第106話:プラットフォームの王道
ガラムとエドモンが、鼻息荒く「ガラ=モン・ファクトリー」の設立趣意書を抱えて飛び出していった翌日の午後だった。
「……ゼクトさん。お忙しいところ申し訳ありません。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
リビングのソファに腰掛けているのは、グスタフ。彼は、まるで難しい講義の後に教授を訪ねてきた学生のような、真剣で、どこか困惑した表情を浮かべていた。
「いいよ、グスタフ。昨日エドモンたちから『宝くじの販売案内』を受け取ったんだろ?」
俺は、冷えたコーラをグスタフの分も用意して差し出した。グスタフは「ありがとうございます」と受け取ると、一口飲んでから、手元の三者出資の提案書をテーブルに広げた。
「……驚きました。エドモン商会長があんなにも興奮して、目を血走らせた姿を見るのは初めてです。彼は『商業ギルドとして出資するのは当然だが、できることなら個人的にも権利を買いたいぐらいだ』と言いながら、私に詰め寄ってきたのですよ。……正直に言って、私にはまだこの『出資』という仕組みの正体が、正確には掴みきれていないんです」
グスタフは、賢明な統治者だ。だからこそ、老獪な商人が「確実な利息」という果実を捨ててまで飛びついた「出資」という概念の裏側にある、巨大な熱量に恐怖を感じているのだろう。俺はストローを噛んで咥えながら、フラットな口調で解説を始めた。
「不安になるのも無理はないかもしれないね。エドモンさんが欲しがっているのは『お金』じゃない。この工場の『未来』そのものだから。融資、つまり借金っていうのは、決まった利子を払いながら、元金を返済したらそれでおしまいだけど、出資は違う。工場の権利を分け与えるってことは、その工場が生み出す富の分け前を永久に受け取る権利を渡すってことだ。エドモンさんは、この工場が将来、利子なんていう端金より遥かに巨大な価値を持つと確信したんだよ」
「……利子という目先の利益ではなく、永久に続く成長の果実を求めた、ということですか。商人の嗅覚がそうさせたのでしょうか」
「そうだね。そんな猛獣たちに勝手なことをさせないための仕組みが、その提案書にある一対一対一の比率なんだ」
グスタフは羊皮紙に記された、権利を三十三・三パーセントずつ三分割するという、奇妙なほど平等な数字を指でなぞった。
「そこが最大の疑問なのです。通常、経営というものは誰かが主導権を持たなければ、物事が決まらずに停滞してしまう。ですが、ゼクトさんはあえて誰にも主導権を与えず、三等分にしました。これでは、何を決めるにも議論が紛糾し、効率が落ちるのではないですか?」
「グスタフ。その通りだよ。このシステムは『効率』を求めてるんじゃなくて、『セキュリティ』……つまり不正防止を優先してデザインされているんだ。誰か一人が五十一パーセントの権利を持った瞬間、その工場はそいつの私物になる。それを防ぐための多重署名構造ってわけだ」
俺はテーブルに三つの円を描き、それぞれの役割を書き込んだ。
「いいかい。職人のガラムさんと、商人のエドモンさんは、現場では必ず対立する。ガラムさんは『もっと良い素材を使いたい、時間をかけたい』と言い、エドモンさんは『コストを削れ、早く売れ』と言う。これは仕様の衝突だ」
「……職人のこだわりと、商人の合理性。確かに、その二人が手を取り合うイメージは湧きませんね」
「そこで、君……領主の出番なんだ。二人の意見が割れた時、君がどちらかの意見に賛同することで『二対一』の多数決が成立する。君が裁定者として機能することで、デッドロックを回避し、常に工場のバランスを保つんだよ」
グスタフは納得したように頷いたが、すぐに何かを察したように俺を見た。
「……なるほど。私がその決定を下す際、当然、私は『技術的な助言』を求めてあなたの元へ来ることになりますね?」
「うん、次の晩餐会までは俺に任せてもらおう。でも、その後はグスタフ……いや、領主が決めるんだよ」
俺はリクライニングを少し倒し、天井を仰ぎ見た。
(……俺がいないと回らないシステムなんて、管理コストが高すぎてごめんだからね。領主という『席』が論理的に判断して運用され続ける……。そんな自律型の分散システムを構築する)
「レオンくんが君の跡を継いで領主になったら、レオンくんが決める。その後も代々受け継がれていく『領主』が判断するべき仕事にするんだ」
「……あなたは、自分を枠組みの外に置くことで、この国に永久に回り続ける『仕組み』を残そうとしているのですね。自らの存在すら、将来的な冗長性の一部として切り捨てるおつもりですか」
「そんなカッコいいもんじゃないよ。ただ、システムが完成した後に俺が呼び出されて、昼寝を邪魔されるのが嫌なだけだよ」
「ナォン(……要するに、究極の放置ゲーム。引きこもりにはぴったりね)」
たまの鳴き声を聞きながら、俺は本題を次のステップへと進めることにした。




