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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第二章:怠惰の辺境

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第42話:トランザクションの正義、あるいは減税の魔術


 日本でマイナンバーカードが不評だったのは、住民側の実利が薄い一方で、管理側の「お上の都合」ばかりが透けて見えたからだ。人は、一方的に管理されることを本能的に嫌う。


(……現代日本なんて、実質的には『五公五民』なんて揶揄されるほどの負担だったからな。所得税に住民税、さらには社会保険料。手元に残った金で買い物をすれば消費税が追い打ちをかける。稼ぎの半分近くを吸い上げられているわりには恩恵を感じない)


 そんな事を考えていると、今日もグスタフとエリシュアがやってきた。二人の顔が少し芳しくない。


「ゼクトさん……管理板の作成は進んでいますが、管理板のことを説明された住民たちが懐疑的です。『自由が奪われる』『お上に監視される』と。」


「無理もありませんね」

 と、エリシュアも肩を落とす。

「せっかくの私の自信作なのに、『呪いの板』なんて呼ぶ人までいて……」


「……実際のところ、どうなのです? この板で、……例えば、すべての貨幣の動きを監視するつもりなんですか?」


「そんなわけないだろう、面倒くさい」


 グスタフにそう答えると俺はソファに深く沈み込み、エリシュアに向き直った。

「エリシュア。その魔導板、同期はできるけど、自動で複雑な足し算や引き算をする『演算機能』は、積んでないんだよね?」


「え、ええ。文字や数値をそのまま映すことはできますが……」


「エリシュア、商店用に『取引管理記録板』を作ってほしい。構成はこうだ。いいかい?」


 俺はテーブルに図を描き出した。


「まず、商店側の板に日毎の売上を記録する【管理板A】を作る。これは役所の【写しA'】にリアルタイムで同期させる。これが第一層だ。……グスタフ、この国では納税のタイミングはどうなってる?」


「はい、毎月一度、15日までに前月分を納めるようになっています。それが一般的な徴税の期限です」


「よし、なら第二層だ。月毎の売上を記録する【管理板B】を作る。これも役所の【写しB'】と同期させる。商店はこの【B】の数字に基づいて納税を行うんだ」


「なるほど……。ですがゼクトさん」


 エリシュアが首を傾げる。


「それこそ店主たちが嫌がりますわ。売上が筒抜けになるんですもの」


「そう、だから、飴をやるんだ。……グスタフ、この記録板を導入する代わりに、今の『人頭税』……住んでいるだけで取る税を『十分の一』まで下げよう。さらに、今までの売上税も減税だ」


「じ、十分の一!? それでは領の予算が……!」


「いいかい、グスタフ。税金は高すぎても良くないんだ。この辺境で、新都市を建設できるほどの資金が蓄積されていたってことは、これまでの税率が高すぎた証拠だよ。金は溜め込むもんじゃない、回してこそ価値が出る。不足分は、経済を回して稼げばいい。目指すのは『商業都市』だ」


「……商業都市、ですか」


「そう。税を安くして人を呼び、取引の回数を増やす。……グスタフ、砂漠の中に突如現れて世界一の富を集めた街の話があるんだ。 そこはね、所得税や人頭税を極限まで無くして、世界中の商人や金持ちを呼び寄せたんだ。人が集まり、物が入れば、街は勝手に潤うんだよ」


 グスタフは絶句し、震える声で問い返した。

「所得税も人頭税もなしに、世界一の富を……? ゼクトさん、そんな夢のような話が、本当にあるのですか……?」


「ああ、あったんだよ。……フェルゼンもそれをやる。人から取るんじゃなく、『取引』から薄く広く取るんだ」


 グスタフはまだ信じられないといった様子だが、実務的な懸念を口にした。

「……理屈はわかりました。ですが、数多ある商店の集計を役所で行うとなると、どれだけの文官が必要になるか……」


「役所では基本的に『何もしない』よ」


「……はい?」


「役所にある取引管理記録板の写しは、普段は放置だ。ただ、それがあるという事実が『いつでも見られる』というプレッシャーを商人に与える。……その代わり、時々『監査』を入れるんだ」


 グスタフが身を乗り出した。

「……監査、ですか?」


「うん。例えば、仕入れの量と、報告されている売上のバランスが明らかに崩れている店とか、商店の規模や客の流れかから考えて「怪しい」店には役人が行って調査をする。怪しくなくても数年に一回ぐらいは調査したほうがいいかもしれないね。管理板にちゃんと記録しているかを確認するんだ。……いいかい、グスタフ。管理コストを最小限にするコツは、『完璧な監視』じゃなく『効果的な監査』なんだ」


 俺はコーラを一口飲み、冷徹に言い放った。


「それと不正が発覚した際のペナルティを、絶望的なまでに重くしよう。修正申告なんて生易しいもんじゃない。悪質な場合は全財産没収の上、領外追放だ。罪と罰をトレードオフにするんじゃなく、罰を思いっきり重くすればいい。……『バレたら人生終了、割に合わない』。そう思わせれば、合理的な商人はコストをかけてまで脱税しなくなるよ」


 グスタフが息を呑んだ。

 完璧を求めず、一部の「重罰」によって全体を律する。管理の手間を極限まで削りつつ、抑止力を最大化する。まさに不信の最適化だ。


「さらに、管理板には『実利』を紐付けよう。個人にも法人、じゃなくて商店にもね。……納税を済ませた者の板には、役所の複製板から『納税済みフラグ』を同期させるんだ。このフラグが点灯していないと、新都市の『水道』が使えない。一部の公共施設も使えなくなる。税金を、奪われる金ではなく、街というシステムの『ライセンス料』にしてしまおう」


「ライセンス料……ですか?」


「そう。そうすれば住民にとって、この板は『監視の道具』から『豊かな生活へのパスポート』に変わる。……どうかな?」


 グスタフは腕を組み、深く、深く考え込んだ。

 そして、最後には納得したような顔で頷いた。


「……既存の重税を切り捨て、申告制と重罰、そしてサービスとの紐付け。承知しました。直ちにこの新税制を布告します」


「ふふん、任せてください! 板の隅っこに小さな『納税マーク』を浮かせる術式、すぐに組み込みます!」


 エリシュアは、もはや自撮りに夢中な少女ではなく、国家の基幹システムを担うエンジニアの顔になっている。


 俺はソファに沈み込み、満足げにコーラを一口飲んだ。

 窓の外、夕日に照らされた新都市は、いよいよその「知識の血流」を動かそうとしていた。

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