第101話:職人の終焉と、設計者の誕生
ガラムが鼻息荒く去っていったその日、俺はすぐに何枚かの設計図を作り上げていた。
それから、ちょうど四日が経った。
「ピン……ポーン……。ピン……ポーン……」
(ガラムさんだな……チャイムまで弱ってるよ。体力ゲージがミリ残り状態の時の通知音になってる)
消え入りそうな音がリビングに響く。俺は膝の上で丸まっていたたまを優しく退けてから、インターホンのモニターを覗き込んだ。そこには、四日間まともに寝ることも忘れて没頭していたのだろう、幽霊のようにやつれた男が立っていた。自慢の髭も心なしかシュンと萎れているように見える。
「……ゼクトさんよ。入らせて、もらうぜ」
リビングに入ってきたガラムの手には、布に包まれた成果物があった。彼はそれを震える手でテーブルに並べる。見た目は見事な定規だ。フェルゼン産の良質な木材を選び抜き、磨き上げられた表面は美しい光沢を放っている。
「……できたのかい、ガラムさん」
「……百個だ。死ぬ気で、それこそ魂を削って作った。……だが、これが限界だ」
俺は見本として渡していた基準器を、ガラムが作った定規の一つに当てる。
「……合わねえんだ」
ガラムが、自嘲気味に吐き捨てた。
「一本を完璧にするのに、数時間……いや、それ以上かかる。そうやって時間をかければ、あんたの注文通りの『正解』に辿り着けるさ。だが、それじゃあ百個なんていつまで経っても終わりゃしねぇ。かといって、少しでも手を早めれば、途端にこれだ。……髪の毛一本分、こっちが長くて、こっちが短い。測れば測るほど、自分の指先の感覚が信じられなくなる。……精度と速度、その両立なんて、俺には逆立ちしたって無理だ。……職人失格だぜ」
ガラムは力なく、ソファに深く沈み込んだ。
(うわぁ、絵に描いたような絶望顔だね。ドワーフのベテラン職人がここまで落ち込む姿なんて、そうそう拝めるもんじゃないよ)
「なあ、ゼクトさん。あんた、トランプのときにはこんな面倒なこと言わなかったじゃねぇか。ありゃあ、エリシュアに魔法で作ってもらっただろ。今回も、魔法でパパッと複製しちまえば済む話じゃねぇのかい」
俺は、ぬるくなったコーラを一口飲んでから、首を振った。
「ガラムさん。トランプはフェルゼンの『特産品』なんだよ。多少値段が高くても、お土産として買って帰る相手の商売だ。だから少しぐらいなら高い値段でも成立する」
「特産品なら魔法を使ってもいいってのか?」
「トランプの場合は、トランプAという一箱と、トランプBという一箱の規格が、少し違っていても問題はないんだよ。その一箱の中にある、五十四枚のカードの規格さえ揃っていればゲームは遊べる。それどころか、セットごとに微妙な個体差があったほうが、別のセットからカードを混ぜるような不正の防止にもなるんだよ」
「……あ、そうか。混ぜられたらすぐバレるってわけか」
「そう。だから、あの時はエリシュアの魔法という技術に任せたんだ。でも、今回は違うんだよ。定規は、庶民が毎日使う『道具』なんだから」
俺は用意していた設計図をガラムの前に広げた。
「Aさんの定規とBさんの定規が違っていたら、建築も商売も成立しなくなる。そして、一番重要なのはコストだよ。いいかい。一つ銅貨数枚で売るような商品に、魔道士の魔力や時間なんて希少なリソースを注ぎ込んで、利益が出るかい?」
「……出ねぇな。定規一本にエリシュアを呼んでたら、白金貨がいくらあっても足りねぇ。大赤字だ」
「その通り。特産品じゃなく日用品を作るなら、極限までコストを削らなきゃいけない。だから『工芸』を捨てて、『生産』に移行するんだ。ガラムさん、あんたにしかできない仕事は、一万個の定規を自分で削ることじゃないよ」
「じゃあ、何をしろってんだ。俺たちは職人だぜ」
「誰が削っても、たとえ昨日雇った素人が作業しても、絶対に同じ寸法になる『型』……つまり『治具』を作るんだよ」
俺は図面の一枚、治具の構造を指し示した。
「職人を一箇所に集めて、工程をバラバラにするんだ。木を切るだけの奴、削るだけの奴、目盛りを刻むだけの奴。それぞれが、ガラムさんの作った『絶対に狂わない治具』に従って、ただ機械的に手を動かす」
「……昨日雇った素人が、俺と同じ精度で仕事をするってのか?そんなの、職人の技を安売りしてるだけじゃねぇか!」
ガラムが、悔しそうに声を荒げた。
(出たよ、職人のこだわり。効率化を敵視するのは、どの世界でもベテランの定石なのかな。まあ、その気持ちも分からなくはないけどね)
「安売りじゃないよ。親方の技術を、より高次元な『仕組み』へと昇華させるんだ。手を動かして物を削るだけが職人の仕事じゃない。完璧な仕組みを設計し、誰にでも最高の結果を出させる環境を構築する。それこそが、新しい時代の『職人』の仕事だよ」
「……仕組みを、作る?」
「一万個の定規を、職人一人が一生かけて孤独に作るのと、高次元な仕組みによって、わずか一ヶ月で世界中の子供たちの手に定規が行き渡るのと。どちらがより、職人として誇らしいと思う?」
ガラムの目が、少しずつ輝きを取り戻していく。自分の技術が否定されたのではなく、自分の「正解」が、万人の基準として世界を支配するという全能感に気づき始めたようだ。
「職人の定義そのものを変えようってんだな」
俺は納得したガラムの目を見ながら、ゆっくりと時間をとり、考えていた決め台詞を放った。
「フェルゼンには次のフェーズに移行してもらおうと思ってるんだ」




