第105話:三権分立の資本論
「ガラ=モン・ファクトリーの設立主意書だがな、ゼクトさん。やはりここは領主様に泣きついて、国家予算……いや、フェルゼン領の公金をドカンと注ぎ込んでもらうのが筋じゃねぇか?」
ガラムが、羊皮紙に書かれた予算案の数字を金槌の柄で叩きながら言った。隣ではエドモンが、これまた仰々しい封蝋の準備をしながら頷いている。
「同感だね。これだけの巨大プロジェクトだ、領主様……グスタフ様に『公共事業』として認めていただくのが最も早い。ギルドとしても、公的な後ろ盾があれば資材の徴用もスムーズにいく」
(……出たよ。何かデカいことをしようとすると、すぐに国費をアテにする。その考え方、OSの設計としては致命的な脆弱性を抱え込むことになるんだよね)
「……ダメだよ。グスタフには一銭も『予算』なんて出させない」
「なっ!?なんでだよ!あいつ……グスタフ様はこのフェルゼンの主だろうが!一番金を持ってる奴から毟り取らねぇで、どうやってこのバカげた規模の工場を建てるんだ!」
ガラムが椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。エドモンも、信じられないものを見るような目で俺を見ている。
「二人とも、いいかい、公共事業っていうのはね、一番『仕様変更』が難しいシステムなんだ。国や領のお金を使った瞬間、この工場には役人がゾロゾロと乗り込んでくることになるよ。ネジの形を変えるたびに書類を十枚書かされて、許可が出るのは一ヶ月後だ。そんなコンパイルのたびに議会の承認が必要なプログラムは開発スピードが死ぬ」
「……役人の介入か。確かに、あのアリのような連中に帳簿を弄り回されるのは、反吐が出るほど非効率だね」
エドモンが嫌そうに顔を顰めた。
「だから、このプロジェクトは基本的には『民間』でやる。ただし、グスタフにも『金』は出してもらおう」
「領主から融資を受けるとなると、その利子の支払いが重荷になるな。軌道に乗るまでのキャッシュフローが……」
「融資は受けないよ。グスタフには出資してもらうんだよ」
「シュッシ……?なんだよ、その耳慣れない言葉は」
「簡単に言えば、この工場の『未来の権利』を売るんだ。初期費用を出す代わりに、将来この工場が生み出す利益の分け前……『配当』を永久に受け取れるチケットを渡す。グスタフ、商業ギルド、そして職人組合。この三者が、全く同じ一対一対一の比率で資金を出し合うんだ」
俺はテーブルに三つの同じ大きさの円を描いた。
「なぜ三等分なのだね?商業ギルドが過半数を持てば、意思決定はより迅速になるはずだが」
(さすが商人だね。さり気なくマジョリティを確保してイニシアチブを奪いに来てる)
「それが危ないんだよ。誰か一人が五十一パーセントの権利を持った瞬間、その工場はそいつの私物になる。商人が持てば現場を搾取し、職人が持てば採算を無視し、領主が持てば独裁が始まる。……だから、三等分して『誰か二人が合意しないと何も決められない』仕組みにするんだ。これを権力の分散管理、あるいはマルチシグって言うんだよ」
ガラムが腕組みをして唸った。
「……つまり、グスタフ様にも金だけ出させて、現場の指揮権は渡さねぇってことか。だが、そんな都合のいい話に領主様が乗るか?利益の三分の一を渡すだけで、口出し無用なんてよ」
「乗るよ。グスタフは賢いからね。何もしなくても国に新しい産業が育ち、税金とは別に『配当金』が勝手に金庫に積み上がる。リスクは三等分で、リターンは自動。領主としては、これ以上コスパの良い投資はないはずだ」
エドモンの目が、計算機のような輝きを帯び始めた。彼は扇子で口元を隠し、低く笑った。
「……面白いね。実体のない『権利』というチケットを売って、他人の金で巨大な生産設備を構築する。そして我々三者が、お互いを監視しながら共生する……。ゼクトさん、君の考え方は、商人の強欲さをシステムで手懐けている。これは……経済という名の新しい宗教だ」
「ナォン(……要するに、あんたが一番楽をするために、三匹の猛獣を同じ檻に入れて喧嘩しないように繋ぎ止めたわけね)」
たまの鳴き声を聞きながら、俺はコーラを飲み干した。
「よし、話は決まりだね。ガラムさんは職人の『技』を。エドモンさんは商人の『金』を。グスタフは領主の『信用』を。それぞれ三等分で持ち寄って、ガラ=モン・ファクトリーを立ち上げる。……あ、俺はいいよ。アドバイザーってことで、何かあった時だけデバッグしてあげるから」
「ふん……。三等分か。気に入らねぇが、この守銭奴と領主様を同時に黙らせるには、それしかねぇか」
「同感だね。では、早速グスタフ様への『投資提案書』を作成するとしよう。これは嘆願書ではなく、成功が約束された宝くじの販売案内だ」
二人は先ほどまでの険悪な雰囲気をどこかへ追いやり、もはや「ガラ=モン」のオーナーとしての顔で、熱心に数字の調整を始めた。
(領主、商人、職人……この三つのセグメントが噛み合えば、勝手に巨大な工業地帯が組み上がっていくはずだ。フェルゼン産業革命計画は、もはや止まらない。この世界初の『企業』の誕生だ)




