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体育館より少し狭いくらいの会場には、縦横きれいに数十脚のパイプ椅子が並べられている。そこに座る私達の頭上には天井を覆い隠さんばかりの照明とカメラがぶら下がっており、背後からも煌々とした照明器具の熱が伝わってくる。
全体的に暑い会場内を、今、男女四人で構成されたチームが前のステージに向かって歩いていく。ステージに上がったチームは、一様に息を飲むとテーブルに置かれた箱を見る。背の高い男子が真ん中に穴が開いた箱の中に手を突っ込む。それを見守る女子二人と男子一人。
男子が箱から手を引くと、アイス棒のような棒が一つ。男子がそれを脇に控えていたMCのお姉さんに渡すと、お姉さんは明るい笑顔でマイクを唇に近づけ、高々と言った。
「チームPoriJoyが引いた番号は……Bブロック、三番! Bブロック三番でーす!」
何とも言えない番号だ。が、取り敢えず盛り上がる会場。男女は何が嬉しいのか、「よしよし!」とガッツポーズをして互いの肩を叩き合っている。
前のモニターに表示された『Bブロック三番』の枠に、赤い線が引かれる。
私は残った番号を見る。残りは五枠。Aブロックの一番と三番か、Cブロックの二番と四番か、それか、Dブロックの五番。
「いよいよだね」
「うん」
李珠が息を飲み、沙希も続けて息を飲む音が隣から聞こえてくる。私も、同じように息を飲んだ。何番になろうが大して変わらないとここに来るまでは考えていたのだが、今では嘘のように握りしめた拳が小刻みに震えている。何番でも良いから、早くこの時間が終わってほしい。
「それでは次のチーム、Sky′s、どうぞ」
お姉さんが私達を呼ぶ。が、私達は全員で行くのではなく、代表者が行こうと決めていた。こういうのは変に力を籠めず、サラリと引いた方が良い結果が出やすいという李珠の適当な根拠に基づいた作戦だ。
そして、代表者は勿論Sky′sを引っ張るリーダー、李珠である。
李珠は特に緊張したふうでもなくスッと席を立つと、優雅な足取りでステージへ上がって行った。あまりの余裕ぶりに、思わずこれはもしかすると、もしかしてくれるのではないかと期待してしまう。
そう、例えばDブロックの五番目。一番最後の大トリを引いてくれるのではないか、とか。
「では、引いてください」
「はい」
お姉さんに促され、李珠は箱に手を突っ込む。
そして、突っ込んだ直後、すぐに手を引き抜いた。
会場から軽いどよめきが上がる。なにあれ速すぎ。ぜんぜん迷わないじゃん。そんな声がまばらに聞こえてくる。カメラマンさんが、李珠の顔をアップで抜く。
「チームSky′sが引いた番号は……」
お姉さんは李珠から棒を受け取ると、これまでより少しだけ長く溜める。溜めに溜めて。
「Aブロック一番! Aブロック一番でーす! なんと、アカペラ歌唱大会の幕開けを飾るのはSky′sに決定しましたー!」
それはもう嬉しそうに、否。笑いを堪えようと逆にテンションを上げるように。
無情にも、そんな結果を告げてきたのだった。
「……やりやがったわね」
高校生限定アカペラ歌唱大会。その前夜祭と言うべきか、歌う順番を決めるべく参加者が集った会場からの帰り道。私は遠い空を見つめながら、見事にやらかしてくれた李珠に向かってそう呟いた。
「ふっ、まるで主人公のような展開だね」
「どこがよ。寧ろ逆よ。Aブロックの一番最初なんて、モブ以外の何だって言うのよ」
アニメなら間違いなくモブ。良くて主人公たちのかませ犬的なポジションだ。どっちにしろ、あまり良い展開は望めそうにない。
「本物の主人公なら、Dブロックの五番目だっただろうね」
玲奈も苦笑しながらそんなことを言う。が、李珠にくじを引いてもらおうと決めたのは私達なので、あまり強くも言えない。私がため息を吐くと、瑠琉がきょとんと首を傾げる。
「え、一番最初って駄目なんですか? 一番目立てるような気もしますけど」
「確かに、良い意味でも悪い意味でも一番目立つね」
まぁしょうがないけど、と諦めながらも歯がゆいような顔をした沙希が言った。
「一番最初は、一番審査の目が厳しいんだよ。二番目とか三番目とかだったら、一番に比べたらなぁって感じで他と比較しながら点数が付けられるけど、前の人がいない一番最初は、審査員も観覧席のお客さんも、上限のない高いレベルを求めるからね」
沙希がこういう説明をするのは少し意外だった。YouTubeの動画が伸びないと会議していた時も、沙希は見てくれる人が一人でもいるなら凄いことじゃんとそれはその通りだが呑気なことを言っていたから。だが、そういえば沙希は小学生の頃に数々のダンス大会に出場していたと聞く。失敗も成功も何度も経験しているのだから、もしかしたらこの中の誰よりも大会のルールや空気には敏感なのかもしれない。
沙希は夏祭りのステージを経て、そしてこの間、高橋さん達に勝利宣言をしたこともあって、随分と人目に慣れてきたように思う。確実にレベルアップしている沙希は、ステージや撮影慣れしている李珠の次に頼りになる存在だし、もっともっとレベルアップすれば、いずれは李珠と肩を並べ、李珠を追い抜く度胸を持ち合わせるようになるかもしれない。
「じゃあ、私達が一番最初に会場をドカンと湧かせて、後の人達を大したことないって思わせれば、勝ちってことですね!」
と、沙希に負けないくらいの度胸を持ち合わせていたらしい瑠琉が、ボクサーのように拳をシュッシュッと前に突き出しながらそう言った。その威勢のよさに、玲奈は面食らったように瞬きを繰り返す。
「そ、それはそうだけど……瑠琉、いつの間にそんな強い子に……」
「え、だって勝つんですよね?」
当然だろう、というように瑠琉は言う。否。というように、ではない。勝つ以外の選択肢がないと、瑠琉は言外にそう告げている。
「絶対勝ちたいですし、絶対勝たないとクラスの皆さんに示しがつきません! それに私、最近すごく歌上手くなったなぁって感じるんです! 今日もこの後、カラオケに行ってきます!」
瑠琉の歌は確かに上手くなっている。普段の練習で歌うSky′sの曲もただ綺麗なだけではなく、語尾を少し上げてみたり、歌詞ではなくセリフのような声音で歌って見たりとアイドルらしい工夫が目立つようになった。
瑠琉も着実に、成長していると言えるだろう。
「瑠琉の言う通りだね。この後はみんな暇? 空いてるなら、瑠琉と一緒にカラオケ行こっか」
玲奈が全員の顔を見てそう提案する。瑠琉の意気込みに感化されたのだろう。
「わ、私も行く。ダンスはできるのに、歌はあんまりだから……」
沙希が言って、私も頷いた。
「私も行くわ。用事は特にないし。李珠は?」
今日はバイトがあるとも言っていなかったはずだ。特に用事がないのなら断る理由なんてないと思うのだが、李珠は珍しく浮かない顔をしていた。
「ん? あー、うん。行くよ。歌の練習なら、指導役がいなくちゃね」
断りはしない。が、歯切れが悪いように感じる。いつもなら誰よりも早く、「行く! カラオケなら何が何でも行く!」と手を上げているのに。
「じゃあ決まりだね。このままカラオケにしゅっぱーつ」
玲奈がのんびりした口調で言う。私はなんとなく李珠を見る。李珠は、私に見られていることに気が付いたのか、わざとらしい口調で「おー!」と拳を空に突き上げる。
小骨が喉に引っかかったような、そんな気持ち悪さが私の胸を渦巻いた。




