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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第51話:旧サーバーの住人と、地球の「デバッグ」記録

 玄関のドアが閉まり、グスタフの足音が遠ざかっていく。

 俺は『怠惰の玉座』に深く沈み込み、半分ぬるくなったコーラを一口啜った。


「……ふぅ。一難去って、また一難か。いや、これは『バグの放置』が招いた当然の帰結だな」


 俺は玉座から這い出し、書斎へと向かった。移動距離わずか数メートル。だが、俺にとっては「現場百回」に匹敵する重労働だ。PCの電源を入れ、トリプルモニターが青白い光を放つのを確認する。


 さて、情報を整理しよう。旧市街に立てこもっている「バグ」は二種類だ。


 まずは、ヴォルグ率いる『闇の集団』。

 あいつらが新都市を拒む理由は明白だ。俺が導入した『取引管理記録板(A/A'・B/B')』。あのシステムが、連中にとっての「最凶のセキュリティパッチ」になってしまった。


(不透明なマージンを抜いて、裏帳簿で私腹を肥やす。そんなことが、取引ログを強制同期される環境でできるわけがない。管理板を持てば、即座に足がつくしな。だから奴らは、規律の届かない旧市街に逃げ込み、井戸水という独立した電源で生きていく道を選んだわけだ)


 典型的な、管理外システムの温床だ。


 そしてもう一つ。三百年前の開拓民の末裔、『カルドス民族』。

 こっちはさらに厄介だ。

(あの『誓いの楔』という石碑……。彼らにとって、あの石碑こそが自分たちの存在意義を定義する根源なんだな。新都市がどれだけ便利で快適だろうが、そんなスペック比較じゃ彼らの想いは書き換えられない)


 俺はキーボードを叩き、地球の歴史アーカイブにアクセスした。

 こういう時、数千年の「失敗と成功の記録」が手元にあるのは強すぎる。


(よし、まずは『無法地帯の取り込み方』からだ。……九龍城砦、コロンビアのメデジン……。それから、シンガポールのゲイラン……)


 モニターに膨大な資料が表示される。

 かつての香港に存在した九龍城砦。そこはどこの主権も及ばない「暗黒の街」だった。だが、最終的には代替住居の提供と、何より「そこがもはや維持できない」という物理的な断絶で解決された。


 だが、力ずくの排除は最悪の代償を生む。俺が注目したのはシンガポールのゲイラン地区だ。あそこは、あえて特定のエリアだけグレーな商売を公認し、その代わり、徹底的に政府の管理下に置いている。不潔なものは一箇所にまとめて、フィルターを通す……。これだ。ヴォルグたちには、新都市内に『隔離された実行環境』を与えてやればいいだろう。


 俺はコーラをゴクリと飲み、次のタブに切り替えた。

 ――『民族と聖地の共生問題』。


(カルドス民族の件は……オーストラリアのエアーズロックのモデルが使えるな。あるいは、ベルファストのピース・ラインの失敗から学ぶか)


 オーストラリアのウルル(エアーズロック)。かつては観光客が勝手に登っていた聖地だが、現在は「土地の所有権は国にあるが、聖地としての管理権は先住民アナングに永久委託」という形をとっている。


「これだ。場所というポインタを動かさず、周囲を『歴史保護区』として定義する。そして、彼らをその区画の『特権管理者』として公式に任命する。……名誉という名の旗を立ててやれば、彼らは新都市という大きなシステムの一部として共生することを受け入れるはずだ」


 俺の指先が、光り輝くキーボードの上を踊る。

 地政学、経済学、そしてシステム管理の論理。

 

「ふふん、いい感じだ。闇市連中には『営業ライセンス』という名の飴を与え、歴史守護者には『聖域管理者』という名の役職を与える。……どっちも感情論で殴り合うより、ずっと安上がりでスマートだろ?」


「……さーて、ロジックは固まった。次は、この修正パッチを現場で流し込む指示書を作るか……」


 そうしてキーボードを叩き始めたときに、ふと新しい考えが浮かんできた。


(……そうだな。『隔離』するだけじゃもったいない。どうせ残すなら、こいつらを街の『キラーコンテンツ』に変換できないか?)


 俺が検索したのは、オランダのアムステルダム――『飾り窓』の地区だ。

 かつてそこは治安の悪い吹き溜まりだったが、行政があえて特定の区画でグレーな商売を公認し、厳格に管理することで、世界有数の「観光資源」へと変貌させた。

 

 (……これだ。隠すんじゃない。枠をはめて、ショーにする。さらに、空港の『免税店』のロジックも組み込もう)


 闇市を、単なる非合法な場所ではなく、「出領前提の買い物には税金が掛からない場所」として提供しよう。管理板を通さない代わりに、出領前に、ガッチリ外貨をフェルゼンに落としていってもらおう。フェルゼン入領時に仮の身分証を発行しておいて、闇市ではそれがないと買い物ができなくする。闇市で出領手続きもできるようにしておけば最後にお土産でも買って帰るだろう。


 そしてカルドス民族。

 彼らの聖域は、そのまま『生きた博物館』にすればいい。石碑の他にもそれっぽく展示しておく。展示の後はメインイベントだ。テラスから広場で行われているカルドス民族の神秘的な礼拝を見られる貴重な場所だ。


「ふふん。闇市は『免税特区』、聖域は『歴史文化遺産』。……バグを消す代わりに、有料の『追加コンテンツ』として再起動させる。これなら領主の懐も潤うし、俺の睡眠も守られるだろ?なぁ、たま」


「ナァ(……あんた、また悪い顔してるわよ。悪徳プロデューサーみたい)」


 たまが俺の足元で尻尾をパタパタさせている。


 俺はモニターの中で形になり始めた『フェルゼンOS 1.2 観光・統合仕様書』を眺め、新しいコーラを開けた。

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