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黒猫勇者と怠惰の宰相 〜引きこもりの俺、安眠のためにリモートワークで異世界を改革する〜 膝の上の愛猫が最強勇者であることを俺は知らない  作者: 香箱
第四章:怠惰の共生

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第99話:書き換えられた設計図

 静かだ。かつてこれほどまでに、世界が俺の都合(引きこもり生活)に寄り添ってくれたことがあっただろうか。  

 膝の上では、たまが幸せそうに喉を鳴らしている。  

 窓の外、フェルゼンの街は今、大きな変革の熱に包まれている。


 エルフの里は「アリのネットワーク」で救われ、魔族の天才アルゴがもたらした「演算」が経済を加速させ、周辺の領主たちは「チェス」という名の毒に冒され、フェルゼンというOSへの依存度を深めている。だが、それら全ての狂騒は、この聖域の壁一枚を隔てた向こう側の出来事だ。


「ナァン(……このままずっと、平和だといいわね)」


「……たま。気づいたか? 今、フェルゼンの因果律は、俺の『何もしない』という意志を中心に回っているんだ。二回目の晩餐会まで、しばらくは何も予定がない」


「ニャォン(……そんなに上手くいくかしらね。フラグにしか聞こえないわよ)」


 俺は「真理:そのままです」を購入してから、完璧な炭酸のキレを持つ(ように感じる)コーラを一口飲んだ。

 もはや、この世界の「人」や「エルフ」や「魔族」という歪なフォルダ分けは存在しない。俺が書き換えた『生物学的種概念』というパッチにより、フェルゼンは「人間」という一つのディレクトリで最適化され、無駄な選別コストはゼロになる。

 俺は玉座に深く沈み込み、静かに目を閉じた。 俺が寝ている間に、世界は良くなり続ける。……これ以上の「仕事」が、他にあるだろうか。


――神界・主神庁舎。


「ルミナァァァ!! 今すぐ、今すぐその『権限』を剥奪しろぉぉ!!」


 主神の絶叫が、もはや半壊状態の庁舎にこだました。主神が掴んでいるのは、真っ赤な警告ランプが爆発し、黒煙を上げている『因果律測定柱』の残骸だ。


 水晶盤には、かつてない異常事態が表示されていた。


【事象:『種族の壁』が完全消去。全種族の遺伝子フォーマットが統一されました】

【警告:主神の干渉コマンド『神託』が、『不要なポップアップ』としてブロックされました】


「ルミナ! 私の『神託』が……全知全能の私の言葉が消されたのだぞ!『この通知を二度と表示しない』にチェックを入れられて、ゴミ箱に放り込まれたのだぞ!」


 しかし、担当女神のルミナは、カジノのオーナーのような豪奢なドレスを纏い、最高級の聖水の入ったシャンパングラスを傾けながら、優雅に脚を組んでいた。


「あはは、主神様、落ち着いてくださいよぉ。おかげでフェルゼンの『サーバー負荷』は歴史上最低値を更新しましたよ? 差別も争いも、計算コストが高い無駄な処理ですから。ゼクト様がそれらを『非効率なバグ』として一括削除してくれたおかげで、世界はとってもクリーンになりました!」


「クリーンすぎるわ!! あやつが『人間もエルフも魔族も同じ種だ』と言い放ったせいで、神々が何万年もかけて用意した『対立のシナリオ』が全削除されたのだ! 物語の起承転結が、『起』の段階で一気に『完』までスキップされてしまったではないか!」


 主神は震える手で、もはや胃薬ではなく、神界最強のエリクサー原液を直接喉に流し込んだ。


「ルミナ……。あの『権限:すべては我が手に』。あれの本当の仕様は何なのだ……。あそこまで強固な拒絶、もはやこの世界に『俺以外のルールは不要だ』と言っているようなものではないか……」


「え? あ、気づいちゃいました? あれ、実は『ローカルホスト・モード』への切り替えスイッチなんです。あの家を中心とした領域は、もう主神様の管理領域じゃなくて、専用サーバー、[プライベート・クラウド] になっちゃったんですよね。だから、主神様でもログインパスワードを持ってないとはじき出されるんです」


「……」


 主神は、持っていたエリクサーの瓶を落とし、砕け散る音を聞きながら白目を剥いた。

 神の庭だったはずの世界に、神ですら干渉できない「管理者の私室」が生まれてしまった。


「……もう終わりだ。……あやつはもう、この世界のどの英雄よりも、どの魔王よりも、そしてどの神よりも強固な『絶対の盾』を手に入れてしまった。……あの椅子に座り続け、ただ『寝ていたい』と願うだけの男が……」


「素敵じゃないですか。平和で!」


「……おのれ、勇者。……本来、『勇者』というシステムは、理不尽な困難を乗り越え、不条理に抗い、人々に希望を灯すためのものだったはずだ。それが……あやつはどうだ」


 主神が呪わしげに視線を向けたモニターの中。

 この世界の最強の駒、神界の最終兵器であるはずの「勇者たま」は、あろうことか家から一歩も出ない男の膝の上で、気持ちよさそうに喉を鳴らして寝転がっている。


「勇者の『試練』がブラッシングで、勇者の『報酬』が猫缶だと!? 勇者の存在価値そのものが、あやつの『怠惰』という名の巨大な演算の中に溶けて消えていく……!」


「あ、そうそう主神様、これ見てください。今期の私の査定表です! ほら、神界始まって以来の最高評価、トリプルSですよぉ! もはや神界全体の収益の八割が私の担当領域フェルゼンから生まれてるって噂です」


「な……ななな、何だと!? 私の、主神である私の査定を上回っているだと……!? 序列が、序列が逆転しようとしているではないか!」


「そんなに怯えないでくださいよぉ。もし私がもっと出世して、組織図の上で主神様の上司になっちゃったとしても、私にとって、主神様は主神様ですから! 」


「……っ!!」


 神界のパニックを余所に、フェルゼンの夜は、あまりにも深く、静かに更けていく。

 書き換えられた世界の設計図の上で、怠惰の王は今、かつてない深く安らかな眠りへと、その身を投じていた。


第4章:怠惰の共生  完

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