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ヘアバンドで前髪を上げ、全開になった眉毛に剃刀を当てる。勉強机の上棚に置いた鏡を見ながら、いらない部分を剃る。剃り切れずに残った毛は、少々痛いが手で抜いた。
『大丈夫、私だってミスくらい全然あるし。また今度、一緒に練習しよ? 大丈夫大丈夫』
パソコンから、ふんわりとした少女の声音が耳を擽る。誰もが虜になってしまいそうな、柔らかくて、甘い。女の子らしい高い声。
画面に映る桜乃夢は、すすり泣く仲間の背を優しく叩いていた。眉毛に集中しすぎてあまり内容を聞いていなかったが、どうやら練習中に仲間がミスをしてしまったらしい。
Colorful*Starsオーディションは、練習中でもカメラが回っておりYouTube上で配信されている。私が今ABAMATVで見ているオーディション番組上では、当時の配信についたコメント欄をナレーションが読み上げていた。『本番じゃないから大丈夫』、『夢ちゃん優しい』、『助け合い大事』、そんな温かなコメントで溢れる中、
『和気藹々とした雰囲気のSpriOus。一方で……』
ナレーションが言うと、カメラは桜乃夢率いるSpriOusから、別のチームを映す。
『気、抜かないで。常にカメラに映ってるから。プロじゃなくてもプロ目指してるならプロ同然の心がけくらいして』
張り詰めた糸のように厳しい声が、パンパンと鳴らす手の音と同時に聞く者の耳を揺さぶる。
『Winty、不穏な空気……』
ナレーションが言ったWinty、それは、穂條李珠が率いるチームだ。カラスタのオーディションでは現在、二チームに分かれた団体競技が行われている。SpriOusとWintyがライブステージで競うため、その練習模様が映されているのだが。
『練習でもメイクはしてきて。崩れたら化粧室行って直してきて』
世間話や笑い声で盛り上がるSpriOusとは反対に、Wintyはリーダー、李珠の声だけがレッスン室に響いている。
『一人が浮いたらグループ全体が浮いて見られるから』
李珠が言うと、注意を受けた少女が目に涙をためている様子が映される。
『もっかい合わせよ。未里亜、最後ちょっと遅れたから』
未里亜、という少女を名指しで注意する李珠に、『厳しすぎ』との配信コメントが流れる。
『笑顔ないよ。笑えないかもしれないけど笑って。無理にでも笑うの。それが私達だから』
それが私達の、目指してるものだから。と李珠は真剣な表情で言う。
『私、昔から、皆からブスって言われてきて……だから、自信ない。李珠ちゃんみたいに、自信持てない。皆が李珠ちゃんみたいに強くいられるって思わないで……』
遂に一人の少女が李珠に抗議の声を上げた。が、李珠は即座に言葉を返す。
『だったらアイドルになる資格ないよ。可愛いのがアイドルだし、自分のこと可愛いって心から思えるのがアイドルなんだから。周りがブスって言ってきてもメイクしたり可愛い服着たりして努力してきたんでしょ? じゃあ誰に否定されても自分だけは自分のこと可愛いって認めてあげなよ。自信ないなら自信がつくまで努力しな』
笑わない、強い瞳で李珠は言う。
『可愛いは絶対だから』
それは、私が知っている李珠とは違う、穂條李珠の姿だった。
常に厳しい目を誰かに向けて、注意ばかりで、怒った顔で。
けれど、ステージの上では常に笑顔。とびきりの笑顔で、完璧に歌って踊る。
もしかしたら、打算だったのかもしれない。怖いキャラでいった方が、番組の都合上良かったのかもしれないし、オーディションも残りやすくなると考えたのかもしれない。
そうでも思わないと、あまりの違いように戸惑ってしまう。
『声、もうちょっと伸びない? あと活舌。昨日言ったとこ直ってない』
こんなふうに注意されたことなんてない。
『ここのステップ違う。できないなら明日までにできるようにしとこう』
こんなふうに時間制限を設けられたこともない。
『マジで真剣にやって。空気が緩んでる。そこ、笑うとこじゃないから』
こんなふうに、真剣に見てもらったことなんてない。
違う。何もかも、違う。違いすぎる。
「あ」
手元が狂って、眉毛を半分剃ってしまった。間違え過ぎた失敗を写真に撮って、李珠の個人LINEに送ってみる。
『眉毛半分剃った。間違えた。何とかして』
すると、すぐに既読が付いた。
『なにしてんw明日描いてあげるw』
笑っている猫のスタンプも送られてきたが、正直笑えない反応だった。
だって、カラスタに映っている李珠なら絶対、こんなふうに笑わないから。
すると続けて、メッセージが送られてくる。
『ランニングの休憩中に四葉のクローバーみっけた。真っ暗闇でも見つけられる私の視力凄くない?』
その時撮ったものだろう。その写真には確かに、真っ暗な中、四つ葉のクローバーが微かに写っている。
歩道橋で李珠と謎の女性を見かけたときは、まだ夕方だった。ということは、李珠はあの後、ランニングしていたということになる。
私達には夜もランニングしろなんて言わないくせに、李珠一人だけ、頑張っている。
いや、もしかしたら他の皆もしているのかもしれない。私の熱意が、甘いだけなのかも。
『てか瑠琉から聞いた。メイク始めたの?』
李珠からのメッセージに、私は答えることができなかった。なんとなく、自分が急激に恥ずかしく思えたからだった。
『ええ。頑張ってる』
それだけ送って、私は剃刀を置くと今度はアイブロウペンシルを手に取った。
震える手で、何度も、何度も、失敗を自分の手で成功に塗り替えようと試みた。




