番外編:異世界BBQ
「ゼクトさんよ! これを見てくれ、最高にいい肉が大量に手に入ったぜ!」
静寂が売りのはずの我が家のリビングに、ガラム親方の野太い声が割り込んできた。モニターの向こうで進めていたゲームの攻略プランが、物理的なノイズによって一瞬で書き換えられる。
「……親方、インターホンという文明の利器を、ノック代わりに連打するのやめてほしいんだけど。それで、その巨大な塊は何?」
「何って、見れば分かるだろ! フェルゼン山脈の奥で獲れたばかりの土イノシシの、脂が乗った一番いい部位だ。バルトスが騎士団の演習ついでに仕留めてきやがったんだよ」
親方の後ろでは、イノシシを仕留めて誇らしげなバルトスだけではなく、「美しい肉ですわね」と、エリシュアも控えていた。
(……どうやら、俺の午後のスリープモードは強制終了されたらしい。しかたがないね)
「これだけの肉だ。あんたなら、俺たちが知らない『最高に美味い食い方』を知ってるんだろ?今日はもう、職人たちも騎士団も休みにさせた。ここでパーティーをやるぜ!」
「……パーティー?いや、俺はこれから忙しくなる予定なんだけど。それに、会場なら領主の屋敷とか、もっと広い場所があるだろう」
「何を言ってやがる。あんたはどうせ、この家からは一歩も出ないんだろ?なら、会場はここの庭に決まってるだろ。主賓が動かねぇなら、俺たちが設備ごと押し寄せる。これがあんたの大好きな『効率』ってやつだろ?」
ガラム親方がニヤリと笑った。どうやら、俺の引きこもり属性を逆手に取った強引な仕様変更を決定したらしい。
「ナォ(……あら。あんたの物理防御設定、この親父には全く通じてないわね。ご愁傷様)」
「……これ、俺が調理担当にアサインされる流れだよね」
俺はルミナショッピングで、黒いケトル型の大型グリルを注文した。
「ガラムさん、まずはこのグリルの底に炭を配置して。直接肉に火を当てるんじゃなくて、時間をかけて対流する熱で、肉の内部に間接加熱でじっくりと火を通すんだ」
「……焼くのではなく、熱を通す。なるほど、理に適っているな」
俺が指示を出すと、エリシュアが「ゼクト様!火加減の魔力制御は私にお任せください!」と、杖を構えて並々ならぬやる気を見せた。彼女にはグリルの内部温度を百二十度前後に維持するモニター役をお願いした。
巨大な塊肉がグリルに収まり、蓋が閉じられる。しばらくすると、ウッドデッキの周囲に、これまでの「焼き肉」とは次元の違う、濃厚で芳醇な香りが漂い始めた。
数時間後、我が家のウッドデッキに面した庭に、知らせを聞いたグスタフが家族を連れて現れた。
「ゼクトさん!ガラム親方から急に招集がかかりまして。図々しくも家族でお邪魔させていただきます。……レオン、ほら、ゼクトさんにご挨拶を」
「ゼクト様のお薬で元気になりました。ありがとうございます。今日は僕もいっぱい食べます!」
数ヶ月前、病床に臥せっていたレオンが俺に挨拶をする。その後ろでは、妻のリーネが「その節は本当にありがとうございました」と、深く、何度も頭を下げていた。
(……まあ、この元気な顔を見せられたら、多少の休日オーバーヘッドは許容範囲内か)
「よし、それじゃあ始めようか。今日は『直火で焼く』だけじゃなくて、肉を『低温でじっくり育てる』バーベキューも用意したよ」
「ニャオン!ニャオン!(……いい匂い。ねえ、まさかあんたたちだけで全部食べてしまうつもりじゃないでしょうね?)」
「分かってるよ、たま。塩分抜きのパケットを用意してあるから」
庭ではガラムとバルトスが酒を酌み交わし、レオンがエリシュアに魔法を見せてくれとせがんでいる。グスタフはリーネと寄り添いながら、平和な時間を噛みしめるように眺めていた。
「……ゼクトさん、本当にありがとうございます。こうして家族で笑い合えるのは、あなたがあの日、手を差し伸べてくれたからです」
「……いや、俺は最適解を提示しただけだよ。それに、今日のこれは親方の強引なパッチ当ての結果だしね」
俺はグリルの蓋を開けた。飴色に輝き、ナイフを入れれば溢れんばかりの肉汁が噴き出す塊肉。
「さあ、本番だ。フェルゼンの食材のポテンシャル、確認してみて」
切り分けられた肉を口にした瞬間、ガラムが「……なんだこれ、歯がいらねぇぞ!」と絶叫した。バルトスは黙々と肉を咀嚼し、「これが……至高の武勲の味……」と涙ぐんでいる。リーネもレオンも、幸せそうに顔を綻ばせていた。
賑やかな宴の喧騒を、少し離れた椅子から眺める。
(予定していたゲームの時間は消えたけど、たまにはこういう休日クラッシュも悪くないか)
「ナァ(……あんた、またそうやって自分を納得させてる。素直に楽しいって認めなさいよ)」
たまが膝の上で喉を鳴らす。俺は無言で、最高級に仕上がった肉の端切れをたまの皿に置いた。
夕日に染まるフェルゼンの森と、楽しげな笑い声。俺の異世界での「聖域」は、少しずつ、でも確実に、外部のノードと繋がり始めているようだった。




