりました。私が責任を持って流し込みます」


 グスタフたちが決意を胸に抱いてリビングを後にした。


「……ミャウ(……あんた、本当にエグいわね。相手を救うふりをして、街の歯車に組み込んじゃうんだから)」


 膝の上で、たまがどこか感心したような、それでいて呆れたような声で鳴いた。


「たま、これが『共存』だよ。みんながそれぞれ自分の利益を最大化しようとすれば、結果としてシステムが安定する。それが一番、俺の安眠を妨げない方法なんだ」


 フェルゼン新都市、バージョン1.2。

 『マイノリティ・パッチ』の適用テストが開始された。


 これで旧市街問題がまとまれば、俺は今度こそ、誰にも邪魔されずに最新のゲーム……じゃなかった、都市の保守運用に専念できるはずだ。


 ……まあ、往々にして、パッチの適用中には予想外の「競合コンフリクト」が起きるものなんだけどね。


「……ま、その時はその時だ。……ポテチ、もう一袋開けるか」


 俺は怠惰の玉座に極限まで深く沈み込み、午後のまどろみへと逃避することにした。

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