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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第50話:デリートされないレガシーバグ

 ――午後二時。

 俺は『怠惰の玉座』に深く背を預け、ポテチの袋を抱えながらモニターを見据えていた。

 

「……ふむ。やっぱり上空からの眺めは最高だな」


 ドローンが映し出す新都市フェルゼン。

 メイン通りの主要な二箇所の交差点には、ガラム親方が意地で仕上げた白亜の『ラウンドアバウト』が、精密な歯車のように鎮座している。その上空を優雅に跨ぐ『フェルゼン・クロスブリッジ(歩道橋)』は、もはや単なるインフラではなく、街を彩る美しい装飾品のようだった。


 馬車は円環に沿って滑らかに流れ、歩行者は空を歩くように安全に道を渡る。

 俺が徹夜で引いた『仕様書』が、バグ一つなく現実の物理空間にデプロイされている光景。エンジニアとして、これ以上の快感はない。


「たま、見てろよ。これが『秩序』だ。無駄なフリーズも、クラッシュもない。世界はこうあるべきなんだ」


「ナァ(……随分と壮大ね)」


 膝の上で丸まっていたたまが、大きく欠伸をした。

 俺は鼻歌まじりにコントローラーのスティックを倒し、ふと思いついてドローンを西の方角――解体予定の『旧市街』へと向けた。


 新都市の輝きから取り残された、煤けたレンガと崩れかけた屋根。

 全住民の移転は完了し、あとはゴーレムで一気に更地にするだけの、空のディレクトリのはずだった。


 だが、モニターの端に、細い煙が立ち上るのが見えた。


「……ん?」


 デジタルズームを最大まで引き上げる。4Kの超高解像度が、廃屋の影に隠れた「動き」を鮮明に捉えた。

 路地裏で洗濯物を干す女。焚き火を囲んで怪しげな取引をする男たち。そして、古い石碑の周りに座り込み、武器を抱えて祈りを捧げる老人たちの集団。


「……はぁ? なんだよこれ」


 俺はポテチの袋を置き、眉を顰めた。


「仕様書には『全住民を新都市へ移設完了後、旧市街を完全解体』って書いたよな。……なんでまだ住民が残ってるんだよ」


 俺は即座に、玉座の横に置いてあったトランシーバーを掴んだ。


「バルトスさん、聞こえるかい? ……ああ、忙しいところ悪いね。グスタフに伝えて。……『時間ができたら、至急うちに来るように』って」


『はっ! ゼクト様! 直ちに領主閣下へお伝えいたします! ……もしや、新たな神託でございますか!?』


「……そんな大層なもんじゃないよ。ただの確認だ」


 バルトスの過剰な反応を無視して通信を切る。

 ――それから三十分も経たないうちに、玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。


「ゼ、ゼクトさん! 申し訳ございません! 遅れました!」


 リビングに飛び込んできたグスタフは、肩で息をしながら、今にも土下座しそうな勢いで頭を下げた。


「……早いね。そんなに慌てなくていいって。座りなよ」


 俺はソファを指差し、自分は玉座に座ったまま、大型モニターにドローンが捉えた「旧市街の残留者」の静止画を大写しにした。


「グスタフ。これ、何? ……この間、『全住民の移住が完了した』って、言ってたよね?」


 俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。

 かつて、完了報告の出たプログラムに致命的なバグを見つけた時の、あの乾いた怒りだ。


「あ、あの……それは……」


「仕様書に書いたはずだよ。『旧市街は全入居完了をもってデリート対象とする』と。残留データが残ったまま解体するわけにはいかないだろ。……なんで彼らは、あそこにいるんだ?」


 グスタフは額の汗を拭い、声を震わせた。


「……申し訳ございません。正確には、『市民登録されている住民』の移転は、間違いなく完了しております。……ですが、あの者たちは……そもそも、フェルゼンの住民名簿に存在しない者たちなのです」


「住民名簿にない?」


「はい。一つは、新都市の『清潔な規律』を嫌い、闇から闇へと逃げ回る集団。娼館や闇市、博打打ちといった、影の商売で生きてきた者たちです。彼らは管理板による監視を恐れ、あえて解体寸前の廃屋へ潜り込みました」


(……なるほど、非正規ユーザーか。システムの監視が届かない未割り当て領域に逃げ込んだわけだ)


「そして、もう一つは……フェルゼンに古くから入植している少数民族の末裔たちです。彼らにとって、旧市街にあるあの古い石碑は、数百年続く誇りと歴史の象徴。新都市がいかに便利だろうと、『先祖の土地を捨てることはできない』と、武力行使も辞さない構えで座り込んでおります……」


(……こっちは思想的なレガシー問題か。物理的な利便性では解決できない、根深いコンフリクト……)


 俺は深く、深いため息をついた。


「……まぁ、終わったことはいい。あんたを今更責めても、街は更地にならないからな」


「ゼ、ゼクトさん……」


「切り替えよう。早急に対処が必要だ。……グスタフ、旧市街をそのままにしておけば、そこは必ずスラム化する。新都市の秩序を蝕む『ウイルス』の温床になるんだ。放置はできない」


 グスタフはがっくりとうなだれたままだが、今はまず情報が欲しい。


「グスタフ、教えてくれ。その『闇の集団』と『歴史の守護者』……具体的に、どんな奴らなのか。……俺が、そいつらを納得させる『修正パッチ』を書くための、詳細なデータが必要だ」


 こうして、フェルゼン新都市における最大の「デバッグ作業」が、幕を開けた。

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