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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第三章:怠惰の秩序

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第49話:未来の縮尺と空を歩く街

 午前十時。

 予定通り、リビングのインターホンが鳴った。モニターには、いつものフル装備のバルトス、領主のグスタフ、魔道士のエリシュア、そして岩石のような体躯のガラム親方の四人が映っていた。


 俺は『怠惰の玉座』に座ったまま、玄関のロックを遠隔で解除した。


「失礼いたします、ゼクト様!」


 リビングに入ってくるなり、一同の視線はテーブルの中央に釘付けになった。昨日、三時間以上かけて出力したラウンドアバウトと標識のフルカラー・モックアップだ。


「……なんだ、これは」


 真っ先に声を上げたのはガラムだった。彼は膝をつくようにしてテーブルに顔を近づけ、震える指先で模型をなぞろうとした。


「石じゃない。木でもねえ。だが、この滑らかな肌触りと、一切の狂いがない造形……。ゼクトさん、あんた一夜にして『街の魂』を切り出してきたのかい?」


「いや、ただのサンプル模型だよ。樹脂……まあ、特殊な素材を積み上げて作ってある」


 エリシュアは、芝生のグリーンや標識のレッドの鮮やかさに、目を輝かせている。

「なんて可愛らしい色使い……! ゼクト様、これ、魔法で着色したのではないのですか? 魔力の残滓が一切感じられませんが……」


「魔法じゃない。ただの科学……いや、俺の故郷の技術だ」


 俺はコーラを一口飲み、本題に入った。


「さて、昨日バルトスさんには伝えているんだけど、交差点での事故を限りなくゼロに近づけよう」


 グスタフが首を傾げて模型を見ながら話し始めた。

「ゼロにですか?しかしバルトスたちから新都市における事故は90%近く削減されていると聞いておりますが……これ以上となるとなかなか難しいのではないかと……」


「なら、これを見て。これが答えだ」


 グスタフを遮るようにそう言うと、俺は小さな荷馬車の模型(これも昨日出力した)を指でつまみ、ラウンドアバウトの入り口に置いた。


「名前は『ラウンドアバウト』。環状交差点だ。……いいかい、まずルールその一。この交差点に入る馬車は、すべて『時計回り』に進む。逆走は絶対に禁止だ」


 俺は指で模型をくるりと回す。


「ルールその二。優先されるのは『円の中に既にいる馬車』だ。新しく入ろうとする馬車は、円の中の流れが切れるまで、入り口で必ず一時停止して待つ。……ガラムさん、この入り口の角度を見て。直角じゃないだろ?」


「……ああ。緩やかに曲がって円に合流するようになってるな。これじゃあ、速度を出したまま突っ込むのは無理だ」


「その通り。構造上、速度を落とさざるを得ない。だから激しい衝突事故は起きない。……そして、ルールその三。円から出る時の合図だ」


 俺は出力しておいた、小さな赤と白の旗を御者の模型に持たせた。


「この世界にはウインカーがないから、御者に『旗』を持たせる。円から出る時は、左側に旗を立てる。逆に円を回り続ける間は、旗を立てない。……この『フラグ管理』を徹底すれば、後ろの馬車は前の奴がどこで出るか一目でわかる」


 リビングに静寂が流れた。

 一同は、俺が動かす模型の動きを、まるでお伽話でも聞くような真剣な眼差しで追いかけていた。


「……なるほど、道の『形』そのもので意志を統一する……。なんと洗練された思想だ」


(……そうだろう。信号機しか無い日本で育った俺も、初めて知ったときは同じようなことを思ったもんな)


 グスタフは感嘆の声を漏らしたが、ガラムはまだ納得していない様子で模型の隅々を睨んでいた。


「……ゼクトさん。馬車のルールはわかった。だが、歩いてる連中はどうすりゃいい? この円の周りは馬車がひっきりなしに通るんだろ。年寄りやガキが道を渡る隙がねえぜ」


「いい質問だね、ガラムさん。……歩行者は、そもそも馬車と同じ地面を歩かない」


 俺はピンセットで、テーブルの脇に置いていた「X字型の美しい石造り風アーチ」の模型を掴み、ラウンドアバウトの上にカチッとはめ込んだ。


「名前は『歩道橋』。交通の完全な分離……つまり、立体交差だ」


「なっ……!?」


「歩行者はこの階段を上がり、馬車の上を通り過ぎて向こう側へ渡る。馬車と人間が同じ『面』を共有しなければいいんだ。一億回試行しても、人と馬車の衝突はゼロだ。……ガラムさん。この四方の角から中心で繋がるアーチ、あんたの技術なら、フェルゼンの象徴になるような最高のデザインで造れるだろ?」


「あとガラムさん。この橋の階段は、この模型の倍くらい長く取って、一段一段をなだらかにしてほしい。階段の横にはスロープもあったほうがいいかな。お年寄りや、荷物を持った人が息を切らさずに登れるように。……急な階段は、それ自体がバグ……事故の元だからね」


 ガラムの目が、職人特有の鋭い光を帯びた。

「……全くだ。馬車の上を跨ぐ橋、しかも年寄りに優しいなだらかなアーチか。造る価値がある。フェルゼンの民が誇りに思うような、世界一堅牢で美しい架け橋を削り出してやるよ」


「ゼクト様……」

 エリシュアがうっとりと模型を見つめた。

「橋の欄干に夜光石を埋め込めば、夜空を渡る光の道のようになりますわね。私の美しさが……」


「いいんじゃない。視認性の向上にもなるし」


 エリシュアを適当にあしらってから、俺はバルトスに向き直った。


「……あ、バルトスさん、この旗のルール、騎士団で徹底させて。まずは手本を見せないと住民は動かないから」


「ははっ!! 承知いたしました! 明日より全騎士、訓練時にこの『聖なる旗』を掲げ、円環の規律を身に刻みます!」


(いや、聖なる旗とかじゃないんだけど……まあいいか)


 一通り説明を終えると、一同は満足げに(そしてやる気に満ち溢れて)帰っていった。

 嵐が去った後のリビングで、俺は再び『怠惰の玉座』に深く沈み込んだ。


「……ふぅ。これでしばらくは静かになるかな」


 膝の上には、いつの間にか窓から戻ってきたたまが飛び乗っていた。


「ミャウ(……お疲れ様。いい仕事だったわよ)」


「たま、どこいってたんだよ。……まあ、これでお前も安心して街を散歩できるようになったはずだ」


 俺はたまの顎の下を撫でながら、役目を終えた模型たちを眺めた。

 

 二億Lポイント。

 五千万ポイントの玉座に、二百五十万ポイントのプリンター。

 

(……ポイントの使い道、間違ってないな。うん、これも全部、俺が二度と玉座から立たなくて済むための、先行投資だ)


 夕日に照らされたフェルゼンの中心地では、ガラムたちがさっそく地面に巨大な「円」を描き始めている。


 フェルゼン新都市、バージョン1.1。

 『交通規則パッチ』のインストール完了。

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