第41話:異世界OS、マイナンバーを超える
モニターにはドローンが捉えた「新フェルゼン」の航空写真。整然と区画整理された街並みを見ていると、ふと、ある「設計思想」が頭をもたげた。
(……今ならできる。いや、今しかないんだよな。個人情報のID管理)
俺は空になったグラスを見つめ、考える。
日本でマイナンバーカードの導入が遅々として進まないのは、明治以来の『戸籍』っていう巨大なレガシーシステムが根を張っているからだ。既存のデータベースを統合するのは、稼働中の古いプログラムを書き換えるより何倍もコストがかかるし、何より政治的に面倒くさい。
(だが、ここは異世界の新都市だ。過去のしがらみが一切ない、まっさらなグリーンフィールド。ここで『住民ID』と『住所ID』を完全に一対一で当てはめれば、現代日本さえ飛び越えた究極の管理システムが完成する。俺が将来、事務的なミスや『住所不定』のトラブルで安眠を妨げられないために!)
住所も「パン屋の角」なんて曖昧なものじゃない。街をブロック単位で分割した、直感的に場所がわかる座標システムを導入するんだ。
そんな「異世界OS」の仕様を独りで練り始めた、その時だった。
ピンポーン。
インターホンに映ったのは、グスタフと、そしてやたらと気合の入ったドヤ顔のエリシュアだ。手には俺が貸したデジカメを、まるで聖遺物のように大事そうに抱えている。
「ゼクトさん! 工事の進捗、バッチリ撮ってきましたよ!」
「ゼクト様! 見てください、今日の私の……じゃなくて、現場の輝きを!」
招き入れるなり、エリシュアがカメラの背面モニターを押し付けてくる。チラッと見えたのは、逆光の中で魔法の杖を掲げる彼女のドアップだった。
(……九割は自撮りだな。今はそんなナルシストな進捗報告をチェックしている暇はないんだ)
「エリシュア、カメラは後でいいから。今は二人に相談したいことがあるんだ。……座って」
俺はテーブルに、数字と格子模様が描かれた図面を広げた。
「住民一人に一つの固有番号。そして家一軒に一つの座標番号。これらを紐付けるだけで、誰がどこで何をしているか、データ上で確定させる。管理の裏側はすべてこの『数字』で回したいんだよ。でも、これを管理する方法が重要なんだ。いい方法ないかな?」
グスタフが眉をひそめて図面を覗き込む。
「……人を番号で、土地を座標で定義するのですか。理屈はわかりますが、その都度数千人の番号を探すのは、相当な手間になりませんか?」
「そうなんだ。管理する方法がないと意味がないんだよね……」
「……」
「……」
沈黙の中、指を顎に当てて考えていたエリシュアが、おずおずと手を挙げた。
「……あの、グスタフ様。私たちが連絡用に使っている『共鳴魔導板』。あれを使えば、なんとかなりませんか?」
「うん? 共鳴魔導板? ……ああ、あの報告用の金属板か。あれを使うのか?」
グスタフが聞き返すと、エリシュアの顔つきが、ナルシストな少女から「開発者」のそれに変わった。
「はい! グスタフ様には便利だからとお渡ししていましたが……あれ、実は私が学院時代に開発した術式なんです。同じ波長を持つ金属板同士で、文字や魔力情報を『完全に同期』させる……。距離に関係なく、一方が書き変わればもう一方も瞬時に書き変わる。これを応用すれば……」
「……待て。書き変わる? 『同期』だって?」
俺はソファから身を乗り出した。
(それって……通信回線とサーバーを介さずにデータを同期させる「超高性能な分散型データベース」じゃないか。)
「エリシュア、その板、個人用のIDカードにできないか?」
「できます! 個人個人に小さな『魔導管理板』を持たせるんです。そこに住民IDと住所を魔力で刻み込む。で、役所側にも全く同じ魔力波長を持つの『複製板』を保管しておくんです!」
「なるほど……。なら、本人が引っ越しなどで住所を書き換えたら?」
「はい! 本人が自分の板を更新すれば、役所の複製板も共鳴して自動的に書き換わります! 役人が帳簿を書き写す必要も、本人が役所へ出向く必要すらありません!」
「……マジか。それ、生体認証付きのリアルタイム同期デバイスじゃないか。エリシュア、それってとんでもない代物だよ」
俺は戦慄した。現代日本が「クラウドだ」「セキュリティだ」と数千億かけて迷走しているインフラを、彼女は学生時代の趣味?で完成させていた。
(凄いな、異世界魔法。というか、エリシュア……ただのナルシー映りたがり女子じゃないな。実はめちゃくちゃハイスペックじゃないか……!)
「よし、その『共鳴魔導板』をフェルゼンの社会OSの核にしよう。エリシュア。最高だよ。……よし、少し待ってて」
俺はカメラを受け取ると、書斎のフォトプリンターに繋いだ。大量の「自撮り写真」の中から、奇跡的に現場の壮大さと彼女のキメ顔が完璧に調和した一枚を選び、最高画質でプリントアウトした。
「はい、プレゼント」
「……っ!! な、なんですかこれ! 私が……こんなに綺麗に……! 私の美しさが時を止めて……!!」
エリシュアは写真を胸に抱きしめて小躍りを始めた。
(……魔法ってすごいな。まさか現代社会の課題を、金属板の共鳴で解決しちゃうとは。これこそ異世界のブロックチェーン技術だな)
俺はソファに沈み込み、満足げにコーラを一口飲んだ。
フェルゼンという名のシステムは、今、石と魔法と俺の怠惰を燃料にして、現代地球すら置き去りにした「完璧な起動」を開始しようとしていた。
膝の上で丸まるたまが、満足げに喉を鳴らしていた。




