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李珠達にPoriJoyのことは言わないでおいた。皆、自分の実力は把握できているだろうから、言っても余計なことにしかならないだろうと判断した。
黄色に染まった空の下を、私達は並んで歩く。テレビ局がある湊区から一旦五人で彩ヶ谷まで戻り、ぶらぶらと散歩のような感覚で駅内を徘徊した後、陽繋駅行の改札前で解散する。
「じゃ、私達はここで」
「また明日、学校でね」
玲奈と沙希が改札を抜けながら小さくを手を振る。
「うん、また明日―」
李珠がそう言って、私の方に向き直る。
「美波も、またね」
私はバスだ。外に出てバス停へ行かなければいけない。李珠と瑠琉はここから歩きだが、反対方向なので別れることになる。
「その前に、少し良いかしら」
「え、なに?」
呼び止めると、李珠はぱちくりと瞬きをした。私はLINEで言えば良いものを、何故か待ちきれない気持ちになって口で言う。
「先週スタッフさんから貰った、アカペラ歌唱大会に出場するチームの一覧表、あれをもう一度よく読みたいのだけれど。今日帰ったらで良いから、写真に撮って送ってくれないかしら」
「別に良いけど……」
「美波さんが他のチームに興味を持つなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
李珠だけでなく瑠琉までもが意外そうな顔をするが、私は平静を装って答えた。
「いえ、特に何もないけれど。とにかく、お願いね」
「うん、解った」
それじゃあ、と私はバス停の方へ……行こうとして、反対方向へ歩き出した。
「あれ、美波、バスは?」
「いえ、ちょっと寄りたいところがあって。私は買い物に行くわ。二人とも、じゃあね」
「うん、じゃあね」
「さようなら、美波さん」
「ええ」
私はエスカレーターに乗り、駅に併設されたショッピングセンターに足を運ぶ。向かった先は三階にある化粧品売り場だ。
チークやらリップやらが並ぶ棚の上には、手のひらサイズの鏡が置かれている。私はそこに映った自分を見る。
白い肌、荒れていない綺麗な唇、大きい瞳、スッと通った鼻筋、シャープな骨格、長い首。
下がったまつ毛、散らばった印象を受ける薄い眉、少ないが目立つほくろやシミ。
母譲りの顔立ちはよく美人と評されることが多いけど、改めて鏡でよく見てみると、確かに綺麗な顔立ちはしている方だが芸能人のような美しさはない。メイクをばっちり決めた李珠や、ばっちりではなくとも小綺麗にメイクした瑠琉や玲奈、沙希に比べると見劣りするのではないかと感じる。
私は、自分の服装を見てみる。一応テレビ局に行く用事があったため、いつもよりかは真剣に選んでいる。白のトップスに緑のロングスカート、足元は黒のタイツと白のスニーカー。持っている鞄は、緑のトートバッグ。シンプルだが、地味っちゃ地味。
「ねね、あの人めっちゃ綺麗じゃない?」
「ほんとだー。メイクしてないっぽいのに素材良すぎ。良いなー、元から可愛い子って」
隣の棚からそんな声がして一瞥すると、二人の女子高生がこちらを見ながらそんなことを言っている。目が合うと、「あ」と小さな呟きを漏らして会釈された。私も会釈し返すと、「やっぱきれー」とはしゃいだ声が聞こえてくる。
そう、綺麗なのだ、私は。元は良いはずで、でも、素材を活かしていないせいで李珠たちに比べると地味な印象になってしまう。
良い素材でも、生で食べるより調理した方が絶対に美味しいのに。
私は口紅を手にとってみる。真っ赤な色で、高校生の私にはまだ早い。でも、オレンジやピンクも私にはどこか合わないと感じてしまう。
メイクをしたことがないわけではない。MV撮影の時や夏祭りのステージ等の時は、李珠に教えてもらいながらメイクをしていた。だからメイク道具も持っている。母のを借りたり、李珠と瑠琉に手伝ってもらって買ったものが家にある。けれど。
「……頼ってばかりで、自分からは何もしてこなかったものね」
自分にはどんな色が似合うとか、李珠が言っていたのをもっと真剣に聞いておけば良かった。服を買いに行こうと言う瑠琉の誘いに、もっと積極的にのっておけば良かった。
私は口紅を棚に戻す。解らないのに買ったって仕方がない。高いし。
李珠はもう帰っただろうか。スマホの時計を見てみると、まだ解散してから十分程度しか経っていない。瑠琉と駄弁りながら帰っていることを想像すると、まだ帰路には就いていないはず。
居ても立っても居られなくなり、私は来た道を引き返す。一階に下り、駅を出て、穂條家までの道を辿る。夕方は通行人が多く、走ることはできないため速足で。
一緒にメイク道具を選んでほしい。そうお願いしようと思っていたが、時間も時間だ。それに、李珠を家からもう一度駅に呼び出すのは申し訳ないため、今日はメイク道具のレクチャーをしてもらうくらいでちょうど良いかもしれない。李珠の家に押しかけて、李珠が持っているメイク道具を全部写真に撮って、私に合いそうな色を後でネットで探してみて……。
なんてことを考えていると、見知った後ろ姿が見えた。都会の喧騒から離れた住宅街が並ぶ歩道を、一人の少女が歩いている。ふわふわのボブが風に揺れると、少女は乱れないように頭を手で抑えた。
「瑠琉っ」
呼びかけると、瑠琉は振り返って私を視界に収め、目を丸くする。
「美波さん? どうしたんですか?」
瑠琉は黒のカットソーに茶色のビスチェをレイヤードし、ビスチェと同色のフレアスカートを着ていた。着ていた、と言っても今初めて気づいたわけではない。今日ずっと、瑠琉はこの恰好をしていた。可愛いなぁと、私はただそれだけの感想を持っていたけど。
「瑠琉、李珠は? まだ、この道は一緒のはずでしょう?」
「李珠さんなら途中で別れましたよ? なんか、知り合いと待ち合わせがあるって言って。美波さん、李珠さんに用事でもあったんですか?」
「ああ、えっと……」
用事は李珠にあった。が、瑠琉でも問題はない。
「瑠琉、に頼んでも良いかしら。私、真剣にメイクを始めてみようと思うのだけれど」
「えっ、メイク? 美波さんが?」
瑠琉は梟のように目を丸くして、心底驚いた反応をする。少し失礼だろうと思ったが、今までの私を考えると致し方ない反応だった。
「ええ、それで……レクチャーを、今から、ほんの少しだけでも良いから、詳しい人にお願いしたくて……」
「美波さんをメイク……こんな機会めったにありませんし私の力で美人をスーパー美人に変身させたいという願望は勿論ありますけれど……でも、メイクなら私より李珠さんの方が確かな腕を持ってますね。それにメイクの系統も、美波さんは私より李珠さん寄りでしょうから」
瑠琉は頭を悩ませながらも、最終的には李珠を推した。メイクの系統、というのは色合いや顔立ちの話だろうが、私にはあまりピンとこない。
「そうなの?」
「はい。美波さんはブルべなので」
「ブルべ? ブルーベリーみたいな感じかしら?」
何故か沈黙が落ちた。ブルべがブルーベリーじゃないことはこの沈黙からなんとなく察したが、それにしたって何か不味いことを言ってしまったのだろうか。
瑠琉は面白くない芸人でも見たような顔をして、
「……李珠さんなら宮前公園の方に行きましたよ。まだあの辺にいると思いますけど」
と、急に話の軌道を修正してそんなことを言った。ブルーベリーの件に全く触れなかったことに関しては疑問だが、今はそんな話を深掘っている場合ではない。
「そう。なら今すぐ行ってくるわ。ありがとう」
宮前公園。また駅の方へ戻らなければいけないが、戻る途中に李珠と鉢合わせるかもしれない。私が体の向きを変えると、瑠琉はにこやかに手を振った。
「いえ、また今度私からもメイクについてお話しさせてください。こんな私でも教えられそうなことがあると、たった今解りましたので」
笑っているようで、瞳の奥は笑っていない。ぶるりと身体が震えたのは、きっと寒くなってきたせいだろう。
気温が下がり始め、夕陽も沈み始める街を、私は駆け足で通り抜ける。
街路灯に仄かな明かりが点き始めた頃、宮前公園に向かうため信号待ちをしていた私は、ふと空を見上げると歩道橋に目が吸い寄せられた。
李珠と、もう一人。ここからじゃよく見えないが女性らしき人物がいる。そういえば瑠琉が、李珠は知り合いと待ち合わせをしていると言っていた。何のための待ち合わせかは知らないが、これ以上追いかけたくはなかったので歩道橋を上がる。
李珠の姿がはっきり視界の真ん中に収まった辺りで、私は身を屈めた。階段から、李珠と女性の姿を見守る。入っていっても良いかと思ったが、そんな雰囲気ではなかった。
夕陽を見つめる李珠と女性の表情が、私が入る隙を許さなかった。
「なんだ、BlooMeは嫌いか。今をときめく人気アイドルだぞ」
女性は端正な顔立ちをしていた。艶やかな黒髪を後ろで一つに束ね、前髪を分けたことで窺える顔の面積は小さく、切れ長な瞳は蛇のように鋭い。一七〇はありそうな身長を完璧に使いこなしたプロポーションは、黒のスーツがよく似合う。とても高校生には見えない大人な女性。たぶん、二十代。三十代に見えなくもないが、社会人であることに間違いはないだろう。
女性は李珠に薄い笑みを向ける。李珠はそれに眉を顰め、ため息を吐いた。
「嫌いっていうか……まぁ、解るでしょう? 見たくないんですよ。ほら、声優さんとか俳優さんもよく言うじゃないですか。自分がオーディションで落ちた作品は見られない、見たくないって。それと同じですよ」
「ふむ。じゃあ穂條はほとんどのアイドルグループが見られないということになるな」
「喧嘩売ってます?」
「ははっ、まぁそう怖い顔をするな」
女性は冗談っぽく笑うと、人差し指と中指で挟んだ紙を揺らす。
「本当にいらないのか? BlooMeの2ndライブチケット。しかも、関係者席だぞ? そうそう手に入るものではないが」
BlooMe。私でも知っている……というか、李珠と知り合っていて知らないわけにはいかなくなった、有名なアイドルグループだ。ファンの瑠琉から聞いた話によると、1stライブの最速抽選申し込みは開始五秒でサイトのサーバーが落ち、リセールチケットも販売開始から一秒も経たずに即完売したと言う。
そんなグループのライブチケット、しかも関係者席の枠を、女性が李珠にあげようと言っている。ということは、女性と李珠はアイドル系の関係者? 歌かダンスの恩師、的な立ち位置だろうか。何にせよ、BlooMeのライブチケットを用意できるのだから、凄い人という認識で間違ってはいなさそうだ。
「少なくとも私の分はいりません。友達は、まぁ、喜ぶでしょうけど」
李珠は苦い顔で首を横に振る。友達とは瑠琉のことだろうか。
「そうやって逃げてばかりいても、事態は好転しないぞ」
女性は嘆息し、背を向けた李珠に言う。
「Sky′sのチャンネル登録者数、穂條李珠の名がありながら千人もいないんだな」
女性は、Sky′sのことを知っている。ということは、この女性は李珠だけでなく、間接的にだが私の関係者でもある、ということになる。私が眉を顰めると同時に、李珠も又同じような顔をした。
「……何が言いたいんですか?」
「ステップアップが必要だ。もっと具体的に言うと、アウトプットが必要だ。アウトプットは、刺激と言い換えても良い」
なんとなく、女性の言いたいことが解ってきた。が、目的が解らない。李珠とはどういう関係なのだろう。BlooMeとはどういう関係?
「夢なんだよ。お前と桜乃夢がもう一度、同じステージに立つことが」
それを聞いて、私の頭にある単語が浮かび上がる。Colorful*Starsオーディション、略してカラスタ。李珠が中学三年生の時に参加した、大規模なオーディション番組。そこには桜乃夢も出演していたはずで、李珠と桜乃夢は仲が良かったとも聞いた。
もしかしたらこの女性は、カラスタ関係者なのかもしれない。
「……私がBlooMeに行く日がくると?」
李珠の言葉に、私の心臓が止まったような、大きく跳ねたような、所在なさげな奇妙な動きを始める。どうしてか、無意識に手は拳を作る。
「そうじゃなくたって良いさ。Sky′sとBlooMeの対決でも良い。でもそのためには、お前だけじゃなくてSky′s全体の成長が必要だ」
女性の言葉に拳が解ける。けど、疑問は絶えない。寧ろより多くなったような気がする。
「いやぁ、大変だったんだぞ?」
ヒールが地面をコツっと叩く綺麗な音は、仕事ができる女性特有の余裕を感じる。
「高校生限定アカペラ歌唱大会。穂條李珠だけの参加かと思ったら、まさかSky′s全員での参加になるとは。でも、そんな難しいお願いを叶えてくれたのは、誰のおかげだと思ってるんだ」
私の思考回路が一瞬止まった。女性が何を言ったのか、脳内で繰り返し再生しながら、ゆっくり噛み砕いていく。が、一向に飲みこむことができない。
この人は、何を言っている。
今、何を言った。
高校生限定アカペラ歌唱大会。それが、穂條李珠が、Sky′sが、なに。
「テレビ局も、視聴者も、私も、皆がお前を欲しがっている」
私だけが置いて行かれているような気分だった。女性の唇の動きを入念に観察しているはずが、頭は全く別のことを考え始めて止まらない。
話の内容が、全く入って来ない。なんで、どうして、どういうこと。そんな単語に邪魔されて、女性と李珠を見ているはずなのに、別の景色を眺めているような。
「改めて言おう。これはお礼だ。BlooMeのステージを見ろ。そして、這い上がってこい」
ただ、女性が手に持ったチケットだけは、鮮明に、私の視界に刻まれる。
私の知らない穂條李珠がこのチケットには詰まっているのかもしれない、と考えてしまって。
「私の野望を叶えてくれ。穂條李珠……いや、Sky′s」
その時、女性が不意にこちらを見た、ような気がした。否、本当に見ていたのかもしれない。
けれど私はそれを確認するより先に、階段を下りた。
李珠に気づかれてはいけない。と、逃げるように速足で。




