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フラットホワイトは思っていたよりも苦く、カフェラテともまた違った滑らかな口当たりが独特であった。が、飲めないというわけでもないため、ちびちび飲みながらいろんなお店を見てまわる。カップ片手に屋内へ行くのは躊躇われるが、外から店内の様子を眺めているだけでも結構いろいろなことが見えるものだ。
「あそこのパン屋、店員さんは良さそうだったけど客層がねぇ……」
「ほんとほんと、しかもしょっちゅう来てる感じだったし」
沙希と玲奈が言い合っているのは、通り沿いにあったパン屋だ。ブルーベリーやレモンクリームなど多くの味が楽しめるメロンパンが売りのパン屋で、働く人も二十代から五十代までと幅広く、お洒落かつ平々凡々とした和やかな様子だと思われたのだが、とある主婦が来店した瞬間にその空気は一変。窓際にいた店員さんの顔が少し強張ったため気になって眺めていたら、案の定というか、主婦が外にまで聞こえる声で怒鳴り始めたのである。因みに怒った原因は、クロワッサンが焼きたてじゃなかったから。
「どこにでもおかしい人はいるって聞くけど、あのレベルが毎日来るのはねぇ」
「うんうん、昨日も言ったわよねって言ってたあたり、ほんとに毎日来てるんだろうね」
沙希と玲奈が言いながら、空になったカップを近くのゴミ箱に捨てる。私も残りのフラットホワイトを全て飲み干すと、カップを潰して放り込んだ。口の中が甘い。不快ではないが、炭酸で口直しをしたい気分だ。
「……コンビニに寄って良いかしら」
「良いよ。私もトイレ行きたいし」
「私も。お茶でも買おうかな」
沙希は少し前からアイススムージーを飲み終えていたらしく、喉が渇いていると言った。コンビニに入り、私と沙希は飲み物が置いてある場所へ向かう。すると、沙希が店内を見渡して呟いた。
「……もうコンビニで良いかな」
これまで散々巡逢を練り歩き、カフェやレストラン、本屋やイベント会場なんかを見て来たというのに、辿り着いた結論がこれ。落ち着くところに落ち着いたが故なのかもしれないが、とはいえまさかここのコンビニで働くわけではあるまい。巡逢と沙希の地元である陽繋までの距離は電車でおよそ三十分。しかも古橋で一回乗り換えなければならない。よほど好きなコンビニなら、話は別だが。
「ま、コンビニにすると言うのなら止めはしないわ。同じ働き口にかつての同級生でもいないことを祈るだけね」
「あはは、こんなところまで来て中学時代の同級生がいたら、もう私どこでも働けないよ」
乾いた笑みを零す沙希。ちょっと待ってほしい。
「はぁ? あなたまさか、コンビニで働くって……ここのコンビニで働くって言うわけ?」
「え、駄目かなぁ?」
「駄目じゃないけれど……あの、傷ついたら本当に申し訳ないのだけれど、馬鹿みたいじゃないかしら。だって、わざわざ巡逢まで通うバイトよ? せっかくならそれなりの経験になるようなバイトの方が、お得という言い方をするのも違うような気はするけれど……。それに、交通費なんかたぶん出ないでしょう? 陽繋からここまで、五百円くらいでしょう?」
「でも、学校帰りに通うつもりだし。それに練習とか撮影とかで、土日も頻繁に彩ヶ谷には行ってるから、そこから巡逢までって考えたら交通費はプラスで一四六円しか掛からないよ?」
「それはそうだけど、往復で週に四回通うと考えたら一週間で千円は超えるでしょうし、一ヶ月なら四五〇〇円くらい、それが一年になってみなさいよ。単純計算で──」
「解ってる解ってるっ、解ってるってばぁ……」
耳を塞ぎながら、泣きそうになる沙希。
「解ってるけどぉ……トラウマをお金で回避できるなら、安いような、気もする……」
安くない、と即答しそうになって黙った。あまりにも無神経な発言かもしれないからだ。
私には沙希のように苛められた過去なんかないし、お金を払ってでも会いたくない人だっていない。沙希の気持ちが解らない私が、沙希のバイト先にあれこれ口を出すべきではない。
妙な沈黙が生まれようとしていると、丁度良いタイミングで玲奈がやって来た。玲奈はハンカチをスカートのポケットにしまうと、妙な空気をすぐに察したのだろう。
「どしたん、話きこか」
と、敢えてふざけた調子で訊いてくる。こういうところが最近、玲奈は李珠に似てきたなぁと思う。
「別に。沙希がここでバイトしようか悩んでるんですって」
私は何とも思っていないふうを装って言う。ふと、レジの方から視線を感じた。振り向くと、レジに立ったお兄さんがにこやかに微笑んでくる。気まずくなって目を逸らした。
「え、沙希がコンビニ? 意外だね……」
玲奈が目を丸くする。そんなに驚くことではないと思うが。
「だってコンビニって、思いっきり接客だよ? それに、駅から少し離れてるとは言えコンビニはコンビニなわけで、巡逢なんて女子高生にとって宝島みたいなものなんだから、知り合いもいつかは来るだろうし……。本当にここなの? わざわざ? こんな都会のコンビニ?」
なるほど、その視点はなかった。私は小学校も中学校も友達が少なかったから遊ぶこともあまりなく、唯一奏と遊んでいた時も場所は互いの家か地元の海か公園か、それくらいだった。が、李珠や瑠琉は遊び場に困ったら取り敢えず巡逢に行っておくという話を以前聞いたような気がする。だって巡逢には美味しいスイーツもあるし可愛い服もあるし、とにかく最先端だから、と李珠が鼻息荒くしていた。
陽繋の中高生なんて、言っちゃ悪いが田舎の子だ。遊ぶ場所もあまりない田舎の子が、休日どこかに出かけるとなれば……。
「やっぱり巡逢はやめて、古橋の方に行ってみない?」
沙希も同じ結論に辿り着いたのだろう。ここのコンビニだけでなく、巡逢までもをバイト先の候補から否定し始めてしまった。
私はちらと後ろを振り返った。レジに立っているお兄さんは何やら俯いて、両手の指をこねこねしていた。
「え、今から古橋行くの? 私は良いけど、美波は……」
玲奈が私の様子を窺ってくる。現在時刻は十五時二十分。バスの移動時間的にも、今から古橋はやめておきたい。学校の課題もあるし、作りたい曲もあるし、Sky′sの動画編集だって、私の担当部分はまだ終わっていない。
それに、もうすぐテレビに出るのだから。高校生限定アカペラ歌唱大会に向けて、歌の練習もしなきゃいけないし。
そこまで考えて、私は息を吐いた。身体にのしかかっていた重いものを、背負い直すように。
「……なんか、働きたくないわ」
「え、いやまぁ、それは解るけど……でも、バイトしないと撮影用の機材とか、スタジオの予約とか取れないし」
「解ってる。解ってはいるのよ。でも……」
玲奈の言葉に頷きつつも、息を吐かずにはいられない。思い返せば、普段家に引きこもっている人間が休日に街へ出て、一日中歩き回っていたのだから疲労も蓄積して当然だ。それだけじゃない。目まぐるしい日々に、身体は無理矢理ついていかせても心は置いてけぼりになっていたのだろう。
「キャパを、超えてるわ。ええ、うん。なんだか、今はするべきじゃないのかもしれないと、そう思ったの。私は昔から体力も気力もないから、人より数倍疲れやすいし。だから、ええ、ごめんなさい。少し休憩にしましょう」
週五、八時間勤務が日本に在籍する社会人の義務的なスケジュールだ。私達学生だってそう。週に五回、部活がある人は週に六回、家から学校まで遠い人は、朝早くから夜になるまで学校という名の仕事をこなす。更に、そこにバイトなんて加わってみれば社会人より多くの労働時間に縛られなくてはならないのだ。
更に更に、私の場合はそこにSky′sの活動も加わってくるわけで。
好きでしていることだろうと言われればそうなのだが、やはり個人で好き勝手やるのとグループで好きなことをするのとでは、言葉を選ばずに言うとストレスの度合いが全然違う。勿論楽しいから続けているが、五人全員が打ち合わせや練習の時間を合わせ、ああでもないこうでもないと話しあうのだから、当然思い通りにならないこと、自分の気持ちに妥協しなきゃいけないことだってあるわけで。
「そうだね。最近、いろいろ急展開だったもん。だから焦ってたのかも。もっとSky′sのために、知名度を上げるためにできることをしようって」
沙希も同じ気持ちだったのだろう。目まぐるしく変わる日常に、懸命に、縋るようについていった。以前よりかは明らかに楽しくなった日常を走りだしたは良いものの、止まってしまうと元の生活に戻ってしまうような、自分のレベルが下がってしまうような、そんな気がして。
「うん。でも、それで身体壊したら意味ないもんね。もうちょっとゆっくり考えてみようか」
目の前のことに集中するためにも、と玲奈は言って、私と沙希はゆっくり頷く。李珠と瑠琉ばかりにお金のことを背負わせるわけにはいかないからと三人で話しあったバイト探しだが、バイトだってある程度は楽しくないと続かない。
尤も、楽曲製作やSky′sの活動より楽しいことなんて、今はないように思うけど。
すると、スマホの通知が鳴った。確認すると母からだった。
『夕飯、カレーで良い?』
一昨日シチューだったから気にしているのだろう。『良い』と返し、スマホを仕舞う。
「今日はもう帰るわ。二人はどうするの?」
訊ねると、玲奈と沙希も帰ると言った。私達は飲み物だけ購入すると、歩幅を揃えてコンビニを出る。
キラキラした巡逢の街並みも、三人いればいつもの空気を纏っているようで歩きやすい。




