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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第二章:怠惰の辺境

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第39話:三毛作の校舎

 グラスの中の氷を指先で弄び、涼しげな音を響かせる。

 俺はキンキンに冷えたコーラを一口飲み、ドローンの映像から目を離して、対面に座るグスタフに向き直った。


「給食の件はこれで分かったね。ガラムさんたちにも、調理場の設計を優先するように伝えておいて。……で、肝心の中身の話をしようか」

「中身、ですか? メニューのことでしょうか」

「いや、勉強の方だよ。学校を作るのはいいけど、実際、今のフェルゼンの人たちってどれくらい字が読めるの?」


 俺の問いに、グスタフは少し考え込んでから、話し始めた。


「そうですね……。自分の名前を崩さずに書ける者で言えば三割といったところでしょうか。公的な文書の内容を正確に理解できるとなると、一割を切ります。計算の方も、大きな単位の掛け算となると、一部の商人が秘伝として抱えている状態です」

「一割、か……。思ってたより低いな」


 俺は思わず眉をひそめた。

 一割しかリテラシーがないとなると、俺が将来マニュアルを作って仕事を丸投げしようとしても、教育コストだけで数年かかってしまう。


「グスタフ。文字が読めない、計算ができないってことは、それだけ『騙されやすい』ってことだよ。俺が求めているのは、俺が監視しなくても勝手に正しく回るシステムなんだ。だから、まずは『九九』と『標準文字』を教えよう。識字率を100%にする」


 俺は紙にササッと九九の表を書き出した。

「二かける二は四……っていうショートカットだ。これさえ覚えれば、商人にボラれることもなくなる。国民に『知識』という盾を持たせるんだよ」


「……これを平民全員に教えるというのは、国家機密をバラまくようなものですよ、ゼクトさん!」


 グスタフが身を乗り出して表を凝視する。いや、ただの算数だって。

 だが、俺はそこで一つ、重要なことを思い出した。


「ああ、それと。これからは『ゼロ』もちゃんと教えなきゃな」

「……ゼロ? 何ですか、それは」


 グスタフが首を傾げる。やはり、この世界の算術には「無」を表す記号がないようだ。


「『何もない』という状態を表す数字だよ。空っぽの箱が一つあれば、それは『0』だ。これがあれば、数字の桁の概念が整理されるし、帳簿のズレも一目でわかるようになる」


 俺が紙の端に丸い「0」を描き、その有用性を軽く説明すると、グスタフは雷に打たれたように硬直した。


「『無』を……数字として扱う……? 哲学や宗教の領域ではなく、実務の計算に『無』を組み込むというのですか!? それができれば、これまでの複雑な位取りがすべて過去のものになる……! ゼクトさん、あなたは数学の理さえも書き換えるおつもりか……!」


 いや、ただのプレースホルダーなんだけど。彼の目には、俺が世界の法則を弄んでいるように見えているらしい。これ以上語ると神様扱いに拍車がかかりそうなので、俺は強引に話を戻した。

「ま、それは追々ね。それで、先生はどうしようね」


 グスタフが少し居住まいを正した。

「市民連合の代表に、マルタという女性がいます。彼女は医師でもあり、読み書きや計算も非常に堪能です。先日の会議でも、街の構造による防疫の利点を即座に理解していました。彼女なら適任かと思うのですが、どうでしょう?」


「へぇ、いいじゃない。そのマルタさんにお願いしよう。マルタさんが校長先生だ。……ただ、せっかく先生を雇って建物を建てるんだ。施設の『稼働率』を最大化するスケジュールで行きたい」


「カドウリツ……ですか?」


「午前中は『学校』。子供たちを集めて勉強させて、給食を出す。午後は『診療所』。そのマルタさんに本職の医療活動をしてもらう。『保健室』を作ればいいだろう。そして夜は、再び『学校』。仕事終わりの大人たちのための夜間部だ。ここでも夜食としてスープを出せば、みんな喜んで来るだろう?」


 グスタフが絶句し、その後にブルリと肩を震わせた。


「……一つの建物を、昼は子供の未来のために、午後は病める者のために、夜は無知に抗う大人のために使うというのですか。……なんて合理性だ」


「いや、単に建物を二十四時間のうち数時間しか使わないのがもったいないだけだよ。あと、マルタさんがみんなに『衛生管理』を教えれば、巡り巡って病人が減り、彼女の午後の仕事も楽になるはずだ。一石三鳥だろ?」


 俺としては「予防医学で患者を減らせば、俺への泣き言も減る」という打算なのだが、グスタフは目に涙を浮かべていた。


「……ゼクトさん。マルタは、間違いなく喜んで引き受けるはずです。自分にこれほどの重責を任せてくださるなんて、と。……さっそく、彼女に伝えてみます!」


 グスタフは弾かれたように部屋を飛び出していった。

 ……ふぅ。これで現役世代から子供までリテラシーが上がれば、俺の将来の睡眠時間は劇的に増えるはずだ。


「……にゃあ」


 膝の上のたまが、どこか呆れたような声を上げた。

 なんだよ、たま。俺はいたって真面目に、自分の安眠のために民度の底上げをしてるだけだぞ。


 俺はたまの顎の下を撫でながら、再び4Kモニターに視線を戻した。

 画面の向こう、フェルゼンの広場に、これから「知恵」という名の明かりが灯っていく。

 すべては、俺が静かに眠るため……。

 それと少しだけ、あの人のいい領主のために。

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